第24話 オリーネの胸中
その日、オリーネは父親に怒られていた。
「なんてことをしてくれたんだ、オリーネ!」
執務室の机を叩き、怒りを露わにするディアヌ男爵家の当主。
「も、申し訳ありません……!」
オリーネは父親に頭を下げるしかない。
「お前のせいで私達の家が手掛けていた経営が潰れ、ディアヌ男爵家が終わるところだったんだぞ!」
「っ、申し訳ありません、お父様……!」
オリーネの態度に、父親は怒りが消えて呆れたようにため息をついた。
「あんなにもアークラ侯爵家のご令嬢を怒らせて……私はもう死んだ思いだったぞ」
あのお茶会の後、やはりエイラ嬢は父親のアークラ侯爵に「ディアヌ男爵家との取引を一切やめて、あそこの経営を潰して!」と頼んだらしい。
アークラ侯爵は娘想いではあったが、さすがに事業のことに関して全部言う通りにするというわけではなかった。
エイラ嬢から理由を聞き、ディアヌ男爵の方にも連絡を入れた。
そしてオリーネを除いた者達で集まり、まずディアヌ男爵がエイラ嬢に誠心誠意謝った。
しかしエイラ嬢の怒りはおさまらず、アークラ侯爵にディアヌ男爵家を潰すように頼み込む。
その時のディアヌ男爵の気持ちはもう絶望的だった。
アークラ侯爵はさすがにディアヌ男爵家を潰すほど動きはしないようだが、男爵家との取引は今後考えるとのことで、その場は終わった。
そして後日、やはり侯爵家からの取引の数は徐々に減っていて、おそらくこのままだったら完全に取引がなくなるだろう。
アークラ侯爵家との取引がなくなるだけで、他の家門との取引や事業は出来るので、潰れるというほどではない。
しかし経営には大打撃なのは間違いない。
「アークラ侯爵様がまだ理知的な方でよかったが……侯爵家の影響力で、私達がやってる事業を全部潰すことだって出来ただろう」
本当にそれをされたら、ディアヌ男爵家は終わっていた。
「本当に申し訳ありません、お父様……」
謝ることしか出来ないオリーネ、それを見てディアヌ男爵はまたため気をつく。
「お前が聖女に選ばれ、私達の家は安泰だと思っていたがそれは間違いのようだった。聖女に選ばれたからといって、お前を自由にさせすぎたな」
ディアヌ男爵は椅子に座り、頭を下げ続けているオリーネを睨む。
「今後、お茶会や社交界に出るのは禁止だ。今後は聖女の訓練に励み、聖女の仕事が始まるまでは家から出るな」
「はい……」
「だがお前は皇太子殿下に招待されることもあったな。皇室からの誘いはさすがに断るわけにもいかんだろうから、その時だけは許そう」
「はい……その、本日はお誘いいただいておりまして」
「そうか、まあそれなら行くといい。最近は誘いが来ていなかったようだがな」
「っ……」
そう、いつもなら数日に一度は招待が来て、なんなら家まで迎えに来てくれたルイス皇太子からのお誘いが、ここ最近はとても少なくなった。
なぜなのか、少し考えればすぐにその原因はわかる。
(あの女……アサリア・ジル・スペンサーのせいよ)
心の中で憎き女の名前を呼び捨てにするオリーネ。
あの女のせいで、ルイス皇太子からのお誘いが全然こなくなった。
「準備もあるだろうから、もう下がっていい」
「はい、本当に申し訳ありませんでした、お父様」
「もう二度とこのようなことは起こすなよ」
「はい、失礼します」
オリーネは執務室を出て、唇を噛みながら自室へと向かう。
もうお茶会などは出られなくなり、外に出ることもルイス皇太子からのお誘い以外は禁止された。
(どうしてこんなことに……!)
