第25話 二人の逢瀬、違和感


 ルイス皇太子とオリーネは、皇室御用達のレストランの個室で逢瀬をしていた。

 何回か二人で来てとても美味しい食事を楽しんだことがある。


 今日も二人で食事をしているが、前に来た時よりも会話は弾まないし、二人とも楽しそうではない。


 特にルイス皇太子の表情がいつもよりも暗かった。


「お怪我は大丈夫ですか、ルイス皇太子。まだ痛みなどは」

「いや、大丈夫だ。治してくれてありがとう、オリーネ」


 ルイス皇太子と会ってすぐに、オリーネは彼の右手の骨折を治療した。

 骨と骨はくっついたようだが、やはり聖女の力を完璧には扱えておらず、痛みはまだあるようだ。


「どうしてルイス皇太子がそんなお怪我を?」

「っ、いや、大したことではない。少しな……」


 目線を逸らして誤魔化すルイス皇太子。


 しかし彼が怪我をする理由、そして皇太子が怪我をしたのに大事にしない理由なんて、一つしかあり得ない。


「ひょっとして、アサリア様と何かあったのでしょうか?」

「っ! そう、だな……ああ、そうだな」


 図星をつかれたような反応をしたルイス皇太子は一度目を瞑り、オリーネと視線を合わせる。


「先日、アサリアの家に行ったのだが……あいつはこの俺を邪険に扱って、そのうえ怪我を負わせてきた」

「まあ、なんて酷いことを……」


 オリーネは予想出来ていたが、とても驚いたように反応をした。

 怪我をした原因などは想像出来ていたが、それよりも気になったのはルイス皇太子がアサリアの家に行ったことだ。


 オリーネが知る限り、ルイス皇太子がアサリアの家に出向いたことは一度もないはずだ。


「なぜアサリア様のお家に行ったのですか?」

「っ……まだオリーネには言ってなかったな。この間、皇帝陛下に呼ばれた時に言われたことを」


 オリーネが皇宮に行ってルイス皇太子の手を治療した時のことだ。

 その日からルイス皇太子からの逢瀬の誘いが、ほとんど来なくなった。


「なんと言われたのでしょうか?」

「皇帝陛下には、アサリアと婚約破棄をしたら私は皇太子でなくなると……そう言われた」

「っ、そんな……!」


 アサリアが建国記念日パーティで言っていたこと、それが全て本当だった。


 そんなことはない、絶対に誇張した嘘だと思っていたオリーネだが、まさか全部真実だったなんて。

 オリーネは四大公爵家の力がそれほど強いとは、全く知らなかった。


 おそらくルイス皇太子もそうなのだろう。


 オリーネが絶句した理由を勘違いしたのか、皇太子が笑みを浮かべて言葉を続ける。


「婚約破棄をしたら皇太子でなくなると言われたが、君との関係を切るつもりはない。そこは安心してほしい」

「……はい、ありがとうございます」


 その言葉にオリーネは安心したような笑みを浮かべてお礼を言ったが、心の中では全く違うことを心配していた。


(この人が皇太子にならないと、私は皇妃になって上にいけない……私は上に、帝国の一番上に立つ、選ばれた聖女なんだから)


 オリーネはそんなことを頭の中では考えていた。


「アサリアと婚約破棄をしたら皇太子でなくなると言われたが、第一継承権をすぐに手放すということではないはずだ。すぐに皇太子に舞い戻れるだろう」

「はい、ルイス皇太子なら大丈夫だと思います」


 二人はそう言って笑みを作っているが、どちらも表情は少し硬かった。


(ルイス皇太子の言うことを信じたいけど、それはないでしょうね。婚約破棄をされただけで皇太子じゃなくなるのであれば、皇位の第一継承者に戻るのはほぼ不可能)


