第37話 ブティック店で



 貴族街に着いて、私の取り巻きの令嬢の家が経営しているブティック店へと向かう。


 特に連絡はしてないけど、今日はメイド服を注文するだけだから大丈夫なはず。


 私はそう思いながらそのお店に向かったのだけれど……やっぱり連絡して貸切にしとけばよかったわね。


「えっ、あ、アサリア様!?」


 私がブティック店に入ると、取り巻きの侯爵令嬢、キーラ嬢が働いていた。

 入ってきた私を見るととても驚いた様子で、すぐに近寄ってきた。


「キーラ嬢、久しぶりね」

「アサリア様、ご無沙汰しております」

「今日は服の注文をしに来たんだけれど、大丈夫かしら?」

「その、もちろん大丈夫なのですが……本日はお一人、仕事の話をしに来ている方がいるのですが……」


 キーラ嬢がとても言いづらそうにしているのがわかる。


 なぜなのか、私はすでにわかっていた。


 キーラ嬢の後ろにはさっきまで彼女と話していたであろう……聖女オリーネがいるのだから。


 オリーネも私が来たことには驚いているようで、目を見開いて怖気付いているような雰囲気だ。


 回帰する前、オリーネは確か服飾の事業にも手を出していて、なかなか売れていた気がする。


 だけどそれは聖女になって活動して、皇太子妃となって有名になったからオリーネが手掛けた服飾の事業が売れたような感じだった。


 まだオリーネは本格的な聖女の活動をしてないし、服飾の事業がするのは難しいはず。


 もしかして、前に自分の家の事業を潰しかけたから、それを取り返すためにやろうとしているのかしら?


