第5話 現状確認とお父様



「はぁ、気持ちいいわ……」


 私は浴槽に入り、メイドを四人にマッサージをされながら呟いた。


「お気に召していただいたようで光栄です」


 私の頭を揉んでくれているメイドのマイミが、穏やかな声でそう言った。

 一人だけ入れる浴槽に私が入り、頭、右腕と左腕、両足を四人がかりでマッサージしてもらっている。


 極楽すぎて、本当にいい気分ね。


 昨日の建国記念日パーティの疲れがもうどっかいったわ。


「最高ね、一日中頼みたいくらいだわ」

「そんな長い時間していたら、アサリア様がお湯に溶けてしまいそうですね」

「そうね、今でも溶けてなくなりそう」


 マイミが私と会話しているのを聞いて、他のメイドは少し緊張している様子だ。

 この子達は回帰する前の私が、結構ワガママを言って困らせてしまったメイド達ね。


 マイミが私と気軽に話しているから、いつ怒られるのではとビクビクしているようだ。


「あなた達もありがとう。とても気持ちいいわ」

「そ、それはよかったです」

「あとで特別給金として宝石を上げるわ。ネックレスかブローチか指輪か、今のうちに考えておいて」

「えっ、そ、そんな、このくらいはメイドとして当然のことですから」

「私があげたいのよ。とりあえずあと十分はマッサージをお願いね」

「は、はい!」


 戸惑いながらもより一層気合を入れてマッサージをしてくれる。

 本当に一生してもらいたいくらいね。


「アサリア様、私はネックレスがいいです!」

「ふふっ、そう。わかったわ」


 マイミくらい気軽に話してもいいのにね。

 だけどこの頃の私はルイス皇太子がオリーネと浮気をしてるのを知って、結構荒れていた時期だったはず。


 少しずつメイド達とも仲良くなって、悪い噂を消していこう。


 気持ちがいいマッサージを受けながら、私は目を瞑って考える。


 昨日の建国記念日パーティから、丸一日。

 どうやらこれは本当に、夢じゃないようだ。


 私は今から二年後に、ルイス皇太子に婚約破棄をされて、聖女オリーネに嵌められて処刑されたはず。


 しかし気が付いたら二年前に回帰し、やり直すことが出来ている。

 昨日はとてもちょうどいい機会で、あの二人をギャフンと言わせることが出来た。


 だが、まだまだ足りない。


 浮気をして婚約破棄をされたという屈辱、帝国に貢献していただけなのに嵌められて殺された苦痛。

 それらを復讐してやらないと、腹の虫が治らない。


 どうやって仕返しをしていこうか、これからゆっくり考えていかないと。


 ただ殺すだけだったら、オリーネは比較的簡単だ。

 私は四大公爵のスペンサー家、対してあちらは下級貴族の男爵令嬢。


 回帰する前にあちらが皇室の権力を使ったように、今のうちに公爵家の権力でオリーネに私からイチャモンをつければ、簡単に処刑まで持っていけるだろう。


 だが、それだけじゃつまらない。

 もっと何か屈辱的なことを与えたいわね。


 あとはルイス皇太子、あの人に屈辱を与えるのは結構めんどくさい。

 さすがに皇室を相手に権力で何かしようとしても無理だ。


 何か方法を考えないと。


 とりあえず、婚約はこちらから破棄しよう。

 建国記念日パーティでも言ったように、ルイス皇太子が第一継承者なのは公爵家の私と婚約をしているから。


 今回は私が下手な行動をしなければ、ルイス皇太子は私と婚約破棄すると第一継承者の立場を手放すことになる。


 それは絶対に避けたいはずだ。

 だからこそ、私はこの立場を利用しないといけない。


 まずはそうね、婚約破棄の準備を今のうちに少し手回ししておきましょうか。


「アサリア様、十分ほど経ちましたが、まだ続けますか?」

「あら、もうそんな経ったかしら? ありがとう、もう上がるわ」


 浴槽から出て、髪の毛や身体を拭いてもらう。

 私が回帰する前は全く余裕がなかったから、こうしてメイドからマッサージを受けたりすることはなかった。


 やっぱり心の余裕ってとても大事ね。

 復讐するのも大事だけど、人生を楽しまないと。


「アサリア様の髪はとても綺麗ですね」

「そう? ありがとう。こうしてあなた達に手入れをしてもらってるからね」

「もっと綺麗になるように頑張りますね」

「それは楽しみだわ」


 鏡の前に座り、マイミが私の赤い髪を手入れしていく。

 スペンサー公爵家は炎の魔法を操るからか、炎を彷彿とさせる赤い髪を遺伝することが多い。


 顔立ちは綺麗な方だと思うけど、目尻が上がっててキツい印象を与えるかしら。


 だから使用人達に少し恐れられているというのもあるかも。


「マイミ、お父様は今執務室にいるかしら?」

「ご当主様ですか? おそらくいらっしゃると思います」

「そう、じゃあお父様に会いに行きましょうか」


 身支度を終えて、私はお父様に会いに執務室へ向かった。



 執務室の大きな扉を執事に開けてもらい、私は中に入る。

 中はとても広く、いろんな書類や本が机の上に積み重なっていて、その周りに何人かの家令や騎士がいた。


