第11話 ラウロの家へ、そして



 騒ぎがあったところから数分歩いて、路地に入ったところ。


 そこにラウロが間借りしている家があった。

 木造建築で少しボロボロで、今にも崩れそうな雰囲気がある。


「こ、これは……! アサリア様、やっぱり帰りましょうよ! こんなところ、虫がいっぱい出てきますよ!」


 む、虫はちょっと嫌ね、確かに。

 回帰する前に魔獣を何百体と倒してきた私だけど、虫は少し苦手だった。


 だけど虫が数匹出たくらいで、ラウロを諦めるわけにはいかない。


「行くに決まってるわ。マイミはここで待ってていいのよ」

「い、いえ、ついていきます……!」


 意外とマイミは私に忠誠心があるようで、声を震わせながらそう言ってくれた。

 回帰する前はこんなに私を思ってくれるメイドがいなかったから、嬉しいわね。


「そ、それに、絶対に虫が出るってわけじゃないですもんね」

「虫は昨日、五匹くらい出た気がします。毎日それくらいは出てきます」

「アサリア様、すいません、外で待たせていただきます」

「……」


 私のさっきの感動を返して欲しいわ、マイミ。

 まあ仕方ないけど。


 私とラウロが中に入ると、やはり中もボロボロな感じはあるけど、掃除をしっかりしているのか意外と綺麗に保っている。


 そして中に入ってテーブルの椅子に座っていると、奥の部屋から小さな男の子と女の子が出てきた。


「兄ちゃん! おかえりなさい!」

「にぃに! おかえり!」


 どうやらラウロの弟妹のようだ。

 二人は確かに双子というほど似ている気がする、髪は黒色で瞳も黒だ。


 だけどラウロとは全く似ていない、やはりラウロとは血が繋がっていないみたいね。


 二人ともおそらく十歳にもいかない、まだ働くには早すぎる歳と見た目。


「ただいま、レオ、レナ。いい子に待っていたか?」


 ラウロが優しく微笑んで、二人の頭を撫でた。

 あら、ラウロってそんな顔もするのね。


 回帰する前に聖騎士になったラウロを何度か見たことあるけど、いつも無表情で感情なんてない、みたいな人に見えたけど。


「兄ちゃん、そこの人は誰?」

「にぃにのお友達?」

「っ! いや、その……!」


 ラウロが二人の言葉に少し慌てながら私を見た。

 公爵令嬢の私に向かって、二人がなかなか失礼な言葉を言ったからだろう。


 だけど、ラウロの反応が心外ね。

 私がさっきの男爵みたいに「平民のくせに生意気な!」っていうと思ったのかしら?


 ……いや、回帰する前の私は言っていたかもしれないけど。


「私はアサリアよ。あなた達のお兄さんの、新しい雇い主ってところかしら?」

「やといぬし?」

「やといぬしって何?」

「そうね、お兄さんと一緒に仕事をしたい、ってことよ」


 男の子はレオ、髪が短くて目がくりくりして可愛らしい。将来はラウロみたいな美少年になるかも。

 女の子はレナ、髪は結構長いんだけどお手入れをしてないから、少し枝毛が目立つわね。しっかり整えてあげれば、そこらの令嬢よりも可愛くなるかも。


「すいません、アサリア公爵令嬢。二人は捨て子で貴族という概念もまだそこまでわかってないと思うので……」

「大丈夫よ。可愛い弟さんと妹さんね」

「……ありがとうございます」


 ラウロが少し嬉しそうに微笑みながら、私にお茶を出してくれた。


「すいません、本当に粗茶しか出せませんが」

「ありがとう」


 私は一口飲んだが、とても薄くお茶の味がする水、って感じね。

 こんな家に住んでいるのだから、お茶が出るだけすごいと思うけど。


 ラウロも対面に座って軽く話す、というところに、弟のレオくんがラウロに話しかけた。


「兄ちゃん、寒くなってきたから暖炉つけていい?」


 確かに日も沈んで、肌寒くなってきたわね。

 私はまだドレスを着込んでるけど、ラウロも弟妹二人も結構な薄着だ。


「ああ、そうだな。一人で出来るか?」

「レナとやればいけると思う!」

「えー、お兄ちゃんがやった方が早いよー」


 ん? 暖炉に火をつけるのが大変なのかしら?