 それなら愉快だけど、まさかルイス皇太子の後にオリーネとも会うとは思わなかったわ。


 まあこれは私が連絡も入れずに来てしまったせいだから、仕方ないわね。


「私は大丈夫よ、入ってもいいかしら?」

「もちろんです、こちらにどうぞ」


 キーラ嬢が私を店の中に案内する。

 中は様々な服が並んでいて、ほとんどがとても綺麗で豪華なドレスだ。


 貴族街で有数のブティック店というだけあるわね。

 ここと事業が出来ればかなりの利益になるから、オリーネが来た理由もわかる。


 だけど、なぜ私の息がかかった侯爵令嬢のもとに来たのかはよくわからないけど。


 店の中にはお客は一人もおらず、オリーネだけがキーラとさっきまで話していたようで、私の方を見て頭を下げた。


「ご機嫌よう、アサリア様。本日もとてもお綺麗です」

「あら、ありがとう、オリーネ嬢。あなたも素敵なドレスね、それは聖女の服装かしら?」

「はい、そうです」


 白を基調とした清楚なドレスで、いかにも聖女らしい服装だ。


 普通の人だったら聖女が来たら癒しを与えるから嬉しいんだろうけど……個人的にこれを見るのは、とてもイラつくわね。


 この格好をしているオリーネが私の戦っている前に出てきて、わざと魔法を食らうフリをして冤罪をかけてきたのだ。


 だからこの聖女の格好を見るだけでも心が騒つくけど、今は特に何も言うことはない。


「これから本格的に聖女の仕事をするのよね、大変だと思うけど頑張って」

「ありがとうございます、帝国のために精進していきます」

「ええ、戦場で戦う者として期待しているわ」


 聖女だから怪我を癒す場所、病院か戦場に行くことが多い。


 だからオリーネは今後、砦に来ることが多いだろう……はぁ、嫌いな人と顔を合わせるのはキツいわね。


 そうだ、これだけは言っておこうかしら。


「オリーネ嬢、私はすでにスペンサー公爵家の一員として砦で戦っているわ」

「はい、とても立派で尊敬いたします」

「ありがとう。でもまだ私も未熟で、炎の魔法を完璧に操れているわけじゃないわ」


 私は不敵な笑みを浮かべながらオリーネと会話をする。


「だから私の砦に聖女として来た時は気をつけて。私の魔法の射程圏内に入ったら――魔法があなたの身体に当たってしまうかもしれないから」

「は、はい、お気遣いありがとうございます」

「ふふっ、あなたじゃ私の魔法を防ぐのは絶対に不可能だから……擦りでもしたら一瞬にして燃えカスになっちゃうから、くれぐれも私の前に出ないようにね」


 前回はビックリして咄嗟に魔法を操ってズラしたけど……今度来たら、絶対にズラさない。


 魔獣と同じように、骨も残らないくらいに焼き尽くしてあげるわ。


 私がオリーネの目をまっすぐ見つめながら少し殺意を出して言うと、オリーネは引き攣った笑みをしていた。


「ご、ご忠告ありがとうございます。砦に行く際は気をつけます」

「ええ、お願いね。聖女を失うのは帝国にとって損失だから」


 これだけ言っておけばもう私の前に出てくることはないだろう。

 それでも出てきたら……その時は、容赦はしないけど。


「オリーネ嬢は今日、仕事の話をしに来ていたのね。邪魔をして悪いわ」

「いえ、もう仕事の話は終わりましたので、私は帰らせていただきます」

「……そう、それならよかったわ。聖女の仕事、頑張って」

「ありがとうございます。では失礼いたします」


 オリーネはそう言って逃げるように帰っていった。

 あらあら、小物みたいな逃げ方ね。


 公爵令嬢の私にとっては、ちゃんと小物なんだけど。


「キーラ嬢、本当に仕事の話は終わっていたの?」

「はい、ほとんど終わっていました」

「そう、どんな感じだったのかしら?」

「えっと、そうですね……」


 少し言い淀んでいるキーラ嬢。

 もしかして私がオリーネと仲が悪いことを知っているから、何か躊躇しているのかしら。


「別に気を遣わなくていいわよ、オリーネ嬢の商売の話はどうだったのかしら?」

「あの、これは聖女オリーネには言わないで欲しいのですが……正直、彼女の案を商売にするには難しいですね」

「あら、そうなのね」


 やっぱり、オリーネは服飾の才能はそこまでないようね。


 帝国でも有数のブティック店を開いているキーラ嬢が言うのだから、間違いはないだろう。


「どんな案だったのかしら?」

「それが、聖女の服をモチーフにしたものということで……」

「ああ、そういうことね」


 確か回帰する前にも、聖女の服のデザインを使って事業を当てていた。

 だけどそれは本来、不可能なのだ。


「だけど聖女の服は神聖で由緒あるものだから、聖女以外が着てはいけないのでしょう?」

「そうです、帝国の法律としてあるのです」


 そう、ここが一番の問題点。法律で聖女の服と似たデザインのものは、たとえ公爵令嬢の私でも着るのを禁じられている。


 回帰する前も本当なら聖女の服をモチーフにしたデザインは出来ないはずだったが、ルイス皇太子と婚約したオリーネは法律を変えたのだ。


 だから売ることが出来たが、今はルイス皇太子と婚約をしていないから、法律を変えられるはずがない。


 そして今後も、ルイス皇太子と婚約することはないだろう。

 私がそれを許さないし、ルイス皇太子もオリーネと積極的に婚約をしにいくことはもうない。


 なぜならオリーネと婚約したら、皇太子ではなくなるから。


「オリーネ嬢にはそれとなく法律のことを伝えましたが、『聖女がいいと言っているのだから、大丈夫なのでは?』と言っておりまして……少し大変でした」

「あら、そうなのね」


 まさかそんなめんどくさいことを言っていたとは。

 オリーネは聖女らしい優しそうな見た目で、意外と自己中心的なところが多々ある。


 もちろん私は知っていたけど、他の令嬢にそれを悟らせるほど焦っているのかしらね。


「あっ、すいません、アサリア様に関係ない愚痴のようなことを話してしまって……!」

「いえ、大丈夫よ。私から聞いたことだから」

「ありがとうございます。それでアサリア様、本日はどのような要件でしょうか」

「あなたのところにメイドの服を頼みたいんだけど……」


 それから冬用のメイド服の注文をしていく。

 何着必要かわからないから、とりあえず百着ずつ作ってもらうことにした。


 メイドの数はそんなにいないけど、多く作っても問題はないでしょう。


「かしこまりました。ではご注文通りに作らせていただきます」

「ええ、お願いするわ。あと少し相談なんだけど、いいかしら?」

「なんでしょうか?」

「個人的に、作ってほしいデザインの服があるんだけど」


 私は二年後から回帰しているから、二年後までの服の流行を知っている。

 その中で一つだけ、個人的に好きな服があった。


 動きやすくて、見た目も優雅でとても綺麗だった。


 その形状などはなんとなく覚えているので、それをキーラ嬢に伝えていく。


 するとキーラ嬢は目を大きく開け、何やら紙に描き始める。


「アサリア様、その服のデザインはこのような感じでしょうか?」

「あっ、そう、それよ」


 ドレスはスレンダーな感じでスラっとしていて、とてもスタイルが良く見える。

 装飾も派手ではなく、だけど品格があり優雅で、落ち着いた雰囲気もあって私は好きだった。


 私の軽い説明でここまで明確にデザインが描けるとは、さすがね。


「これは、とても素晴らしいです! 私も最近、こういったデザインを考えていたのですが、今一つハマらずに保留にしてましたが、これなら……!」

「そ、そう?」

「アサリア様、このデザインを買い取ってもいいでしょうか!?」

「買い取り?」

「はい、もちろんこのデザインの服を作り上げたら、最初にアサリア様へ献上いたします。その後、このデザインを買い取ってうちのブティック店で売り出したいのです」


 ああ、そういうことね。

 確かにこの服は流行にもなった服だし、売り出したら結構な利益に……あれ?


 もしかして回帰する前は、キーラ嬢がこの服を考えて作り出して、流行になったのかしら?


