第18話 お茶会での反感?



 ラウロが私の専属騎士になり、数日が経った。

 彼が公爵家に来て一週間、そんな短い間でイヴァンお兄様に認められるほど強くなった。


 回帰する前にオリーネの聖騎士として活躍していたのを知っていたから、ラウロを見つけた瞬間に雇うことが出来たわ。

 そこは本当にオリーネに感謝しないとね、ふふっ。


 だけど私の専属騎士になるには数ヶ月はかかると思ったけど、まさか一週間とは……天才という言葉じゃ収まりきらないわね。


 そしてそんな天才のラウロが、専属騎士としての服に着替え終わって私の前に出てきた。


「どうでしょうか、アサリア様」


 黒基調にした騎士の服、その中でスペンサー公爵家の私を護るということで、真っ赤な刺繍なども入っている。

 そして胸元には私がプレゼントした赤色の宝石と金色の装飾が施された綺麗なブローチ。


「うん、いいわね。とても似合ってるわ」

「ありがとうございます」


 ラウロは身長が高くて顔も小さいから、とてもスタイルがいい。

 まだ少し細い印象を受けるけど、これからしっかり食べていけばさらにカッコよくなるだろう。


 ……前にラウロが私の手を取って誓いを立てた時は、少しドキドキしたわね。


 私は回帰する前、二十歳まで生きて婚約者もいたけど、男性とデートしたことなどが全くない。

 婚約者はいたけどあのルイス皇太子だったから、堂々と浮気をするような人だ。


 あの人と二人でお茶などをしたことがあるが、楽しいものではなかったし、オリーネとの浮気を諌めようとしても邪険にされるだけだった。


 婚約破棄をされた後は「皇太子に捨てられた令嬢」と噂されて、私は荒れていたから男性とお近づきになる機会も全くなかった。


 だから手の甲にキスされるという経験も一度もなかったので……あの時はドキドキしてしまった。


 い、いけない、これからずっとラウロが私の後ろにつくんだから、そういう意識はしないようにしないと。


「アサリア様、どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないわ」


 一度落ち着いて深呼吸をして、ラウロと会話をする。


「今日はこれからお茶会に行く予定があるから、一緒に行くわよ」

「かしこまりました」


 最近は私も訓練とかをしていたから、久しぶりのお茶会の出席だ。

 騎士や使用人を連れて行く人も多いし、ラウロを連れて行っても何も問題はないだろう。


 そして数時間後、私はお茶会に来て楽しんでいた。

 今日は侯爵家が開いたパーティで、侯爵家の庭でお茶やお菓子を食べながら話している感じだ。


 私は庭にあるテーブルの中でも一番綺麗な席に案内され、そこに座ってお茶やお菓子を楽しんでいる。


 周りにはいつも通り、取り巻きの令嬢達が何人かテーブルを囲んで座っている。


「んっ、とても美味しいわ」

「ふふっ、それはよかったです、アサリア様」


 招待してくださった侯爵家のダリヤ嬢が、私の食べる姿を見てニコニコと笑っている。

 まだまだこの世には私が知らない美味しいお菓子があるのね。


 思わず頬が緩んでしまったのだが、私の後ろで控えているラウロが少し身じろぎをしたのが見えた。


「ラウロ、どうしたの?」

「……いえ、なんでもありません」


 なぜか顔が赤かったけど、すぐに平静を取り戻したかのようにいつもの無表情に戻った。


「アサリア様、ずっと気になっていたのですが、その方は騎士の方ですか?」


 ダリヤ嬢からそんな質問を受ける。


「ええ、そうよ。つい先日、私の専属騎士にしたの」


 私の後ろで剣を携えて立っていて、私の騎士じゃなかったら少し怖いけど。


「まあ、そうなのですね! アサリア様の専属騎士に叙任するなんて、とてもお強くて素敵なお方なのでしょうね」

「初めて見るお方ですが、どこの貴族の方なのでしょうか?」


 令嬢達が少しキラキラした目でラウロを見ていた。

 確かにラウロはカッコいいし、どこかの貴族の令息とかに見えるわよね。


「ラウロ、ご挨拶をして」

「……はい」


 後ろに控えていたラウロが一歩だけ前に出て、綺麗にお辞儀をする。


「アサリア・ジル・スペンサー公爵令嬢の専属騎士のラウロです。以後お見知り置きを」

「ラウロ様? 家名はどこでしょうか?」

「ありません、平民出身ですので」

「えっ? へ、平民の方なのですね……」


 令嬢達が目を見開き驚いて、チラチラと私の方を見てくる。

 まあ言いたいことはわかるわ、どうせ「平民出身の騎士を専属騎士なんかにして大丈夫なのか」ということでしょうね。


 普通だったら公爵令嬢ともなれば、貴族の騎士を雇うことが多いだろう。

 回帰する前、聖女オリーネもラウロを聖騎士にする時は、とても反感を買っていたから。


 ただラウロは実力がそこらの騎士と比べ物にならないほど強い。


「彼は平民出身だけど、とても強いのよ。私の専属騎士は、ラウロ以外ありえないわ」


 私が自信を持ってそう言った瞬間、隣に立っているラウロがまた身じろぎをした気がするけど、気のせいかしら?


「まあ、とても信頼してらっしゃるのですね」

「ええ、もちろん」


 令嬢達がラウロの顔を見て、どこか微笑ましそうにしている。

 なんでだろう、と思ってラウロの顔を見上げたが、そっぽを向いていて表情は見えなかった。


「まあ、アサリア様、今の話は本当ですの?」


 そんな少し小馬鹿にしたような言葉が、私の後ろの方から聞こえてきた。

 振り向くとそこには何人かの取り巻きに囲まれている令嬢がいた。


 あの令嬢は確かアークラ侯爵家のエイラ嬢だったかしら?


