第16話 専属騎士への覚悟



 夕食が終わり、父のリエロに呼ばれたイヴァン。

 執務室に向かい、リエロと対面に座って一対一で話し始める。


「夕食時にも言った通り、私は砦に行く。メリッサに会いたいというのもあるが、やはり本邸で仕事ばかりしていたら、腕が鈍るからな。私とメリッサがいない間、こちらでの仕事は任せてもいいか?」


 夕食の時の軽く提案した時とは違い、当主として真面目に話すリエロ。


「もちろんです。お任せください、父上」

「ふむ、イヴァンはすでに魔法の腕前は私より上だ。あとはこういった執務の仕事も経験していって、公爵家の次期当主として準備をしてくれ」

「はい、かしこまりました」


 リエロが満足そうに頷き、少し柔らかい表情になって話す。


「今日帰ってきて、早速アサリアと一緒に訓練をしたんだろう?」

「はい、しました。アサリアが見つけたというラウロも一緒に」

「そうか、長旅で疲れていただろうにご苦労だった。二人はどうだった? 特に、アサリアが専属騎士にしたいというラウロはどうだった?」


 ラウロのことを聞く時だけ、少し視線が鋭くなる。

 やはり愛する娘が専属騎士にしたいと言っても、騎士の経験もないただの平民が相手だ。


 今回、イヴァンにラウロも見てくれと頼んだのは、ラウロを見極めてくれという意図もあったのだろう。


「率直に言いますと、二人とも天才でした」

「っ、ほう、イヴァンがそこまで言うとは珍しいな。アサリアは建国記念日パーティで炎の魔法を扱ったということを聞いていたが、ラウロという男もか?」

「はい、アサリアも才能が十分にありますが、ラウロはその比じゃありません」


 イヴァンは二人の才能について詳しく話した。

 特にラウロはまだ剣を握って一日しか経ってないのに、すでに熟練の騎士よりも実力は高いことを。


「なんと、そこまでか。それならアサリアの専属騎士はもちろん任せられるが、アサリアはよくそれほどの人材を拾ってきたものだ」

「ええ、そうですね」

(さすが天使だ)


 口には出さずに、心の中で称賛したイヴァンだった。


「私は明日すぐに砦に向かおうと思う。これからもあの二人が十分に育つまで、訓練を続けてやってくれ。もちろん本邸での執務も忘れずにな」

「はい、かしこまりました」

「よし、では……ふふっ、メリッサに会うために今から準備をしなければな」


 子煩悩で愛妻家でもあるリエロは、ウキウキ気分だった。

 そんな父上を見届けてから、イヴァンは執務室を出た。


(もうすでにあの二人に教えることはないのだが……まあ天使と一緒にいれるから、もうちょっと訓練をするか)