 オリーネは心の中ではそう思っていたが、表面上だけは取り繕っていた。


(今から他の皇子に乗り換える? いえ、絶対に無理、私がルイス皇太子と逢瀬を繰り返しているのは社交界で知れ渡っているし、皇子達も知っている。それで他の皇子に媚を売ったところで、私の評判が下がるだけ)


 今でも前回の建国記念日パーティなどで、オリーネの評判は徐々に下がっているのだ。

 これ以上下がったら、聖女として働いてもそれが上向きになることが難しくなる。


(私が皇妃に、帝国のトップに立つには、ルイス皇太子が第一継承者であることを維持し続けなければならない。だけどそのためには、アサリアとの婚約維持が絶対条件。そうなったらアサリアが皇妃になって、私はただの聖女でトップに立てない……!)


 もちろん聖女も価値がないわけじゃなく、むしろ選ばれた者ではあるのだ。

 だがもちろん皇妃よりは下の立場だし、公爵よりも下だ。


 詰んでいる、そう思ったオリーネ。

 全て、あの女のせいで。


 建国記念日パーティでアサリアに言われた言葉が脳裏に思い浮かぶ。


 オリーネがアサリアに「公爵家の権力で皇太子を脅すのはどうなのでしょうか。私だったらそんなことはしません」と言った時に、嘲笑気味に言われた言葉。


『オリーネ嬢、あなたは勘違いしてるわ。『しません』じゃなくて、『出来ない』というのよ? あなたには権力も何もないんだから』


 その言葉を聞いて、「いつか絶対にアサリアよりも上の立場になってやる」と強く思った。

 それなのに、アサリアのせいで上の立場にいけない。


『大丈夫よ、オリーネ嬢。あなたがそんな権力を持つことは永遠にないから』


 アサリアの悪女のような笑みが、脳裏から離れない。


(っ……本当に、邪魔な女! あの女をなんとかしないと、私が上にはいけない……!)


 どうすればルイス皇太子が皇太子のままあの女と婚約破棄をして、自分が皇妃になれるのか。

 その方法を考えないといけない。


「オリーネ? 大丈夫か?」

「っ、はい、申し訳ありません、少し考え事をしておりました」


 オリーネは笑みを浮かべて、考え事をしながらもルイス皇太子との会話を続ける。


「私はオリーネを愛している。アサリアと結婚など考えていないから、安心してくれ」

「ルイス皇太子……はい、ありがとうございます。私も、ルイス皇太子を愛しております」


 二人はそう言って笑い合うが、オリーネはルイス皇太子の違和感に気づいた。


(いつもなら「早く婚約破棄をしたい」くらいまで言うのに、今回は言わない? もしかしてルイス皇太子は、アサリアと結婚したいと思い始めている?)


 オリーネは勝手にそう予想したが、合っている気がしてきた。


(っ、アサリアの家に行った理由は、アサリアとの関係を深めるため? 婚約破棄をされたら、皇太子じゃなくなるから)


 やはりルイス皇太子も自分の地位がなくなるのは嫌なのだろう。

 皇太子じゃなくなってからもう一回自分の力でなればいいと言っていが、それが本気で出来ると思っているのかはわからない。


 だが一番簡単なのは、皇太子じゃなくなるのを防げばいい。


 つまりアサリアとこのまま結婚することだ。


(そうなったら私は、もうあの女の上に立てない……それだけは、なんとか阻止しないといけない)


 ルイス皇太子の先程の傷を見れば、アサリアと上手くいってないのは明白だ。

 今はまだ大丈夫だが、安心は出来ない。


 アサリアが心変わりでもして「ルイス皇太子と結婚する」と言えば、二人は結婚してしまうだろう。


 ――ここにアサリアがいれば、「結婚するなんて絶対にありえないけど?」とルイス皇太子を絶望に落とし、オリーネを安心させる言葉を言うのだが、オリーネは知る由もない。


(ルイス皇太子があの女と結婚しなくても、皇太子でいられる方法を考えないと……!)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る