第20話 誰のせいか



「エイラ嬢?」

「っ、アサリア様……!」


 ようやく私の声に気づいたようで、真っ青な顔で視線を合わせてくれた。


「どうかしら? 私の専属騎士の実力は? 何か不満な点はあったかしら?」

「い、いえ、とてもお強いお方で、アサリア様の専属騎士に相応しいかと……」

「ふふっ、褒めていただけて嬉しいわ。だけど申し訳ないわ、ラウロには手加減をするように言ったのだけれど、そちらの騎士を一瞬で倒してしまったようで」


 別にそんなことは言ってないけれど、まあラウロも本気ではなかったし、同じようなものだろう。


「っ、これは決闘ですので、全く問題ないかと思います」

「そういえば決闘で勝った時のことを決めてなかったわね。そちらが負けたのだから、私の言うことを一つ聞いてもらえるかしら?」

「……はい、もちろんです」


 何か失う覚悟を決めたかのような顔をしているエイラ嬢。

 うーん、だけど別にエイラ嬢のアークラ侯爵家から得たいものなんかないし、何もいらないのよね。


「ではここで、私に深く謝罪をしなさい」

「えっ……?」

「丁寧に、謝罪の言葉が周りに聞こえるようにね」

「っ……はい」


 周りには伯爵家や子爵家など、侯爵家のエイラ嬢よりも格下の貴族の令嬢が多くいる。

 そんな人目の中、謝るというのはとても屈辱的だろう。


 エイラ嬢は挨拶をする時などの軽く頭を下げて顔が見える程度ではなく、腰を曲げて深く頭を下げた。


「この度は私が無礼なことをしてしまい……」

「無礼なことって何かしら?」

「っ、四大公爵のスペンサー公爵令嬢に、無礼ながらも物申してしまいました」

「どんなこと物申したの? 詳しく聞かせて?」

「ア、アサリア様の専属騎士が騎士になって一週間しか経ってない平民だと知り、貴族の熟練騎士になさった方がいいと忠言をしてしまいました」

「それで、その忠言はどうだったの? 合っていたの?」

「い、いえ、間違っていました……私の専属騎士三人よりもお強く、素晴らしい専属騎士でした……申し訳、ありませんでした」


 周りでは令嬢達がクスクスと笑っているのが聞こえる。


 社交界やお茶会などで調子に乗っていたアークラ侯爵家のご令嬢が、ここまで無様に謝っているのだ、おかしくてしょうがないだろう。


 頭を下げて地面を見ているエイラ嬢にも、この笑い声が聞こえているでしょうね。

 その証拠に彼女の身体が震えているのが見てわかる。


「ふふっ、許してあげるわ、エイラ嬢。あなたはラウロが私の専属騎士に相応しいか心配しただけでしょう?」

「っ……アサリア様の寛大なお心に感謝いたします」

「ええ、顔を上げていいわ」


 エイラ嬢が顔を上げると、真っ青を超えて白くなってきた顔で、少し涙目になっていた。


「私を心配してくださったのは嬉しいけれど、忠言する時は自分の立場、振る舞いに気をつけることね」

「……はい」


 意気消沈をして、視線を下に向けているエイラ嬢。

 まあそうなるわよね、可哀想に。


 誰のせいでそうなったのか、思い出させてあげようかしら。


「エイラ嬢、物事はしっかり自分の目で見て判断なさい」

「……」

「今回みたいに全く信用出来ない令嬢の戯言に耳を貸して、恥ずかしい目に遭いたくないのであればね」

「っ!」


 私の言葉に、エイラ嬢の目や表情に怒りが見えた。


 そう、誰がエイラ嬢に「騎士として一週間しか経ってない平民」という情報を流したのか、思い出したようだ。


 エイラ嬢がその者、オリーネを睨んだ。


 さっきからエイラ嬢の隣にずっといたオリーネだが、気が気でなかっただろう。

 自分のせいでアークラ侯爵家のご令嬢が、大勢の前で辱められていて。


「オリーネ嬢のせいで、私は……!」


 そしてエイラ嬢の怒りの矛先は、彼女に向かうのは当然のことだろう。


「ち、違います、エイラ様、私は……!」


 オリーネも顔を真っ青にして、震えながら何か言おうとする。

 しかしエイラ嬢にはその言葉が届かず、彼女は私に一礼をしてから去っていった。


 さっきまで何人かの取り巻きに囲まれていたが、一人でどこかへ行ってしまったようだ。


 気絶した三人の専属騎士はどうするのかしら?

 まあ私が気にすることではないけれど。


 エイラ嬢を怒らせて、去っていく彼女を見送るしかなかったオリーネ嬢。

 彼女は真っ青な顔で震えている。


 確か彼女のディアヌ男爵家は香水や装飾品などのブランドを経営していたはず。

 どれもアークラ侯爵家が手掛けている事業だし、侯爵家の方がもちろん事業も大きく展開している。


 製造業社などに手を回せば、男爵家が経営している店など簡単に潰せるだろう。


 まあエイラ嬢がどれほど経営に口を出せるのかは知らないけど、オリーネがエイラ嬢と仲良くなって男爵家の経営を上手く回す、なんてことはもう不可能になった。


「オリーネ嬢?」

「っ、ア、アサリア様……」


 怖気付きながら私と視線を合わせるオリーネに、私は笑みを浮かべながら話しかける。


「身体が震えているけど、体調が悪いのかしら?」

「い、いえ、大丈夫です」


 真っ青な顔をしながら、作り笑いをしているオリーネ。

 ふふっ、やっぱりこの顔を見るのは楽しいわね。


「そう、それならよかったわ。体調には気をつけるようにね」

「は、はい、お気遣い感謝いたします」


 失礼します、と言ってオリーネはこの場を去っていった。


 はぁ、エイラ嬢が絡んできた時は面倒くさいと思ったけれど、終わってみたらあの女の青い顔を見れたから、なかなか楽しめたわね。



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