 そして机に座って仕事をしているのが、私のお父様。

 四大公爵のスペンサー公爵家当主、リエロ・ルカ・スペンサー。


 赤くて短い髪をオールバックにしていて、顔立ちはとても凛々しく四十歳を超えているが、まだ二十代といっても信じるくらいだ。

 体格はそこまでいいわけじゃないけど、とても威厳がある雰囲気がある。


「お父様、アサリアです。お時間よろしいでしょうか?」


 私が声をかけると、お父様が破顔して私に近寄ってくる。


「おお、アサリア。私の愛娘よ、もちろんだ。さあ、ソファに座ってくれ」


 さっきまではスペンサー公爵家として、真面目に仕事をしていたが、私の顔を見てからはふんわりとした雰囲気になった。

 私がソファに座り、対面にお父様も座ってお茶を飲む。


「アサリアがこんな時間に訪れるとは珍しいな」

「ご迷惑でしたか?」

「そんなことはないさ。アサリアならいつだって大歓迎だ」


 お父様はとても優しくそう言ってくれた。

 回帰する前、私が処刑になりそうな時に、公爵家なのに恥知らずだと言われるほど抗議をしてくれたお父様。


 私はルイス皇太子に婚約破棄されたショックなどで、お父様の愛に気付くのが遅かった。


 回帰した今、お父様としっかり交流をしていきたいというのも、私がしたいことだ。


「最近お父様とお会い出来てなかったので、私の方から会いに来ました」

「そうか、私も会いたかったよ。仕事は適当に片付けるから、夕食は一緒に食べよう」

「はい、嬉しいです」


 お父様の後ろで家令の方々が頭を抱えているようだが、気のせいだろう。


「それと、もう一つ大事なお話がありまして」

「なんだい?」

「私、皇太子と婚約破棄をしようと思います」


 私の言葉に、お父様は目を見開いて驚いた。

 少し厳しい目になったお父様は、私に問いかける。


「婚約破棄? それは本気かい?」

「はい、もちろんです」

「ふむ、それは第一皇子のルイス皇太子が、男爵令嬢と浮気をしたからか?」


 あっ、それはお父様も知ってたのね。

 まあ昨日のパーティであれだけ派手に振る舞えば、社交界に出てなくても中級貴族以上にはもう広まっているだろう。


「ルイス皇太子の浮気が嫌なのであれば――消すことも出来るぞ?」


 お父様は雰囲気が一気に鋭くなり、少し低い声でそう言い切った。

 それはつまり、あの女、男爵令嬢ごときなら公爵家の力で消せる、ということだろう。


 今なら聖女としてまだ何かしたわけじゃないし有名でもないから、本当に簡単に消せるだろう。それこそ、あの女の家ごと。


「いいえ、それは大丈夫です。理由としてはそうですね、ルイス皇太子と婚約したところで私が幸せになれる未来が全く見えないからです」

「ふむ、そうか……」


 お父様は顎に手を当てて、目を瞑り悩んでいるようだ。

 本当ならこのまま私がルイス皇太子と結婚して皇妃になった方が、スペンサー公爵家としては波風立たなくていいに決まっている。


 下手にこちらから婚約破棄をすれば、公爵家といっても名が落ちてしまう。


 だけど私は、あの男と絶対に結婚などしたくはない。


「もちろんスペンサー公爵家には迷惑がかからないよう、婚約破棄をこちらからしても悪い噂が立たないようにします」

「ん? 別にそれは構わないよ、アサリア」

「えっ? いいのですか?」

「ああ、もちろん。むしろ謝るのはこちらだ。公爵家として責務を果たすため、アサリアにはあのアホ第一皇子と婚約をさせることになってしまった」


 アホ第一皇子って……そんな言ってもいいのかしら?

 まあここは公爵家の本邸だし、特に問題はないわね。


 私もルイス皇太子を馬鹿でアホでクズだって思ってるし。


「いえ、それが公爵家として生まれた責務ですから。ただこれからは、スペンサー公爵家の本来の役割、帝国の守護者として責務を全うしたいと思います」

「……本当は砦で魔獣を倒すという危ないことをアサリアにはさせたくないから、第一皇子と婚約させたのだが。それがアサリアを困らせてしまっていたな」

「いえ、その気持ちはとても嬉しいです、お父様。ありがとうございます」


 私がそう言うと、お父様は優しく微笑んでくれた。


「すまなかった、アサリア。これからは皇妃の勉強はせずに済むが、また魔法の訓練なども始めないといけないから少し大変になるぞ」

「はい、よろしくお願いします」


 すでに回帰する前に約二年間やっているから、それは問題ない。


「ルイス皇太子との婚約破棄はどうする? 私の方から皇室に言いに行こうか?」

「あ、いえ、それは大丈夫です。私の方で婚約者の立場を使って、ルイス皇太子にいろいろとやりたいことがあるので」

「……ふふっ、そうか。それなら任せたよ、アサリア。好きなようにやりなさい」

「はい、もちろんです」


 お父様は私のやりたいことがわかったのか、一緒に不敵に笑い合った。


 やはり私とお父様の顔立ちは笑うと、少し悪人ヅラっぽくなるわね。


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