第17話 ラウロ、専属騎士へ
ラウロは訓練が終わり、訓練場から歩いて家へと帰る。
アサリアが用意してくれた家は騎士団の本部や訓練場からとても近く、歩いて数分程度だった。
スペンサー公爵家の本邸とも近く、アサリアの専属騎士になってもレオとレナがいる家に帰られるようにしてくれたのだろう。
家に近づくと、家の前に馬車が止まっているのが見えた。
とても豪華な馬車で、ラウロは何度か見たことがあるような馬車だった。
家の中に入ると、初老の男性の使用人がラウロに近づいてきた。
「お帰りなさいませ、ラウロ様」
「……はい、ただいま帰りました」
「ラウロ様、何度も申していますが、私達使用人に敬語は必要ありませんよ」
「……すいません、まだ慣れないので」
「レオ様やレナ様のように私達に接して頂いていいのですよ」
「いや、あいつらは少し恐れ知らずなところがあって」
「ふふっ、そうですね。今も恐れなんて全く抱かず、あの方と遊んでおられますよ」
「……」
やっぱりか、とラウロは思いながら、三人がいる中庭へと向かう。
そこはアサリアがこの家を用意してくれる時に、
『子供が遊べる場所があった方がいいから、中庭は広い方がいいわよね。あの二人はずっと狭い家で留守番していたから、その分遊んでもらわないと』
と言われて、中庭が大きな家を用意してもらった。
ラウロが中庭に行くと、レオとレナ、それにアサリアが遊んでいた。
「アサリア様、もう一回やろ! 次は俺が勝つから!」
「私も私も! アサリア様、もう一回!」
「ふふっ、もちろんいいわよ」
レオとレナは前までは考えられないほど良い服を着ながらも、汗だくで遊んでいる。
アサリアは今日は控えめなドレスで、大きめの帽子を被っていた。
レオとレナがアサリアから離れると、アサリアが指をくるっとして魔法を発動した。
するとアサリアの前に犬の形をした炎が出てくる。
「さっきと同じ、この犬に持ってるタオルを噛まれたら負けよ」
「うん!」
「次こそ勝つから!」
そして遊びがまた始まったようだ。
キャッキャと騒いで炎の犬から逃げて遊ぶレオとレナ、その様子を見て微笑ましそうに笑うアサリア。
まだラウロが帰ってきたことに気づいていないようだ。
ラウロはアサリアのとても優しげに微笑む横顔を見つめる。
風で真っ赤な髪が揺れて、アサリアは炎を操ってない方の手で髪を耳にかきあげた。
(……綺麗だ)
ラウロは素直にそう思った。
思えば、初めて出会ったあの瞬間から、見惚れていたかもしれない。
ラウロがピッドル男爵に絡まれて、顔をもう一度殴られそうになった時。
『そこの男、もうやめなさい!』
アサリアがそう言い放って、人混みの中から出てきた。
人だかりが出来て注目されていたが、誰も助けてくれなかった。
平民ならしょうがないし、男爵に逆らっても何もいいことはないから、それは当然だろう。
誰も助けてくれない、自分がなんとかしなきゃというところでアサリアが現れた。
容姿に見惚れて、さらには男爵とのやり取りで圧倒的な強さ、気高さに惚れた。
その後、なぜか自分の才能を見抜いたと言って、スカウトをしてきたのは驚いた。
騙されているのではと思いすぐには返事出来ないと言うと、自分の汚い家に直接来てまで熱烈に誘ってくれた。
誘ってくれている最中の言葉で、
『人生、楽しまないと損よ』
という言葉が、ラウロの中で響いた。
アサリアの言葉の中でも、一番気持ちがこもっていた気がした。
捨て子で小さな頃から生きることに必死で、楽しいことはなかった。
レオとレナを拾ってからは二人と接することが癒しではあったが、人生を楽しんでいるかと言われると少し違った。
あのままでは自分は人生を楽しめず、そしてレオとレナも自分と同じように楽しめずに、大人になっていただろう。
(まだ俺は、人生の楽しみを見つけられてはいないかもしれないけど……)
レオとレナが楽しそうに遊んでいるのを見て、思わず口角が上がった。
(二人が楽しく遊んでいるというだけで、ここまで幸せな気持ちになるというのは、初めて知った。それに……)
もう一度、アサリアのことを見つめる。
自分の人生を、そしてレオとレナの人生を変えてくれた恩人。
彼女の方に歩き出すと、足音でラウロのことに気づいたアサリア。
一瞬だけ目を開くアサリア、だがすぐにニコッと笑った。
その笑みを見た瞬間、ラウロは心臓が高鳴ったのを感じた。
「あら、ラウロ。帰っていたのね」
「っ……はい、ただいま帰りました」
「お疲れ様。見ればわかると思うけど、レオくんとレナちゃんと遊んでいるわ。あの犬の炎は二人が持っている不燃性のタオルを噛むだけだから安全よ」
