第2話 パーティでの狼藉


 パーティ会場に入ると、私は一気に注目を浴びる。

 私は四大公爵の一つ、スペンサー公爵家の一人娘のアサリア・ジル・スペンサー。


 どこに行っても注目を浴びるのは当たり前なのだけれど、これほど注目されているのは、私が誰もつけずに会場に入ってきたから。


 私がルイス皇太子の婚約者というのは社交界にいる人々が全員知っている。

 それでも私は笑みを絶やさず、余裕綽々の態度でいた。


 するとすぐに私に挨拶をするために、いろんな貴族の娘達が私に寄ってくる。


「アサリア様、ご機嫌よう。本日もお綺麗ですわ」

「体調を崩されていたとお聞きしましたが、大丈夫でしたか?」

「どうか無理をなさらないでくださいね」


 スペンサー公爵である私の権力のおこぼれを貰いたい、中級貴族の家門の娘達ね。

 私はこの前にも社交界とかで当たり散らしていたけど、それでもご機嫌取りに寄ってくるというのは感心するわ。


「ありがとう。お陰様で体調はもう大丈夫よ」

「えっ、あ、本当によかったですね!」


 私も笑みを浮かべて対応すると、少し驚いたような反応をする。

 やっぱりもうすでに私が癇癪持ちでワガママというのは広まっているようね。


 これから少しずつ改善していかないと。


 そういう噂があって、私を処刑する際の判決でマイナスに働いたから。


「あなたのドレス、とても美しいわね。どちらのブティックかしら?」

「あ、ありがとうございます! こちらのドレスは私の家が経営しているブティックでして……」

「あら、そうなのね。今度見に行きたいわ、お店を開けていてくれるかしら?」

「もちろんです! アサリア様のために貸切にさせていただきます!」

「ふふっ、ありがとう」


 この子達はこうやって、私の権力やお金のおこぼれを求めてやってくる。


 前までは上手くそれを利用出来なかったけど、今は違う。

 少しずつエサを与えてあげて、私のいい噂を流してもらおう。


 彼女達を利用するようで悪いけど、彼女達もある意味、私のことを利用しているのだから、全く問題はないわね。


 私の取り巻きの中級貴族の子達と話していると、近づいてくる人影があった。


 オリーネ・テル・ディアヌ、私を処刑に追い込んだ女だ。


「ご機嫌よう、アサリア様」

「あら、ご機嫌よう、オリーネ嬢」


 笑みを浮かべて挨拶をしてくるオリーネ。

 本当に顔だけはいいわね、この女。あとは愛想だけ。


 他に何も能力もないこの女に、婚約者を取られて、私は殺された。


『あなたが邪魔だから、ルイス皇太子に協力してもらって死刑にしてもらうわ。ルイス皇子もあなたのことを元婚約者で邪魔だと思ってたみたいだから……ふふっ、あなたの生首を見るの、楽しみにしてるわ』


 今でもその言葉を言い放った、この女の歪んだ笑みを鮮明に思い出せる。

 ここが現実なのか夢なのかはまだわからないけど、とてもいい機会だわ。


「なぜあなたがこのパーティ会場にいるのかしら?」

「えっ?」

「建国記念日のパーティは中級貴族の伯爵以上が招待される。下級貴族の男爵令嬢であるあなたが招待されるような場所ではないはずだけれど?」


 私の言葉に少し引き攣った笑いをするオリーネ。


 私の取り巻きにいるのは全員、伯爵家か侯爵家の娘。

 子爵と男爵の家門は招待されるはずもない、だからここにいるのは絶対におかしいのだ。


 もちろんこの女は、不法侵入をしてきたわけではない。


「ある優しい殿方に招待されましたので……」

「それは誰かしら? この高貴なパーティに男爵家の令嬢を招待出来るのなんて、よほど位が高い殿方なのでしょうね」

「それは……」


 この女を招待した殿方というのはルイス皇子だ。

 皇室のルイス皇子が招待したというのならば、もちろんこのパーティ会場いても問題はない。


 ただルイス皇子は私の婚約者というのは有名な話。

 まだ私とルイス皇子は正式に婚約を破棄していない。


 それなのに私の前で、この会場でルイス皇子に招待されたなんて、言えるわけがない。


 言ったとしたら……。


「ルイス・リノ・アンティラ皇太子に招待されました」

「……」


 まさか言うとは思わなかったわね。

 しかも自信満々に、胸を張って。


 この子、こんな馬鹿だったかしら?

