第3話 二人を引き裂く
オリーネは身体を震わせながら、その場に両膝をついた。
両手を床に置いて、そして――。
「そこで何をしている!?」
この場にそんな声が響き、オリーネがさっきまでとは打って変わって嬉しそうな顔をして声のした方向を見る。
「ルイス皇太子……!」
オリーネが男に媚びるような高い声でその名を呼んだ。
金色の髪でサラサラとした髪を靡かせ、スラッとしたスタイルで誰もがカッコいいと思うような男。
それが帝国の第一皇子にして皇位の第一継承者のルイス皇太子だ。
はぁ、とてもいいところだったのに。
まあいいわ、これでも鬱憤は結構晴れたし、まだやり返すチャンスはあるでしょう。
それより今は……。
「あら、ルイス皇太子、ご機嫌よう」
私はルイス皇子に何事もなかったかのように、笑みを浮かべて挨拶をした。
「またお前か、アサリア。久しぶりに顔を出したかと思えば、また問題を起こしたのか」
ルイス皇太子は挨拶を返すこともなく、私に侮蔑の目を向けてきた。
そして跪いていたオリーネの側に立ち、彼女の手を取って立ち上がらせる。
「大丈夫だったか、オリーネ」
「はい、私は大丈夫です、ルイス皇太子……」
私のことを無視するように、二人は見つめ合う。
回帰する前に何度も見た光景ね、もう飽き飽きだわ。
「ルイス皇子、私は問題なんか起こしてませんわ」
「じゃあなんだ今の騒ぎは。オリーネがなぜお前の前で膝をついていたのだ」
「オリーネ嬢が公爵家に対して無礼なことをしたから、彼女が自ら膝をついて謝ろうとしただけです。強制したわけじゃありません。そうですよね、オリーネ嬢?」
「っ……は、はい、そうです」
オリーネ嬢は少し青ざめた顔で頷いた。
「なぜオリーネがアサリアに謝るようなことが起こったんだ」
「ルイス皇太子の愚行のせいでもありますわね」
「なんだと?」
「ルイス皇太子が私という婚約者がいるのにもかかわらず、オリーネ嬢を個人的にこのパーティに招待したからです」
私のことを睨んでくるルイス皇太子。
顔だけはいいのよね、この男も。
まあもうこの顔も見ているだけで少し苛つくようになってしまったけど。
「オリーネ嬢も可哀想に。皇太子からの招待がなければ、公爵家を侮辱することもなかったでしょう」
「そんなことでオリーネにあんなことをさせようとしたのか」
「公爵家に侮辱する行為をして謝罪だけで許すと言ったのです。むしろ寛大では?」
「おこがましいにも程があるぞ、アサリア」
「公爵家としての毅然な態度です」
私は笑みを浮かべたまま、ルイス皇太子に対して一歩も引かない。
おかしいのはあちらなのだから、私は当然のことを言っているだけだ。
「それとルイス皇太子、そろそろオリーネ男爵令嬢を離しては? 婚約者がいる身として他の女性と触れ合うなど、とてもはしたない行為ですよ」
パーティ会場でこんなに人目がある中で、よく婚約者がいるのにオリーネとくっついていられるわね。
「オリーネ嬢、あなたも離れては? その方はスペンサー公爵家の私の婚約者よ?」
笑みを浮かべながらオリーネ嬢にそう言うと、彼女はビクッとして離れようとした。
しかしルイス皇太子が、オリーネ嬢の腰に手を回し抱きしめた。
「オリーネ、あんな女の戯言に耳を貸すな。私がついている」
「ルイス皇太子……!」
あらあら、また二人で見つめ合っちゃって。
あの人達にとって私は脇役で、自分達の愛を深めるための道具ってところかしら。
確かに死ぬ前、回帰する前はそんな立ち回りをずっとしてしまった。
だけどもう私はそんな脇役にはならないわ。
「ルイス皇太子は私という婚約者がいるのに、オリーネ嬢を選ぶというわけですね」
「君は問題を起こしすぎている。公爵家の令嬢だとしても目に余るぞ」
「ふふっ、そうですか。では後日、正式に婚約を破棄しましょうか」
「なに……?」
まさか私の方からその話が出るとは思わなかったのか、ルイス皇太子は驚いていた。
