第35話 家名を決めて
祝賀会が終わり、私とラウロは二人で馬車に乗って帰路についていた。
全体的にとても楽しかったけれど、最後のアレクシウ様とのお話が印象的だった。
まさか婚約を申し込まれるなんて、思っていなかったから。
だけどあれは正式な婚約の申し込みではない。
誰もいない中庭の中、しかも私に婚約者がまだいるという状態。
まだ大きな問題にしないためにも、今回の話は私とアレクシス様の二人の秘密……と、あちらは思っているだろう。
「アレクシス様に、婚約を申し込まれたのですか?」
「そう、本当にいきなりね」
私は普通に専属騎士のラウロには話した。
最後に「心の内にでも秘めておいてくれ」と言われたけど、喋るなとは言われてないしね。
それにラウロは私から聞いた情報を他の人に話したりしないだろう。
だから愚痴を言うには、ラウロはうってつけだ。
「アサリア様は皇太子という婚約者がいるのに、他の人に婚約を申し込まれることがあるのですか?」
「あるわけないじゃない。しかも私の婚約者はこの帝国の皇太子よ? 普通だったら貴族の男性は私と喋るのすら臆するのに」
「喋るのすら臆する……俺はどうなんでしょう?」
「あなたは私の専属騎士だからいいのよ」
「……そうですか」
なんだかよくわからない質問だったけど、変なところを気にするわね。
皇太子の方が立場的に上だけど、四大公爵家の嫡男のアレクシス様だったらそこまで怖がる必要もないのだろう。
私だってルイス皇太子を怖がることは全くないし。
だけど婚約者がいるのに婚約を申し込むのは、ルイス皇太子が婚約者だということ関係なしに、なかなか無礼なことだ。
何を狙っているのか。私のことを好きになったと言っていたけど、あれが本当なのかどうかもわからないし。
まあ……雰囲気的に、少し本当っぽいとは思ったけど。
それでも公爵家同士なので、少し疑ってかかるのが当たり前。
あの言葉を全部鵜呑みにするのは馬鹿がすることだ。
「はぁ、あまりこういうので探るのは好まないけど、裏取りはするべきかしら」
「……アサリア様は」
「ん? 何?」
「アサリア様は、アレクシス様と婚約してもいいと思っているのでしょうか?」
「いや、だから私はルイス皇太子と婚約をしてて……」
「ルイス皇太子と婚約破棄をした後です」
ああ、そういう話ね。
ラウロには私がいずれ、ルイス皇太子と婚約破棄をすることは伝えている。
アレクシス様と婚約をしても大丈夫になった時、私はどうするか。
うーん、アレクシス様は別に悪い方ではないと思っているけど。
回帰する前は飄々としてどこか掴み所がない人だと感じていたけど、戦場で彼を見たら責任感があり真面目なところがあると知った。
それでもまだ全然彼のことを知らないし、婚約したい、結婚したいとは思えない。
私が次に婚約するとしたら、その相手は本当に好きな相手がいい。
ルイス皇太子は一度も好きになったことないし、お父様が私のためを思って結んでくれた婚約だった。
だから次の相手は私の自由に選んでいいと思うし、その相手は私が好きになった人を選ぶつもりだ。
「アレクシス様のことはよくわからないから、まだ婚約したいとは思えないわね」
「まだ……そうですか」
なぜかラウロが落ち込んでいるような雰囲気だけど、どうかしたのかしら?
私の話の中でラウロが落ち込むようなことはなかったと思うけれど。
ラウロは表情は変わらないけど、雰囲気でどういう感情を抱いているのかは、なんとなくわかってきたわね。
弟妹のレオとレナは「お兄ちゃんは意外と感情がわかりやすいよ!」と言っていたけど、私もラウロと仲良くなってきたということかしら。
ああ、二人のことを思い出したら、会いたくなってきたわね。
「ラウロ、このままあなたの家に向かっていいかしら? レオとレナに会いたいから」
「はい、あの二人もアサリア様にお会い出来るのは嬉しいと思います」
「ふふっ、それなら私も嬉しいわ」
そのまま馬車で移動し、ラウロの家に着いた。
いつも通りラウロが先に出て、私は彼の手を取り馬車から降りる。
久しぶりにラウロの家に来た気がする。
そういえば、ラウロは騎士爵位を授与されたから、レオとレナも貴族の家門の仲間入りね。
だけどまだ家名を決めていなかったはず。
「ラウロ、あなたは騎士爵位をいただいていたけど、家名はどうするの? 皇室から家名を授かることを断っていたけど、何か候補はあるの?」
「いえ、全く」
「えっ、そうなの?」
「アサリア様に、決めていただくて」
「私が? ラウロの家名を?」
「はい、ダメでしょうか?」
「別にダメじゃないけど……本当に私が決めてもいいの?」
「はい、最初からそのつもりでした」
まさか皇室から家名を授かるのを拒否した理由が、私に決めてもらいたいからだったなんて。
嬉しいけど、プレッシャーがすごいわね。
あまりネーミングセンスとかはないんだけど……そうね。
「アパジル、ってのはどうかしら?」
「アパジル、ですか?」
「ええ、アパルって言葉がどこかの国で『護る』っていう意味があるの。私の専属騎士で、レオとレナをずっと護ってきたあなたにピッタリじゃない?」
「護る……ジルというのはどこから?」
「……その、私の名前からだけど」
私の名はアサリア・ジル・スペンサー。
そこから取ったのだけど、少し気恥ずかしいわね。
「アサリア様のお名前から取って、アパジル……」
ラウロがそう呟いて、無表情のまましばらく固まった。
えっ、なに、ダメだった?