 だけど好都合ね。


「ルイス皇太子に?」

「はい、ルイス皇太子は招待してくださいました。皇太子に招待されたのならば、問題はないはずですよね」

「そうね、だけどそれはルイス皇子が私の婚約者だと知っての狼藉かしら?」

「ろ、狼藉ですか?」

「ええ」


 私は笑みを浮かべたまま、一歩ずつゆっくりとオリーネに近づく。


「私の婚約者であるルイス皇子の招待を受けるということは、スペンサー公爵家の私に喧嘩を売っているということよね?」

「そ、そうではありません! ただ私は皇子から招待されただけで……!」

「あなたはルイス皇子に個人的に招待されたのよね? 皇族からではなく、ルイス皇子に直接招待されたのであれば、婚約者の私も黙ってはいられないわ。私が舐められては、公爵家の沽券にかかわるもの」

「そ、そんなつもりは……!」

「そんなつもりがないと言っても、実際にあなたはそういうことをしたのよ」


 青ざめていくオリーネの顔がとても愉快ね。


「公爵家に喧嘩を売るということは、どういうことかわかるわね? 男爵家を潰すのなんて……ふふ、とても簡単なことだわ」


 私はオリーネの首元に手を添えるように置く。

 ビクッとするオリーネの反応が、とても面白いわね。


「そ、それだけは、どうか……」

「あら、そう? なら決闘とかはどうかしら? 一対一でいいわよ、私とあなたの。聖女に選ばれたのだから、大丈夫よね?」

「い、いえ、それは……」


 聖女は強い魔法を使えるというのは有名だが、それは治癒魔法だけ。

 戦いに役立つ魔法など一つも使えない。


 対して私は帝国を支える四大公爵のスペンサー公爵家、炎の魔法を扱える。


 決闘をしたら、一方的なものになるでしょうね。


「さあ、どちらがいいかしら? もちろん決闘だから殺しはしないわ。ただ私、まだ未熟だから魔法を上手く操作出来なくて、不慮な事故を起こしてしまうかもだけれど」


 正直、二年前の私は本当に炎の魔法をほとんど使ったことがないから、上手く扱えない可能性が高い。

 だけどまだ聖女の魔法も使えない小娘を殺すには十分な火力だろう。


「ど、どうか、お許しください……!」


 涙目で許しを請うオリーネ。

 ああ、こんな顔を見たのは初めてね。


 前はいつも私が下手に当たり散らしていたから、上手く立ち回れなかった。

 だけど冷静に考えて、私とオリーネだと権力も力も、全部私の方が上。


 こんな女に殺されたのが本当に馬鹿みたい。


「ふふっ、私は寛大な心を持っているから、ここで謝罪をすれば許してあげるわ」

「し、謝罪……?」

「ええ、誠心誠意を込めて、私に謝罪を。どうすればいいかわかるわよね?」


 私がオリーネの耳元でそう囁いて、一歩だけ後ろに下がる。

 オリーネは青ざめた顔で身体を震わせながら、周囲を少し確認する。


 周りには私の取り巻き以外にも、いろんな貴族の方々がこちらを注目している。


「ほら、早くしてちょうだい。公爵家への侮辱行為として、動いてもいいのだけれど」

「っ……!」


 オリーネは身体を震わせながら、その場に両膝をついた。

 両手を床に置いて、そして――。


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