ルイス皇太子は私のことを嫌っているようなので、婚約破棄をしたいという話はこの頃にはすでに出ていた。
ルイス皇太子からしたら、婚約破棄したいから嬉しい、と思うのかもしれない。
だけど……。
「ああ、だけど私と婚約破棄をしたら、皇太子と呼ぶことはもうなくなりますね」
「なんだと?」
「あら、知りませんでした? 四大公爵のスペンサー家の私と婚約をしたから、ルイス皇太子は第一継承者の皇太子になったのですよ?」
「なっ、そんな馬鹿な……!」
「嘘ではありませんわ。私と婚約破棄をしたら、皇太子ではなくなります」
これは全部、本当のことだ。
四大公爵家で婚約が出来る令嬢は私だけ、他の公爵家の令嬢はもうすでに他の殿方と婚約をしている。
だから私と婚約破棄をして、違う公爵令嬢と婚約しようとしても出来ない。
回帰する前になぜルイス皇太子が、私と婚約破棄をしても大丈夫だったか。
それは私はルイス皇太子が別に好きではなかったけど、捨てられたくないとみっともない行動を繰り返した。
その愚行が皇室や他の貴族に広まり、私の評判は落ちていった。
だから婚約破棄をして当然だ、と皇室が納得してしまい、公爵家の令嬢と婚約破棄をしても第一継承者の皇太子のままだった。
さらに男爵令嬢のオリーネと婚約をしても、彼女は数少ない聖女として有名だったから、問題はなかった。
しかし今、私は特に大きな問題を起こしておらず、オリーネは聖女としてまだ何もしていない。
このまま私と婚約を破棄したら、ルイス皇太子は第一継承者ではなくなる。
「私はどちらでも構いませんよ、ルイス皇太子。あなたがこのままオリーネ嬢を選ぶのであれば……ふふっ、どうしますか?」
「くっ……」
「ル、ルイス皇太子……」
ルイス皇太子は第一皇子だが、第二皇子や第三皇子はとても優秀な方々だ。
公爵家の力なしに、ルイス皇太子が第一継承者になれることはないだろう。
顔を歪めて、とても迷っているルイス皇太子。
オリーネが不安そうに彼を見上げているが……。
「すまない、オリーネ……」
「あっ……」
ルイス皇太子は彼女を離し、距離を取った。
あはっ、やっぱりそんなものよね、ルイス皇太子がオリーネを想っている気持ちなんて。
悲しそうに顔を歪めたオリーネ嬢は、キッと私を睨んでくる。
「アサリア様、公爵家の権力を盾にして、ルイス皇太子を脅すことは令嬢としてどうなのでしょうか。私は殿方をそのようにして脅したり行動を縛ったりすることはしません」
あら、まだ反抗的な態度を取れるのね、この女。
自分が私よりも優しくていい女、だと言いたいのかしら?
だけど、笑えるわね。
「オリーネ嬢、あなたは勘違いしてるわ。『しません』じゃなくて、『出来ない』というのよ? あなたには権力も何もないんだから」
「っ……例え権力を持っていたとしても、そんなことはしません」
……はっ?
この女は何を言ってるのかしら。
二年後、ルイス皇太子の婚約者となったオリーネは、その権力を使って私を処刑に追い込んだというのに。
もちろん今のオリーネ嬢には関係ないが、私からすればどの口が言っているんだという話だ。
「ふふっ、大丈夫よ、オリーネ嬢。あなたがそんな権力を持つことは永遠にないから、そんなことを考える必要はないわ」
「っ……」
そう、もう持つことはない。
私がそれを許さないから。
「それでオリーネ嬢。あなたはいつまでこの会場にいるのかしら?」
「えっ?」
「ルイス皇太子、私の婚約者のあなたは、オリーネ嬢をここに招待したのかしら?」
私が笑顔でそう問いかけると、ルイス皇太子は目を伏せた。
「ほら、オリーネ嬢。誰も男爵令嬢のあなたをこの会場に招待してないわ」
「そ、そんな……!」
「お帰りはあちらよ、お気をつけて」
オリーネ嬢は最後まで私を睨みながら、この会場を去っていった。
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