第6話 始まり(雷鳴)

 その異変はゆっくりと始まった。

 時期は、潜入して二か月強ぐらい。六月頭。

 最初は、ここんとこ花本美織はなもとみおりちゃんが来ないね、とミシェルと言い合っていたことだった。

「風邪とかかな」

 と俺。

「じゃあ、お見舞いに行った方がいいんじゃないかな」

 俺もうなずいて、見舞い品は何にしようか相談する。俺は、

「女の子だし花とスイーツがいいんじゃないか」

 と言った。ミシェルもうなずく

「もし風邪じゃあなくても、それなら喜んでもらえるよね」

「じゃあ、買いに行くか」

 姉ちゃんが用意してくれたお金は、ミシェルも俺も無駄遣いをしないタイプだったので、二人暮らしにしてはだいぶ残っていた。

 残七十万。

 ちなみに、ミシェルに料理を作らせてみたら、超マズイのができたので、それ以来俺が作っている。おれは魔界でもシェフになれるほど、料理が上手いのだ。

 ミシェルがビックリしていた。

「何色の花がいいかな」

「万人受けするのはピンクとか赤じゃないか、それにカスミソウを添えてさ。元気になるようにビタミンカラーの花を混ぜてもいいな」

「雷鳴、詳しいな」

「そういうのは、子供のころから叩き込まれてきたからな」

 ぐっと親指を立てるとミシェルは

「天界には花なんて溢れかえっていたからなぁ。買いに行くってのがちょっと不思議な気分だ」

「贅沢だな」

 そう言って、二人で買い物に出かけた。

 ショッピングセンターは自転車に乗って、しばらく南下したところにある。

 この辺は畑混じりの郊外だから、どこに行くにも(スーパーなんかも)遠いのだ。

 そのせいで、二人分の自転車を買うことになってしまった。

 まぁ、おかげでつつがなく買い物を済ませ、帰路につくことができたのだが。


「じゃあ、美織ちゃんの部屋行くかー。Fの一号室だよな」

 俺は言う。美織ちゃんの部屋は隣の隣である。

「そうだな、夜にならないうちに行こうか」

 ちなみに今は四時。まだ明るい。

 なんでヴァンパイアが昼間にうろうろしてるのかって?

 それは姉ちゃんがおれに「太陽の恩寵」っていう昼間も行動できるようになるアイテムを渡してくれたから。これで、いつでも寝れる。

 そんなことより―――。

 ピンポーン♪

 チャイムを鳴らす、と同時に中の物音に聞き耳を立てる。

 なんだか不吉だと、俺の『勘』が訴える。俺のこれは必ず当たる。

 ミシェルにはそういう能力なのだと、俺が『勘』だと言ったら、特殊能力の『第六感』と同じか、それよか精度は高いと思えと言い含めてある。

 そしてそれに嘘はない。俺はミシェルに

「何か、よくないことが起こるって『勘』が言ってる。身構えていてくれ。」

「えええ⁉」

 と訳が分からないという顔をする。

 そりゃそうだ、俺にも何が起こるのか予想できないんだから。

 かた………がたんっ。かたかたがたがた………。

 内部から音がする。どうも居るようだ。でもそれだけなら俺の『勘』が働くわけがない。ミシェルには言っていないが、俺の『勘』は美織ちゃんに対して危険信号を発しているのだから。

 俺は前に出て、ミシェルにバックアップを頼む。

 ガチャ、ガチャ、ガチャガチャ。

 扉を開けようとしているのだろうが、うまく開けられないらしい。

 俺はミシェルに見舞いもの全部を渡して

「カギは………空いてると思う。開けるぞ」

 さすがにミシェルも不吉なものを感じ取ってきたらしい。緊張した表情で頷く。

 普通、開いてる扉が開けられないなんてない。

 体調不良のせいであってくれと、心の底から思う。


 そして、俺がひねったドアノブは、内側からどんっと体当たりを受けて開いた。

 美織ちゃんは、四つん這いでこっちを見上げていた。

 そして、右足が引きちぎられたかのように無くなっていた。

 これが、四つん這いの理由。

 そして俺は見てしまった。四つん這いの美織ちゃんの目からウジ虫が湧きだして、ポロリと床に落ちるのを。俺は体を少しずらして、ミシェルにもそれが見えるようにする。そんな自分の冷静さが嫌になる。