 それだったら悪いことをしたというか、私が考えて教えた感じが出てしまった。


「買い取りじゃなくていいわ、あげるわよ」

「えっ!? いや、それは申し訳ないですし、アサリア様が考えたデザインですので!」

「私が適当に考えたデザインをキーラ嬢が形にしてくれたのだから、あなたが作ったものと言っても過言ではないわ」


 もともとは絶対にそうだったと思うしね。

 私の言葉に感動したように目を輝かせるキーラ嬢。


「アサリア様……では、共同で考えたってことにしませんか?」

「共同?」

「はい、私とアサリア様が共同で考えたデザインということで売り出すのはどうでしょうか? もちろん売上もしっかり配分して……」

「あっ、それはいいわ」

「えっ!? そ、それってどのことですか?」

「売上の配分、お金なんていらないわ」

「ですがこういう売上の配分はしっかりしないと、後から揉めたりする可能性が……」


 確かにしっかりと商売をするのなら、そこは大事なところだろう。

 だけどもともとこのデザインはキーラ嬢のものだったのだから、私がお金をもらうというのは申し訳ない。


 それに、お金関係で揉めることはありえない。


「キーラ嬢、こういうと少し嫌な言い方かもしれないけど、安心しなさい」

「な、何がでしょう?」

「私は公爵家よ? 今回の商売について、あなたの家に全部お金が入っても全く問題はないわ」


 四大公爵、私達の家よりも財力を持っている貴族はないのだから。


「だから逆に分配なんかする方が面倒ね。全部あなたのところが持っていった方が楽よ」

「わ、わかりました。ありがとうございます……」


 その後、私の服のサイズなどを測ってもらっていたら、またキーラ嬢が少し遠慮するように話し始めた。


「アサリア様、先程のデザインですが、やはり共同で作ったことにするのはどうでしょうか?」

「だから、売上は別に……」

「いえ、売上の件はわかりました。その、少し言いづらい話ではありますが……」

「何かしら?」

「公爵令嬢のアサリア様と共同で作ったと謳った方が……売れる可能性が非常に高くなります」

「えっ、そうなの?」

「はい、公爵令嬢のアサリア様は社交界では注目の的であり、その一挙一動をいろんな方が見ています」

「まあ、そうね」


 それは自覚しているし、だからこそ、回帰する前は私の悪い噂が広まるのがとても早かった。


「アサリア様と共同して作った服で、それをアサリア様がご自身で着ていらしたら、絶対に他の令嬢達も欲しくなります」

「なるほど、そういうことね」

「だからアサリア様の影響力を利用するようで申し訳ないのですが、共同で作ったことにしてもよろしいでしょうか?」


 キーラ嬢は恐る恐る、少し申し訳なさそうに私にお願いをしてくる。

 私は安心をさせるように笑みを浮かべた。


「ふふっ、キーラ嬢。私はそういう強かな女性は好きよ」

「そ、それなら……!」

「ええ、もちろんいいわよ」


 もともとはキーラ嬢が作ったであろうデザインで、それを私が作ったと思わせてしまった。


 その引け目が少しあるから、私が協力して売上に貢献出来るなら、喜んでするわ。


「ありがとうございます、アサリア様!」

「ええ、だけど私は何をすればいいかしら?」

「私がこの服をすぐに作るので、次の社交界で着てくだされば十分です!」

「それだけでいいの?」

「その際に服のことなどを聞かれると思いますので、私のブティック店の名前を出していただければと思います」

「そう、わかったわ。それなら今度、私がお茶会を開くつもりだから、その時に着るわ」

「ア、アサリア様が主催のお茶会に、着てくださるのですか!?」


 私の言葉に目を見開いて驚いた様子のキーラ嬢。


「もちろん、それくらいはするわ」

「あ、ありがとうございます! アサリア様の魅力に負けないように、必ずご満足いただける素晴らしい服を作ります!」

「そ、そこまで気合いを入れなくていいわよ」

「いえ、死力を尽くします……!」


 まさかここまでキーラ嬢のテンションが上がるとは思わなかったけど。


 だけど私も服の完成が楽しみね。

 ……社交界用の豪華な服と、普段用の大人しめの服を作ってもらおうかしら。


 そうしないと普段使いが出来ないくらい豪華なものを作りそうなほど、気合が入っているようだから。


 そして話が終わり、キーラ嬢に見送らながらブティック店を出た。

 さて、私はまた明日からしばらく砦で魔物と戦い続けることになっている。


 そろそろ出発した方がいいだろう。


「マイミ、これから砦に行くけど、ついてきてくれるわよね?」

「えっ、また私ですか? 正直、あそこは魔獣が怖くて行きたくないんですけど……他のメイドの方でもいいんじゃないですか?」

「次の特別給金、私についてきてくれたメイドに宝飾品を二つあげるわ」

「行きます! 私以外にアサリア様の身の回りの世話を完璧に出来る人なんていませんから!」


 現金なマイミだけど、反応が可愛いから面白いわね。

 私の世話を多くやっているのはマイミだから、彼女についてきてくれるのは嬉しい。


「ラウロ、もちろんあなたも来るわよね」

「言われなくても、アサリア様についていくことが俺の仕事ですから」

「ええ、お願いね」


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