 だけど確かに暖炉って小さな木々から燃やしていって、それを絶やさないようにしながら大きな薪に火を移して……っていうのが大変かも。


 私の家は一年中暖かいから、その苦労は知らなかった。


「すいませんアサリア様、少し待ってもらえますか? 暖炉に火をつけるので」

「いえ、それくらいは待つけど、そんなに大変なら私がつけるわよ?」

「えっ? いや、そんな大変なことをやらせるわけには」

「私にとっては指先一つで出来ることよ。あなた達、少し暖炉から離れて」


 弟妹二人が不思議そうな顔をしながら私の側に近づくように、暖炉から離れる。

 私が指を一本立てて魔力を軽く集中させると、指先に小さな炎が出る。


 指先を振って暖炉に向けると、炎が暖炉の木々に移って燃え始める。


「はい、これで終わりよ。あとは炎が燃え尽きないように薪を焚べてね」


 まあ私がいれば、いつでも炎はつけ放題だけど。

 私がそう言って弟妹達に微笑むと、二人は目をキラキラとさせていた。


「すごーい! お姉さん、魔法使いだ!」

「火が、ボッて! ボッてなった!」


 ふふっ、可愛らしいわね。

 あのくらいの魔法は私にとって赤子の手をひねるよりも簡単なものだけど、この子達にとってはすごい魔法なのだろう。


「喜んでもらえて何よりよ。二人は暖炉の前で暖まるといいわ」

「うん! ありがとう!」

「お姉さん、ありがとう!」

「しっかりお礼が出来て偉いわね」


 二人が楽しそうに笑いながら暖炉の方に行ったのを見届けて、私はラウロと向き合う。

 彼も表情はあまり動いてないが、少し驚いている様子だった。


「やっぱり、アサリア様の魔法はすごいですね。さっきの男爵の肩も撃ち抜いてましたし」

「あのくらいでビックリしないで欲しいわね。あなたにはそんな強い私を守れるほど強くなってもらわないといけないから」

「俺がそんな強くなれるのでしょうか」

「もちろん、スペンサー公爵令嬢の私が保証するわ」


 まあ公爵令嬢といっても、ただの他人がそう言っても信じないと思うけど。

 だけどここでラウロを口説いておきたい。


「私についてきてもらえれば、暖炉に火をつけるなんてことは一生しなくていいわ。こんな家じゃなくてもっとしっかりした家に住んで、あの二人に留守番を任せることもないわ」

「っ……そう、ですね」


 やはりあの二人だけで留守番させるのは、ラウロも不安なのだろう。


「家を買って、そこに使用人を雇ってもいいと思うわ。私の家から信頼出来る使用人をあげるわよ」

「そんなことまでしてもらえるんですか?」

「スペンサー公爵家の令嬢の騎士になるのよ? それくらい当然の対価よ」


 まあ公爵令嬢の専属騎士になるなら当然だけど、まだ剣も握ってない平民に約束する対価としては破格すぎるけど。

 それでも、ラウロにはその価値が十二分にある。


「お姉さん、兄ちゃんと何の話してるのー?」

「お仕事の話?」


 暖炉の前で温まっていた二人が、こちらに来て無邪気にそう聞いてきた。

 こんな喋り方で話しかけられたことないから、なんだか新鮮ね。


「お仕事の話よ。お兄さんの才能を見込んで、私が一緒に仕事しましょうって言ってるのに、なかなか頷いてくれなくてね」

「えー、そうなの? 兄ちゃん、なんでお姉さんと一緒に仕事しないの?」

「いや、ちょっとな……」

「なんでなんで?」


 弟妹二人の純粋な質問に、困ったように眉を寄せるラウロ。

 ふふっ、もう少し困らせてあげようかしら?


「お兄さん、私が一生懸命に言っても、『怪しいから嫌だ』って言うのよ?」

「えー! 兄ちゃん、ひどいよ! お姉さん悲しんでるよ!」

「にぃに、お姉さんはいい人だよ! 暖炉に火をつけてくれたし!」

「いや、お前ら、それはちょっと違うと思うが……」


 子供はとっても素直ね。

 だけど暖炉に火をつけてくれたっていうだけで、そこまで信用するのはちょっと将来が心配ね。


「兄ちゃん、今の仕事場は全然お金くれないって悩んでたじゃん!」

「あら、そうなの? それはもともとの給金が低いということかしら?」

「……いや、とても言いづらい話ですけど、そこの店長がこの家を貸してくれていて。だから他の人よりも低い給金なのですが、二割くらいしかもらえなくて」

「二割? 二割減っているということ?」

「いや、他の人の二割しかもらえてないってことです」

「はぁ!? そんなの、不当な対価すぎるでしょう」


 いくら家を借りているといっても、二割しかもらえないのは低すぎる。

 しかもこんなボロボロな家、どう考えても不当な扱いだ。


「だけど文句を言ってもここを追い出されたらさすがに困るので」

「……そう。だけど私についてくれば、そんなことで困ることは一生ないわよ」

「お姉さん、それって本当!?」

「ええ、本当よ。あなた達ももっと温かくて大きな家で暮らしていけるわ」

「ふかふかのお布団とか買えるかな!?」

「もちろん、ふかふかのベッドも買えるわ」


 とても楽しそうに憧れの生活を思い浮かべる弟妹の二人。

 見ているだけで癒される、無邪気な子供っていいわね。


 ラウロも弟妹の二人を見て、無表情ながら楽しそうな雰囲気が出ていた。


「ラウロ、あなたはどう? お金が入ったら、家を手に入れたら何がしたいの?」

「えっ……俺ですか?」

「そうよ。あなたは何か楽しみなことはないの?」


 回帰する前も聖騎士ラウロが笑ったところは見たことがなかった。

 どこか機械的だと思っていたけど、弟妹二人といると楽しそうな雰囲気はある。


 だけど彼のしたいこと、楽しいことというのを知らなかった。


「俺は……」

「人生、楽しまないと損よ。私もこれ以上なく痛感してきたから」


 本当に痛感した、死ぬほどの痛みを感じて。

 もっと楽しいことを早く知っていれば、あんな痛みを、あんな屈辱を受けずに済んだかもしれない。


「人生を、楽しむ……」

「もちろん人生は楽しいだけじゃないし、あなたが私のもとに来ても、騎士になるまでは苦労すると思うわ。だけど今よりもお金も心も、余裕を持って生活が出来ると思うわ」

「っ……そう、ですか」


 ラウロは一瞬だけ目を見開いてそう答えた。


「さあ、ラウロ。あなたはどうする? 私の手を取ってくれるかしら?」


 私が笑みを浮かべて、彼に手を差し伸べた。

 ラウロは私の手を見てから、真剣な表情で私と視線を交わす。


「……俺は――」


 そして、ラウロの答えは――。


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