 ミシェルが息をのみ、うろたえだしたのが気配で分かった。

「美織ちゃん、目と足、どうしたの?」

 正気が残ってますように。一縷の望みをかけてそう聞いてみる。

 果たして彼女のとった行動は、俺のふくらはぎに噛みつく、という行動だった。

 痛い。血が滲み出てるが、おれはヴァンパイアもう死者だ、頓着しない。

 どうせすぐに、勝手に治癒する。

『生者の頬』という特性があるから人間と何も変わらなく見えるだけなのである。

 次にミシェルのところへ行こうとする。何かヤバい気がする。

 美織ちゃんの肩をガシッと捕まえ、ミシェルに

「脈のチェックと呼吸のチェック、してくれ!ミシェル!正気に戻れ!」

 と、叫ぶ。

 それで、こわばった体を無理やり動かそうとしていたミシェルが解凍された。

「わ………わかった」

 と、マトモに動き出した。

 俺は噛まれそうになって、彼女の口にハンカチを嚙ませる。

 見舞い品が、どさりと地面に置かれる。

 ミシェルが彼女の顔の近くに手を伸ばす。

 彼女はもごもごとと歯を動かしている。

 ミシェルは俺に言われた通り、脈を図る。顔色が悪くなった。

「脈なし………」

 それから呼吸を、割いたティッシュを使って図る。泣きそうな顔になった。

「呼吸なし………雷鳴、これって」

「死んでる」

 ミシェルが言えないことを俺が言ってやる。

「おい、魂がまだあるか見ろ。俺も見るから」

「あっ………」

 ハッとしたミシェルが美織ちゃんの頭の上を見る。

 俺には見えた。うっすらとだが青い光。

 だが彼女の魂には見えない、歪な、もっと不吉な何か。

「見えない………」

 といったミシェルに

「俺には何かが見えた。悪いが彼女の体を押さえててくれ、触ってみる」

 と、位置を交代する。

 青い何かに手を伸ばし、触った瞬間。

 ばぢいっ、ばぢぢっぢぢぢ

「痛ってぇ!!」

 思わず手を引いてしまう。

「くそ、こいつは魂じゃない!のにここに居座ってる!痛みなんて構ってられるか!もう一回やる!」

 叫んだ俺にミシェルは

「今ので俺にもうっすら見えるようになったよ、雷鳴。俺にもやらせてくれ………!」

 と答えてきた。いい覚悟だ。

「よし、それぞれ彼女を押さえながら………!」

 青いものの左右から、手を押し付けていく。

 ぱじゅっじゅじゅじゅじゅばぢぢぢぢぢいっ!

「くっ………」

 まだまだ………!ミシェルも踏ん張っている!

 ぱじじじいぃっばちゅばちゅばちゅっ!

 ぽずっ!

 外枠を抜けた⁉

 外枠………というか壁を抜けてそこにあったのは美織ちゃんの魂だった。きれいな魂。

 追ってミシェルも何とか壁を抜けてきた。

 俺たちは美織ちゃんに話しかける。


 雷鳴:美織ちゃん。君はまだ生きているのかい?

 美織:ううん、もう駄目ぇ。でも、これ以上腐る前に見つけてくれてありがとう

 ミシェル:そんな………何とか体に戻れませんか?

 美織:あはっ、もう死んじゃった体に戻っても、もう一回死ぬだけだし?

 ミシェル:この壁は?

 美織:あ、それ大事。これがあたしを成仏させてくれないのぉ。

 ここにいると痛いしも―嫌。最悪。

 ねえ、成仏したいからここから出してぇ~。

 最近は「イッショニナロウ」とか変な声まで聞こえ出てきて幻聴かよって

 雷鳴:どうしたら解放できるんだい?ってゆうかその幻聴、返事した?

 美織:変な人とは嫌!って返しておいたよ。そしたら静かになった的な

 雷鳴:そっか(侵略者の声かな………ろくでもない)

 美織:解放は簡単だよぉ。脳にザクっと傷入れてくれたらOK 。ちょっとじゃだめ              だよ。ざっくりね!

 ミシェル:そ、それをやらないと成仏できないんですか?この青い壁を何とかするとか………!

 美織:だからそれが脳破壊なんだヨ!

 ミシェル:わ………わかり………ました

 雷鳴:任せとけ。きれーな死に顔にしてあげるから。ちゃんとメイクもして、ベッドに寝かせてあげる。火葬してあげられないのが申し訳ないけど

 美織:ありがとぉ~。それだけでも十分っ!

 雷鳴:じゃあ行くよ。さようなら

 ミシェル:美織さん………あなたに神の加護を

 美織:ミシェルたん………ありがとっ。良き~!

