第41話 アイギス公爵家


 翌日、私とラウロは馬車に乗って、アイギス公爵家が担当している西の砦に来た。


 特にスペンサー公爵家が担当している南の砦と変わりはないわね。


 スペンサー公爵の令嬢である私が来るということは伝えられていたみたいで、砦の中をすぐに案内された。


 アイギス公爵家は、風魔法が得意な公爵家だ。


 だからこの砦を守っている魔法使いは、風か炎の魔法を扱う者が多いらしい。


 風と炎は相性が良く、殲滅力がとても高くなるからだ。


 風が得意なアイギス公爵家、炎が得意なスペンサー公爵家、私も出来れば交流を深めたいと思っている。


 だけどアイギス公爵家は回帰する前、ほとんど関わってこなかった。


 社交界で軽く顔を合わせて、挨拶をしたくらい。


 現当主の方がどんな方で、どんな人なのか、全くわからない。


 くっ、回帰する前は社交界をあまり出なかったのが痛いわね。


 それもこれも、ルイス皇太子がオリーネと浮気をして、私の精神状態をずっと乱していたからだ。


 今日は現当主がいないと聞いていて、アイギス公爵家の次期当主の方とその弟さんがいるらしい。


 確か家族構成は私の家とほぼ変わらないはずで、息子と娘が一人ずつ。


 少し違うのは、兄妹じゃなく、姉弟ということ。


 そしてとても違うのが――次期当主が弟ではなく、姉の方であるということ。


 そんなことを考えながら案内されていると、大きなドアの部屋の前で止まった。


 部屋の中に入ると、そこには一人の女性がいた。


「スペンサー公爵令嬢、ようこそ西の砦へ」


 アイギス公爵家の象徴とも言える、深い緑色の髪のウェーブがかった髪。


 肩に触れるほどの髪、片方を耳の後ろに流して、もう片方を前に流すワンサイドヘア。


 目がぱっちりとして大きく、とても美人だけどどこか威圧感がある笑みを浮かべている。


 身長は私よりも高く、高身長でスタイルがとても良い。


 第一印象としては、気の強そうな美しい女性という感じね。


「私はオルガ・リーア・アイギス。気軽にオルガと呼ぶといい」


 アイギス公爵家の令嬢、そして次期当主となるオルガ様。


 彼女は私の方に近づき、握手を求めるように手を差し出してきた。


 あまり令嬢らしくない行動に私は驚きながらも、握手に応じる。


「初めまして、オルガ様。アサリア・ジル・スペンサーです。アサリアとお呼びください」

「そうか、アサリア嬢。はるばるよく来てくれた、歓迎しよう」

「ありがとうございます。こちらは私の専属騎士のラウロです」

「ラウロ・アパジルです」


 私の後ろにいたラウロも頭を下げて挨拶をすると、オルガ様はラウロにも手を差し伸べて握手を求めた。


「ラウロ殿、貴殿の活躍は聞いている。素晴らしい騎士のようだと」

「……ありがとうございます」


 ラウロも少し驚いたようだが、オルガ様と握手を交わした。


 オルガ様が笑顔で頷いて、私達は対面のソファに座って、ラウロは私の後ろに控えた。


 社交界で何度か会った気がするけど、その時の印象とだいぶ違うわね。


 あの時は公爵令嬢としてしっかり気品溢れる振る舞いをしていたと思うけれど、今は少し違う。


 雰囲気や立ち振る舞いが、私のお父様やお兄様に似ている気がする。


「弟のセシリオちゃんも砦にいるのだが、作戦会議で席を外していてな」


 ん? あれ、セシリオちゃん、って言った?

 いや、まさか、弟のセシリオ様は私と同い年の十八歳のはず。そんな呼び方をするわけがない。


「まだ今日は魔獣の押し寄せが来ていなくてな」

「そうですか、押し寄せが来ましたら私達もお手伝いしましょうか?」

「気持ちだけで十分……いや、今回は私達公爵家同士が協力するように皇室が言っていたな。それなら手伝ってもらった方がいいのかもしれない」


 そうか、私も社交辞令で言っただけだったが、オルガ様の言う通りね。


「そうですね、少しお手伝いをさせてもらった方がいいかもしれません」

「ああ、ではアサリア嬢、ラウロ殿、お願いしてもいいか?」

「もちろんです、こちらこそよろしくお願いします」


 私達がそう言った直後、ドアからノックが響いて、「失礼します」という言葉と共に男性が入ってきた。


「すみません、遅れてしまいました。セシリオ・オノ・アイギスです」


 緑色の短い髪に、童顔だけどとても整った顔立ち。


 彼が入ってきて挨拶のために立ち上がったが、私と同じくらいの身長だ。


「アサリア・ジル・スペンサーです。こちらは私の専属騎士のラウロです」

「ラウロ・アパジルです」

「話は聞いております。先日の授与式、お二人ともおめでとうございます。僕は砦にいて行けずに申し訳ありません」

「ありがとうございます。お仕事とあれば仕方ないかと思います」


 私と同い年で、もうすでに彼は砦で魔獣と戦っているようだ。


 私も負けてはいられないわね。


「セシリオちゃん、先程決まったことだが、お二人も今日の魔獣の押し寄せを手伝ってもらうことになった」

「いや、姉上、その呼び方はお二人の前ではやめてほしいんだけど……」


 ……やっぱりセシリオ様のことを「ちゃん」付けで呼んでいるようね。


 まあ、仲が良いのならいいと思うけれど。


「――セシリオちゃん! ふざけるなぁ!」


 いきなりオルガ様がそう叫びながら立ち上がった。


 少しビクッとしてしまったが、一体どうしたのだろう?


 仲良いと思っていたのだけど、オルガ様の表情を見るにかなり怒っているようだ。


「ど、どうしたの、姉上?」

「なんだその呼び方は! いつものように『おねえたま』と呼べ!」


 …………ん?

 あれ、聞き間違い、よね?


 激昂して叫んでいるオルガ様の口から、可愛らしい言葉が出てきた気がするけど。


「っ……その、前から言っているけど、他人がいる前でその呼び方はしたくないんだけど」

「社交界ではしょうがないが、今は社交界ではないだろう。だからダメだ」

「ほ、本当に? 本当に呼ばないといけないの?」

「ああ、絶対にだ」


 セシリオ様は頬を少し赤らめて、私とラウロの方をチラッと見てからため息をついた。


「はぁ……お、おねえたま、これでいい?」

「ああ、それでいい、セシリオちゃん」

「……そ、その、とても姉弟仲がよろしいのですね」


 そう言うしかない空気だった、いや、全くもってお世辞とかではないんだけど。


「ふふっ、ありがとアサリア嬢、最高の褒め言葉だ」


 イヴァンお兄様と同じような次期当主らしい雰囲気だったオルガ様だが、その時だけは年相応な笑みを見せた。


 対してセシリオ様は、少し複雑そうに苦笑いをしていた。


 うん、オルガ様は、度が過ぎたブラコンのようね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る