オリーネはその原因を探るが、やはりあの女のせいだということを考えてしまう。
「アサリアのせいで、私がこんな目に……!」
オリーネは、自分が特別な存在だと認識している。
男爵で家柄は微妙だったが、聖女に選ばれ、才能があった。
アサリアやルイス皇太子はただ生まれが良いだけ、と心の中では思っていた。
ただその地位は欲しいため、ルイス皇太子に近づいたのだ。
自分は容姿も恵まれていて男性に好かれるように振る舞うことも出来たので、すぐにルイス皇太子に好かれた。
ルイス皇太子はアサリアに嫌気がさしていたようなので、それもオリーネの理想通りになった要因だ。
アサリアも馬鹿な女でルイス皇太子にフラれないようにするだけで、全然上手く立ち回っていなかった。
全てが上手くいっていた……はずだったのに。
最初の屈辱は、建国記念日パーティ。
久しぶりにアサリアが社交界に顔を出したと思ったら、いつものアサリアではなかった。
一対一では何も言い返すことが出来ず、さらにはルイス皇太子が来たのにそれでもアサリアに何も出来ずに負けてしまった。
その後、事あるごとに負けてしまうことが多かった。
オリーネが一番悔しかったのは、自分が目に付けた騎士候補を奪われたことだ。
もともと男爵家はアサリアやエイラのように、専属騎士など雇う余裕はそこまでない。
聖女になれば専属騎士が叙任されるが、それまでは一人もいない。
だから力持ちだと噂があった運送屋の平民を騎士にしようとした。
人件費も安く済むし、たとえ騎士の才能がなければ捨てるだけだから。
(選ばれし私の後ろに控えさせるには顔も良かった。だけどまさか、公爵令嬢のアサリアが目をつけているとは……!)
そして、問題はそこからだ。
騎士にスカウトして一週間程度しか経ってないのに、専属騎士にしていた。
才能があったとしても、そんなに早く専属騎士にするほど強くなるはずがない。
アサリアは自分が強いから、専属騎士は見栄えで選んだに違いない。
平民で実力もない騎士を専属にしている、ということをオリーネだけが知っている。
それをアークラ公爵家の令嬢、エイラ嬢に情報を渡した。
エイラ嬢は自己顕示欲が強く、さらに自分より上の立場にいる公爵家を嫌っていて、いつか一矢報いたいと思っている人だった。
それを利用して自分がアサリアに直接言いがかりをつけるわけではなく、エイラ嬢を利用して陥れることが出来る……そう思っていたのに。
(何よ、あの強さ! 騎士になって一週間じゃなかったの!?)
エイラ嬢の専属騎士が弱いとは思えない、傲慢で馬鹿な女性だが、腐っても侯爵令嬢だ。
それなりの専属騎士を三人用意していたはずだ。
その三人を、一瞬で倒した。オリーネには気づいたら戦いが終わっていて、三人の熟練騎士が倒れていたとしか認識出来なかった。
運送屋で働いていた平民が短期間でそんなに強くなるなんて、誰が想像出来るだろうか。
それからエイラ嬢が辱めを受け、それを全部自分のせいにされた。
エイラ嬢は本気で自分を、ディアヌ男爵家を潰しにきたようだが、大事にならなかったのは不幸中の幸いだ。
そして今、落ち着いてからオリーネが思い出すのは、ラウロのことだ。
(あの女がいなければ……私が、あの男を専属の騎士に出来たのに……!)
一週間であれほど強くなる男だ、これからどれほど強くなっていくのか。
おそらく一人で魔獣を数百体ほど簡単に倒す公爵家の当主などと、同等かそれ以上の力を得ることになるだろう。
そんな最強の騎士を、目の前で奪われた。
それがオリーネにとっては、唇を噛み切るほど悔しいことだった。
これから聖女として聖騎士をいろんな騎士の中から選ぶことになると思うが……果たして、ラウロよりも強い騎士がいるかどうか。
(はぁ……切り替えないと。これからルイス皇太子と久しぶりにお会いするのだから)
少ない使用人に着替えを手伝ってもらいながらも、頭の中ではずっと屈辱的だったことを思い出したり、アサリアの笑みを思い出して苛立っていた。
――――――――――
【お知らせ】
本作、書籍化&コミカライズが決定いたしました!!
読者の皆様、本当にありがとうございます!
悪女であるアサリアが絵になって、動く…!今から自分もとても楽しみです!
これからも引き続き書いていきますので、よろしくお願いいたします!
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