第29話 東の砦



 東の砦にいるアレクシス・カール・モーデネスは、騎士達に指示を飛ばしていた。


「総員、魔法準備! 放て!」


 炎や土、風の魔法が数十個放たれて、目の前にいる魔獣達を倒していく。

 しかしその数は一向に減る気配が見えない。


「くっ、なぜこんなにも魔獣の数が……!」


 お茶会や社交界ではいつも飄々とした雰囲気を出しているアレクシスだが、戦場ではそんな雰囲気は一切ない。


 モーデネス公爵家の嫡男として、威厳ある態度と雰囲気で指示を出している。


 しかしそれでも今回の魔獣の群れは、防ぎきれていなかった。


「アレクシス様! 魔獣はまだ千体以上います! これ以上、騎士達が盾や剣で抑えることは出来ません!」


 騎士達が百人以上で盾と剣を持ち、前線で抑えてくれているのだが、それも限界を迎えていた。

 すでに千体は倒しているのに、魔獣はまだまだいる。


「くっ、どうすれば……!」


 指揮を任されていたアレクシスも水の魔法を放っているのだが、なかなか数が減らない。


 水魔法は魔獣を倒すことは出来るのだが、攻撃に特化しているわけではない。

 しかも一番の問題点は、水魔法を放ち続けると地面が濡れて滑ってくる。


 前線で耐え続けている騎士達が地面で滑って転んでもしたらいけないから、大きな水魔法を使えないのだ。


 アレクシスが何も打つ手がないと思っていたところ……隣で共に魔法を放っていた父親、モーデネス公爵家当主のミハイル・ホロ・モーデネスが声をかけてきた。


「アレクシス、全騎士を退かせるんだ」

「っ、父上!? 何を言っているのですか!?」

「今から私が、奥の手の魔法を使う。だから私の前に騎士がいたら巻き込んでしまうからな」

「奥の手? 父上、そんな魔法があるのですか?」


 そんな魔法があるなら、なぜこれほどギリギリになるまで使わなかったのか。


「ああ。水のモーデネス公爵家だからこそ出来る奥の手、自身の体内の水を使うことで、水魔法の威力を増幅させる。どれだけ魔獣がいても全てを飲み込み殺すことは出来るだろう」

「体内の、水? 待ってください父上、まさか……!」

「……これは死を覚悟した魔法だ」

「ダメです、父上!」


 アレクシスは何も考えず、自分の気持ちだけでそう叫んでしまった。


「……アレクシス、砦を守るためには使うしかないのだ。この砦を魔獣が突破したら、何万人という被害が出る。それだけは、四大公爵として防がないといけない」

「しかし父上がいなければ、モーデネス公爵家は……!」

「お前がいる。アレクシス、優秀なお前がいるからこそ、私は奥の手を不安なく使うことが出来るのだ」


 モーデネス公爵家の当主であるミハイルは、父の顔を見せながらアレクシスの肩を叩く。


「あとは任せたぞ、アレクシス」

「っ……!」

「さあ、アレクシス。全騎士を撤退させてくれ」


 覚悟が決まったかのように、ミハイルは前に出る。


 アレクシスも悔しそうに顔を顰めながらも、全騎士に指示を出す。


 後ろに下がり、公爵家当主の最期を見届けよ、と。


 騎士達が下がるごとに、魔獣が砦に近づいてくる。


 ミハイルが魔法を準備し始めるが、アレクシスは何か打開する術はないか考えていた。

 しかし……。


(ない、何も……父上が命を賭して魔獣を一気に倒すこと以外、何も。俺はまだ奥の手は使えないから、代わりになることも出来ない)


 父上に全て任せて見ることしか出来ないのが、何よりも悔しい。


 もう自分が出来ることはない、せめて……父上の最期をこの目に焼き付ける。

 目を逸らすわけには、いかない。


 そして、ミハイルの魔法の準備が整った。


(っ、父上……!)


 ミハイルが魔法を放とうとした瞬間――。


 ――真っ赤な炎が、多くの魔獣を包み込んだ。


「はっ……?」


 アレクシスは思わずそんな声を出してしまった。


 東の砦で戦っていた騎士達も突如現れた巨大な炎の壁に、驚きが隠せない。


 ミハイルも集中力が切れてしまい、奥の手の魔法を放つことが出来なくなった。


「い、一体何が……?」


 アレクシスが周りを見渡し、そして強い魔力の反応を見つけて上を見る。


 そこには真っ赤な長い髪を揺らし、炎を纏って宙に浮いている女性がいた。

 アレクシスが前にあの女性に会うためだけにお茶会に行ったことがあるが、一眼で誰かわかるほどの強かで美しい容姿。


「四大公爵スペンサー家、アサリア・ジル・スペンサーです。モーデネス公爵家へ、助太刀に参りました」


 アサリアが僅かな微笑みを携えて、最強の援軍が来てくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る