ぽかーんとした顔をしているので、どんな感情かよくわからない。
レオとレナならこの表情でも感情がわかるのかしら?
「嫌なら他に考えてもいいけど……」
「いえ……その、とてもいい名前だと思います、アサリア様」
「本当? 遠慮はしなくていいわよ?」
「はい、本当に素晴らしい名前です。ありがとうございます、アサリア様」
ラウロはそう言って笑ってくれた。
よかった、本当に喜んでくれているようね。
ラウロの滅多に見られない笑みを見て、私も嬉しくなる。
「ラウロ・アパジル。今後も私の専属騎士として、よろしくね」
「はい、アサリア・ジル・スペンサー様。今後ともよろしくお願いいたします」
私とラウロはそう笑い合ってから、ラウロの家の中に入っていった。
レオとレナはとても可愛らしい笑顔で出迎えてくれた。
はぁ、とても癒されるわね。
そう思っていたら、レオとレナがラウロのことを見て不思議そうにする。
「あれ、兄ちゃん、なんかすごく嬉しそうだね」
「ほんと! にぃに、すっごい幸せそう!」
えっ、そんなに?
レオとレナが言うには本当なんだろうけど。
「そうか?」
「うん、兄ちゃん、何かいいことあったの?」
「あったの?」
「……ああ、すごくいいことがあったぞ」
ラウロは優しい笑みを浮かべて、レオとレナの頭を撫でた。
私にはラウロの感情を見抜けなかったけど、ラウロ達が幸せそうならよかったわ。
その後、私は軽くレオとレナと一緒にお茶をして、みんなで一緒にお菓子を食べた。
私はそのままラウロの家でレオとレナと少し遊んでいた。
いつも通り私が炎の魔法で犬の形を作って、それと二人が追いかけっこをする。
一時間もやっていると、レオとレナが疲れたようで、庭に倒れてそのまま眠ってしまった。
寝顔がすごく可愛くて、しばらく眺めてしまったわね。
ラウロが二人を同時に抱えて、屋敷の部屋に連れていった。
私はそろそろ遅くなったので馬車で帰ることにした。
私も朝から授与式の準備だったり、祝賀会で挨拶回りなどもしていたから疲れたわ。
「今日はありがとうございました、アサリア様」
「いえ、あなたこそ今日はお疲れ様」
騎士の訓練などに比べれば、今日の授与式や祝賀会はとても楽だっただろうけど。
それでも慣れないことだったのは変わりない。
「明日からいつも通り、私の専属騎士としてよろしくね」
「はい、もちろんです。ラウロ・アパジル、全身全霊でアサリア様をお護りいたします」
ラウロは跪いて、私の手を取って甲に唇を落とした。
……そういえばアレクシス様にはギリギリでされなかったわね。
まあラウロが庇ってくれたお陰だけど。
もしかして、嫉妬とか?
いや、ラウロに限ってそれはないわね。
「ええ、また明日」
「はい、また」
少し柔らかい笑みを浮かべたラウロを見てから、私は馬車に乗った。
明日もラウロやイヴァンお兄様、お父様達と一緒に過ごす日々が送れる。
回帰する前はこうして楽しく日々を過ごすことは出来なかったから、本当に嬉しい。
それもこれも全部、ルイス皇太子や聖女オリーネのせいだった。
今はこうして、あの二人にやり返しながら、楽しい日々が送れている。
だけどまだ、これからだ。
オリーネはこれから、聖女としての仕事が本格的に始まる。
ルイス皇太子は……これからどうなるのかしら?
あの人は皇太子であることを見せびらかす、という仕事をしていたかも。
とりあえず――あの二人に対しての復讐は、まだまだ終わらない。
私は悪女にでもなって、あの二人の落ちぶれる様を見て嗤ってやるわ。
――――――――
【作者からのお知らせ】
これにて、1章は完結といたします!!
まだまだ物語は続きますが、一旦ここで連載は止めさせていただきます。
早くて一ヶ月ほどで連載を再開すると思いますので、それまで待っていただけると嬉しいです。
ここまでご愛読いただき、ありがとうございました!!
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