第27話 余裕な二人



 砦の壁は魔獣の侵入を防ぐために横にとても長く築かれている。

 帝国を囲むように大きな壁が築かれており、その東西南北に一つずつ大きな砦がある。


 魔獣は人がいるところに集中して寄ってくるという習性があるので、砦には騎士が何百人と常駐している。

 南の砦は一番魔獣が凶暴で多くいるところで、そこの守護を任されているのがスペンサー公爵家だ。


 なぜなら、四大公爵家の中でも最強だから。


 砦の壁の上には多くの魔法使いがいて、下にいる魔獣などに魔法を順番に放っている。

 そして下には、何十匹もの魔獣がいた。


「魔力を回復させたものから、魔獣に向かって撃て! 仲間の騎士には当てるなよ!」

「上にも注意しろ! 鳥の魔獣もいるから、絶対に逃すな!」


 そんな声が絶え間なく飛び交い、魔獣を次々と倒していた。

 砦には一日に一度、こうして一気に魔物が押し寄せてくることがあるのだ。


 その時は砦にいる騎士達が総出で対処する。

 回帰する前に初めて来た時はここまでの戦場だとは思わず、とても驚いて怖がっていたわね。


「すでに結構魔獣を倒しているようですね」


 私は下にいる魔獣の数を見てそう呟いた。


「アサリア、なぜそれがわかった?」

「えっ? あ、その、お父様にいつも数百体は来るって聞いていましたので」

「……そうか、そうだな。すでに五十体は下回っているようだ」


 あ、危ない、回帰する前に経験して得た情報をつい口に出してしまった。

 実際に今は魔獣の数が結構少ない……だけど何か違和感があるわね。


「アサリア、まずお前は空にいる魔獣をやれ」

「かしこまりました、お兄様」

「ラウロ、お前は下に降りて可能な限り魔獣を潰してこい」

「アサリア様のもとを離れてもいいのですか?」

「ああ、俺がいるからな」

「……かしこまりました」


 ラウロは少し不服そうにしながらも、私に一礼してから離れていく。

 砦の上にいるんだし、私は結構安全な場所で魔法を放つことになると思うんだけど。


 どれだけ私のことを弱いと思っているのかしら、ラウロは。

 まあ確かに一対一でラウロと戦えば私が負けるかもしれないけど。


 ただ、魔獣の殲滅力で負けるとは思わない。


「ラウロ、上には気をつけてね」


 砦の壁のギリギリに立っているラウロにそう声をかけた。


「上、ですか?」

「ええ、私が全部魔獣を落とすから、潰されないようにね」

「……ふっ、かしこまりました」


 ラウロは振り向いて軽く笑ってから、砦から落ちた。

 それを見た魔法使いが驚いて「えっ!?」と声を上げる。


「こ、ここ、三十メートルは高さあるけど!?」


 慌てて魔法使いの方が下を覗いたようだけど、さらに目を見張る。


「お、落ちて、地面に激突する……あれ、普通に着地して、魔獣の方に走り出して……えっ、いつ剣抜いた? 魔獣の首が、取れてる? えっ、えっ?」


 いい反応をする魔法使いの方ね、ラウロが見えなくてもどんな動きをしているのかが伝わってくるわ。


「壁上の魔法使い、下に向けて魔法を撃つのをやめろ!」


 イヴァンお兄様がそう声をかけると、戸惑いながら全員が魔法を撃つのをやめる。


「イ、イヴァン様! どうしてでしょうか!? 魔法で下にいる騎士達を援護しないと、騎士達が不利になってしまいます!」

「下は騎士達に……いや、一人の騎士に任せろ」

「一人の騎士……?」

「ああ、一人で戦場を制圧出来る男だ。暇だろうから見学でもしてていいぞ」


 イヴァンお兄様が騎士の皆さんにそう説明しているのを聞きながら、私は上にいる鳥の魔獣達を見る。

 ざっと見て、十体くらいかしら。


「イヴァンお兄様、私もやります。なので上を狙っている魔法使いにも止まるように声をかけてください」

「……ああ、わかった」


 イヴァンお兄様はそう言って、大声で「全員、撃つのをやめろ!」と声をかけた。


 魔法使いの方々もイヴァンお兄様の言うことは絶対のようだから、すぐにやめた。

 さて、ぼーっとしていたら下にいる魔獣をラウロが全部倒してしまうわね。


 十体ね、一発も外すつもりはないから、十個の炎の球を私の身体の周りに作る。


「あ、あの女性は誰だ? いきなりあんな炎の球を十個も……?」

「お前、よく見ろ! イヴァン様と同じ髪色と瞳の色だ!」

「えっ、じゃあ、あのお方は……!」


 鳥の魔獣の動きをよく見て、一気に十個の炎の球を操る。

 着弾、着弾、着弾……全ての炎の球が魔獣に当たった。


 当たった鳥の魔獣は真っ黒焦げになり、下に落ちていく。


 よし、久しぶりに動く標的を狙ったけど、ちゃんと出来たわ。


「い、一番倒すのが難しい鳥の魔獣を、あんな簡単に……!?」

「魔法が離れるにつれて操作が難しくなるのに、十発同時に操って、一発も外さなかったぞ!?」


 ふふっ、気持ちがいい反応をしてくれるわね、あなた達。


「お兄様、終わりました」

「……ああ、よくやった」


 お兄様も少し驚いているかのように目を見開いていたが、すぐに褒めてくれた。


 回帰した後、初めて魔獣と戦ったけど、特に問題はなさそうね。

 壁上で安全な場所から魔法を撃っているんだから、当然なんだけど。


 私はもういいけど、あとはラウロね。

 お兄様と私が壁上のギリギリに立って、下を覗く。


 すると……すでに終わっているようだ。


「は、速すぎる。戦っている姿が見えないのに、いつの間にか魔獣が全部倒されて……!」


 ラウロが落ちた時に下を覗いていた魔法使いが、そんなことを言っているのが聞こえた。


 私とラウロ、どっちの方が倒すのは早かったのかしら?

 さすがに私だとは思いたいんだけど、ラウロはおそらく私の倍以上の数は魔獣を倒している。


 しかも身一つ、ただ魔獣に近寄って斬るという近接戦で、一瞬にして。

 下にいるラウロは、最後に倒したらしき獅子の魔獣の上に立っている。


 ほとんど返り血も浴びていないようで、顔もいつも通りの無表情だ。

 私は魔獣の死体を何度も見たことがあるから耐性がついているけど、ラウロは今回が初めてのはずなのに、本当に余裕そうね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る