 最近は手がけている事業なども調子がよく、侯爵家の中でも抜きん出た存在になっていると聞いていた。

 エイラ嬢が着ているドレスや身につけている装飾品も高価な物ばかりで、アークラ侯爵家が他の貴族とは頭一つ抜けていると言っているかのようだ。


 確かに侯爵家の中では力をつけているようだけど、四大公爵には遠く及ばない家門ね。


 周りにも私と同じように取り巻きがいるようで……あら?

 エイラ嬢の後ろにいるの、オリーネじゃない。


 今日は前のお茶会のように最初の方に挨拶をしに来たけど、あちらの取り巻きにいるのね。

 まあ彼女は一番下の男爵令嬢だし、中級貴族の中でも一番上の侯爵令嬢の取り巻きになれていること自体が、多少はすごいことだわ。


 取り巻きになるのにも貴族は家門を重要視するし、私の取り巻きも中級貴族の伯爵や侯爵しかいない。


「エイラ嬢、今の話って何かしら? お菓子が美味しいって話?」

「いいえ、失礼ながら話が聞こえてきてしまったのですが、その専属騎士の方、平民出身の方なのですね」

「ええ、それが何か?」


 私が愛想笑いをしながらそう問いかける。

 エイラ嬢は同じように愛想笑い、だけど少し挑発するかのような笑みを浮かべた。


「まさかスペンサー公爵家のご令嬢が、平民を専属騎士にするなんて、と思いまして」


 その言葉で周りがザワッとなり、私も笑みを浮かべたままエイラ嬢を睨む。


「あら、それは公爵家への侮辱と捉えてもいいのかしら?」

「いえ、そのようなことは。ただ由緒ある公爵家が、そんなご決断をするとは思いませんでした。普通ならば貴族の家門の騎士を選ぶはずでは?」


 どこからどう聞いても侮辱のようにしか聞こえないけど?

 私は立ち上がり、エイラ嬢と視線を交わす。


「エイラ嬢、あなたはスペンサー公爵家の私の決断に、口出し出来るような立場ではないわ」

「っ……」


 私が強くそう言うと、さすがに言葉を詰まらせるエイラ嬢。


「四大公爵のスペンサー公爵家の令嬢が、あなたの意見を聞かないといけない理由は何かしら? その理由を教えてもらえる?」

「い、いえ、意見を言っているわけでは……」

「では何かしら? 意見じゃないのなら、公爵家への侮辱と捉えるしかないのだけれど」

「っ……」


 少し焦った表情をしたエイラ嬢だが、隣にいるオリーネを一瞬だけチラッと見てから、また作り笑いをする。


「わ、私はアサリア様を心配していたのです」

「心配?」

「ええ、何やら噂に聞くと、その平民の騎士は一週間ほど前まで街の運送屋で働いていて、騎士として全く働いていなかったと。そんな騎士に公爵家の令嬢の専属騎士など任せてもいいのか、と思ったのです」

「……」


 なるほど、上手く躱したわね。

 それにエイラ嬢の言葉に、聞いている令嬢達がザワザワとし始めた。


 まだ一週間しか経ってない平民の騎士が、公爵家の令嬢の専属騎士になるというのは、さすがに少し反発があるだろう。


 だけど公爵家の私に直接何か言ってくる人はそうそういないけど、「平民の騎士を、しかも一週間しか経ってない騎士を専属騎士にした」という話は広まるだろう。


 それが悪い噂になって広まってしまう可能性が高い。

 エイラ嬢は、ラウロが一週間前まで平民の運送屋で働いていたという噂を聞いた、と言っていた。


 そのことを知る人は、私の家族と……そこにいるオリーネ以外、知る人物はいない。


 目配せもしていたし、直接オリーネに聞いたのだろう。


「ご心配感謝するわ、エイラ嬢。だけど大丈夫、ラウロはとても強いから」

「ですがまともに騎士の訓練を積んでなかった平民が、一週間で公爵家の専属騎士になるほど強くなるなんて思えませんわ。それよりも、その殿方はとても容姿が優れていらっしゃるので……アサリア様が皇太子と婚約しているとはいえ、少し疑ってしまいますわ」


 焦ったような笑みではなく、余裕を取り戻したかのような笑みを浮かべるエイラ嬢。


 今の言葉だと、私が一応まだ婚約者がいる身で、気に入った男を実力がないけど側にいさせるために専属騎士にした、という風に聞こえるわね。


 まさかエイラ嬢がここまで喧嘩を売ってくるとは思わなかったわ。

 侯爵家の中で抜きん出ているから調子に乗ったのかしら?


 それにエイラ嬢の言い回しなどが、なんとなくオリーネに指示されて言ったかのようだ。

 私が皇太子に「婚約者がいるのに他の女性と触れ合うなんて」と言ったから、その仕返しのように感じる。


 いや、実際そうなのだろう。


「確かにラウロは容姿が優れているわ、スタイルは良くて顔立ちも整っているもの」


 またラウロが後ろで身じろぎした気がするけど、今はそれを気にしている場合じゃない。


「だけどそれ以上に、騎士しての実力があるのよ」

「騎士として一週間しか経ってない平民が、ですか?」

「ええ、そうよ。それなら今から証明してみましょうか」

「証明? どうやってですか?」


 エイラ嬢の問いかけに、私は口角を上げて答えた。


「それはもちろん、決闘で」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る