「はい、わかっています。レオとレナと遊んでくださってありがとうございます」
「私が楽しいから遊んでいるだけよ。むしろお礼を言いたいのは私の方よ、あの二人と遊ぶとすごく癒されるわ」
「それなら何よりです」
「それにあの炎の犬を操るのも訓練になるから」
確かにあの形を維持しながら操るのはなかなか大変だろう。
すでにイヴァンから「もうお前に教えることは特にない、あとは体力をつけるだけだ」と言われているアサリアは、訓練場に行かずに本邸で運動をして鍛えている。
息抜きにここに来て、レオとレナと遊んで癒されているのだ。
「ラウロ、お兄様との訓練はどうだった?」
「そのことですが、無事にイヴァン様からアサリア様の専属騎士への推薦をいただきました」
「えっ? もう? まだ訓練始めて一週間よね、あなた」
「はい、そうです」
「……やっぱりラウロって天才ね。私の目が正しかったわ。いや、だけど本当にすごいのは特に情報もなく見抜いたあの女ってことに……それはなんか嫌ね」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないわ」
何を言っているのかわからなかったが、アサリアが話を続ける。
「じゃあこれで正式に私の専属騎士になれるのね。じゃあ明日から私の警護を頼むわ。特にどこか危ないところに行くというわけじゃないけど、それが仕事だから」
「はい、わかりました」
その後、一時間ほどアサリアはレオとレナと遊び続けた。
日も暮れ始めたので、アサリアは本邸に戻ることに。
「えー、もっと遊びたい!」
「私も! まだアサリア様の犬に勝ってないし!」
レオとレナはとても残念がって我儘を言うが、それもアサリアは穏やかな笑みを浮かべて許してくれる。
「ふふっ、またすぐに来るから、それまでにいっぱい美味しいもの食べて、体力つけておくのよ」
「うん! ここに来てすごい美味しい料理がいっぱい食べられて、すごい嬉しい!」
「料理人のおじさんがすごいんだよ! 今度アサリア様も一緒に食べよ!」
「ええ、そうね。今度お邪魔させてもらうわ」
二人の頭を撫でるアサリア、それを嬉しそうに受け入れるレオとレナ。
別れを惜しみながら弟妹の二人と別れ、ラウロとアサリアは馬車に乗り込んで本邸へと向かう。
「別にあなたは来なくてもよかったのに」
「いえ、専属騎士となったので」
「そう、やっぱりラウロは真面目ね。毎日私の警護をすることになると思うけど、あの子達と一緒に夕食を食べられるくらいの時間には仕事は終わると思うから」
「はい、お気遣いありがとうございます」
アサリアの側でずっと警護することになり、あの二人との時間を取れるのか少し不安だったが、それも考えてくれていたようだ。
(やはり、この人についてきてよかった)
心の底から強くそう思ったラウロ。
本邸に着き、ラウロが先に馬車から降りてアサリアに手を差し伸べる。
「ありがとう、ラウロ」
「いえ」
アサリアがラウロの手を取り、馬車を降りた。
自分と比べるととても小さくて、柔らかくて温かい手。
美しい手だが、この指をくるっと回すだけで人を簡単に殺すような炎が出せるなんて、実際に見ないと信じなかっただろう。
「? ラウロ、どうしたの?」
ラウロが手を離さずにいたので、アサリアが首を傾げてそう言った。
ラウロは訓練場でイヴァンと話した時のことを思い出す。
『お前にとって、アサリアは命を懸けるに値するか?』
イヴァンの問いに、すぐに答えを返した。
その時の言葉を、ここでもう一度アサリアに誓う。
ラウロはおもむろに跪き、アサリアを見上げる。
「アサリア様、忠誠を誓わせていただきたいと思います」
「えっ?」
不思議そうにするアサリアを視界に入れながら、ラウロは誓う。
「私、ラウロはたとえアサリア・ジル・スペンサー様の歩むその道にどんな苦難や逆境が訪れようと、この命を賭してあなた様をお護りすることを誓います」
強く自分の心にそう誓って、アサリアの手の甲に唇を落とした。
(俺の中ではすでに……彼女はレオとレナと同様か、それ以上に――イヴァン様に言われたからではなく、俺自身のために、アサリア様を護り続ける)
すぐに手の甲から唇を離してからアサリアを見上げると、彼女は少し頬を赤らめて目を見開いていた。
「っ……ラウロ、あなたの忠誠を嬉しく思うわ。これから私の専属騎士として、期待しているわ」
「はい、ご期待に添えるよう精進いたします」
こうして、ラウロは公爵令嬢のアサリアの専属騎士となった。
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