 親子なだけあって、少し似通っているリエロとイヴァンだった。



 ラウロが正式にスペンサー公爵家の騎士になり、一週間が経った。

 一日目からスペンサー公爵家の令嬢と令息と訓練をし始めて、それがもう一週間も続いていた。


 今も訓練場で、公爵令息のイヴァンと対峙していた。


「では次、いくぞ」

「はい、お願いします」


 数メートル先にイヴァンがいて、ラウロに手の平を向けている。

 そして、炎の魔法が次々と打ち出されていく。


 一つ一つが人間に当たれば身体の一部を吹き飛ばすほどの威力、下手したら即死する攻撃だ。


 しかしそれをラウロは剣で斬って、弾いて、その場から全く動かずに凌いでいく。


 しばらくそれが続き、一撃も食らうことなく終わった。


「よし、悪くない。お前はアサリアの専属騎士になるのだから、どんな魔法攻撃が来ても後ろには逸らすな」

「はい、かしこまりました」


 すでに専属騎士になるための訓練を始めているラウロ。

 イヴァンも全力でラウロを鍛えている。


「斬って逸らすか弾き飛ばすか。間違っても避けたり後ろに逸らすな。それをするくらいならお前が攻撃に当たって死ね」

「はい」


 かなり強い言葉を言われるが、全く動じないラウロ。

 すでに公爵令嬢の専属騎士になるということが、どういうことか理解していた。


「……まあお前ならどんな攻撃が来ても後ろに逸らすこともないと思うし、たとえ身体で防いだところで魔力で強化しているから死にはしないだろう」

「ありがとうございます」


 イヴァンはため息をつきながらそう言った。

 褒めているようで、ラウロの強さに呆れている感じだ。


「もうお前に教えることは何もない。あとは経験をしていくだけ、つまり騎士として仕事をこなしていけば、もうお前に勝てるものなどそうそういないだろう」

「……そこまでですか?」

「……なるほど、お前はまだ自分の強さがわかっていないようだな」


 ラウロはまだイヴァンとアサリアの魔法を防いだり、ただ地道に剣を振るうことしかしていない。

 それがどれだけ凄いことなのか、まだよくわかっていないのだ。


「ではお前がどれだけ強いのか、俺以外の騎士を呼んで試してやろう」

「はぁ、お願いします」


 その後、訓練場に十人の騎士が集まった。

 全員が熟練の騎士、十年以上は公爵家の騎士として魔獣とも戦っている者達だ。


「これから模擬戦を始める。ラウロ、全員を相手にしろ」

「わかりました」

「イヴァン様、いいのですか? こいつはまだ入隊して一週間程度じゃ……」

「大丈夫だ、どうせお前らが負ける」


 そう断言したイヴァンの言葉に、熟練の騎士達が少しムッとした。

 だが公爵家の令息に反論することは出来ないので、否定したければ実力で示すしかない。


「では私から……」

「何を言ってるんだ。お前ら十人、一斉にそいつと戦えと言ったんだ」

「はっ? ま、まさか、本気ですか?」

「本気だ。早くやれ」


 さすがに驚いて、ラウロのことを見る騎士達。

 ラウロは特に驚いた様子もなく、ただ剣を構える。


「……始めましょう」


 その言葉と共に臨戦態勢に入ったラウロ。

 瞬間、熟練騎士達も肌で感じた。


 ラウロという少年から、全員が協力しても勝てないような魔獣のような威圧感を。


 そして、数分後。

 ラウロが一人でその場に立ち、熟練騎士達が地面に伏せている光景があった。


 キツめの一撃を熟練騎士が全員くらい、ラウロには攻撃が掠ってすらいない。


 全て受け止め、弾いた。


「終わりました、イヴァン様」

「……ああ、どうだった?」

「……失礼かもしれませんが、特に苦戦はしませんでした」

「だろうな。十人を相手に攻撃を避けないなんて、よくぞやってのけたものだ」

「イヴァン様が避けるなとおっしゃったのでは?」

「そうだが……まあいい」


 後ろにアサリアがいたとしても、熟練騎士を十人相手に攻撃を全部受け止め弾いて倒すなど不可能だ。

 普通なら勝つことすら不可能に近いのに。


「実際にアサリアが後ろにいた時にこんな人数に囲まれたら、まずアサリアの身を大事に考えて逃げることを考えろよ」

「わかりました。ですがアサリア様が戦うことに積極的でしたらどうしますか?」


 普通の令嬢なら怖がって逃げるはずだが、アサリアはそこらの令嬢とは違う。

 実際、前にピッドル男爵が魔法で暴れた時には恐れずに前に出て、簡単に制圧していた。


「……確かにありえるな。その場合は適宜対処しろ」

「わかりました」

「だが絶対に――アサリアに傷一つ負わせるなよ。傷一つでもつけたら、わかってるな?」

「……はい」


 イヴァンが睨むように言ってきた言葉に、ラウロは強く頷いた。

 ラウロはまだ一週間ほどしかイヴァンと接していないが、彼がアサリアのことを大事にしているのがとてもよくわかった。


 やはり妹というのは大事なのだろう、ラウロも弟妹が自分の命よりも大事だ。


「お前も、もう特に私が教えることはなくなった。あとは場数を経験すれば良いだけ、アサリアの専属騎士としてな。俺とアサリアが推薦すれば、騎士として全く働いていなくても問題はないだろう」

「はい、ありがとうございます」

「それと最後に、一つ聞くぞ」

「なんでしょうか」


 いつも無表情なイヴァンだが、いつもより真剣で鋭い目でラウロに問いかける。


「お前は、アサリアのために死ねるか?」

「っ……」

「アサリアが危険に晒された時、命を懸けて守るのが専属騎士の役割だ。お前がどれほど強くても、アサリアのために命を懸ける覚悟がなければ、俺は絶対にお前を妹の専属騎士に推薦するつもりはない」


 ラウロの覚悟を見極めるため、イヴァンは鋭い目でラウロと視線を交わす。


「どうだ? お前にとって、アサリアは命を懸けるに値するか?」


 ラウロはその問いかけに対して、すでに答えを持っていた。


「イヴァン様、俺はもちろん――」

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