 そして俺たちは魂から手を引き抜いた。


「聞いたな?」

 俺はミシェルに確認する

「はい………聞きました」

 二人とも美織ちゃんを抑え込んだままでの会話である。

 ミシェルは痛ましそうな、暗い顔をしている。それはそうだろう。

 三、四日前には笑って会話していた人が、死んでしまったのだから。

 俺だって悲しい。とても良い娘だったから。

「いい娘だった。だからこそ、俺たちで成仏させてあげよう」

「………ッ。はいっ」

 俺はケープの中からナイフの柄を取り出した。刃はないように見えるが、力強く振ると刃が出てくる。ケープの収納の節約だ。

 まあ、ある程度は異次元になってて広がるけど。

 とにかく、頭蓋骨を貫通するに足る、肉厚でゴツいナイフだ。

「ミシェル、彼女をキッチリ押さえといてくれ」

「頭には手が回らないぞっ………!」

「………確かにな。俺が何とかするよ」

 そう言って俺は自分の体に『(ヴァンパイアの)教え・剛力三』をかけた。

 そして片手で美織ちゃんの頭を固定。びくともしなくなる。そのままもう片方の手で、彼女の後頭部に刃を突き入れた。貫通しないように気を使った。

 ………そして彼女は………美織ちゃんは動かなくなった。

 魂が、天に昇っていくのがうっすらと見える。

「良かった、解放されて」

 ミシェルがボロボロ泣いている。

「………俺は泣けないんだ。死体だからな………だからお前が泣いてあげてくれ」

 そう言ってミシェルの肩を抱く。たまにはいいだろう………。


 そして、美織ちゃんの体をベッドに横たえ、後頭部の血を『教え・風化』でキレイにして、ケープから変装グッズを取り出して化粧する。

 ウジ虫が湧きあがってこないように目をしっかり閉じさせて。

「これでキレイだな、美織ちゃん」

 うん、とミシェルが―――まだ泣いてる―――頷く

「部屋を出よう。この現象がここだけとは限らないだろ」


 そうやって感傷に浸っていられたのは、少しの間だった。

 俺たちの前に現れたのは………ネグリジェを着崩した大家さん(七八歳)!

「やぁちぃん………やぁちぃん………」といいつつ素足で迫ってくる。

「鬼ババ………」

 思わず漏れた俺の本音である。いかん、彼女も女性なんだから紳士的に………!

「ら、雷鳴、それはないんじゃないか?」

「わかってるよ!それより頭上の青いの見えてるか⁉」

「い、今見た」

 頭だ、頭を狙わないと………。

「ミシェル!部屋から銃持ってこい!俺はナイフで頭を貫通できるがお前は無理だろ!あれはお前のためにあったんだ!」

 多分姉ちゃんが予知して置いておいたんだろう。

 俺はミシェルのために、おぜん立てをしておく。

 怪力で大家さんを片手で押さえこみつつ、脈と呼吸のチェック。さすがに青い光に手を入れる気にはならなかったが。

「も、持ってきたぞ、銃!どうすればいいんだこれ⁉」

「訓練を頭からすっ飛ばすな!この距離ならリボルバーで頭に当てれば貫通する!自信がなければ散弾銃を使え。自動拳銃オートマチックは威力足りないから使うなよ!散弾銃を使う場合、俺はそっちに避難する!いいか、大家さんは死んでる!お前が青い光を消し去って、彼女を助けるんだ!」

「………っ」

 震える手で拳銃を掴んだものの、震えていては当たらないと判断したのだろう。散弾銃に手を伸ばし、震える手で構える。

 俺は「行くぞ!」と言い、ミシェルの方に『教え・瞬足二』で、ダッシュ。一瞬でミシェルの隣まで下がる。

 ドン!

 大家さんの頭が穴だらけになり………どさり、と倒れた。

「よくやった、ミシェル!」

 こいつは足手まといにはならない。そう確信した。

「神よお許し下さい………」

 そう言ってうなだれるミシェルに

「許してくれるに決まってるだろ、囚われの魂を助けたんだぞ、ん?」

 そう言いながら俺はナイフをミシェルに渡す。

「さっきはああいったが、近接距離に入り込まれたら必要だろ。両手使って全力で打ち込めばお前でも貫通すると思う」

 ミシェルはまだ呆然としたまま、ナイフを受け取る。

 少しづつ表情がシリアスなものに変わっていって………。

「雷鳴、俺、散弾銃はもう使わない………」

 と言う。まぁ理由は分からなくもない

「あんな姿にしてしまうなんて………」

 大家さんの方を痛ましげにみているミシェル

「けどな、ミシェル。救われないよりはマシだと思うぞ。だから、切り札にとっといて置いて、普段は拳銃リボルバーを使えばいいと思う。リボルバーは二個あったよな。ひとつは俺が緊急用にもらうぞ」

 俺は黒いリボルバーと弾丸をケープの内側にしまう。

 ミシェルの手元に残したのは銀色のリボルバーだ。

 神の使いにはその方がいいだろう。本人は気づかないだろうが。

「もう、「異変」が始まってるのは明らかだな、アパート全体でガタガタみしみし音がするしな。一か月住んだんだ、ここぐらい俺らで”救済”していくか?」

 と、笑顔でミシェルに問いかける

「………ああ、そうしよう」

 覚悟を決めた瞳だ、いい顔するじゃあないか。

「いいか、普通、ゾンビに噛まれたらゾンビになるんだ。だから噛まれるなよ」

 そういった俺に

「えっ、でもさっき………」

 ギョッとしたまなざしを向けてくるミシェル。

「おれはヴァンパイアなんだから、もう死んでんの!傷ももう治ってると思うし心配すんな!」

「思う、って。ちゃんと確かめろよ」

 そう言われて、ズボンをめくってみたら、何と赤い噛み痕のアザになってた。ありえない。ヴァンパイアの治癒力ならそんなものは残らない。

 これは………どういうことなのか。

「自分の体調管理は自分でやる。いまのところ害はなさそうだ」

 またミシェルが泣きそうな顔になっている。

「心配すんな!お前からも異変は見えないだろ」

「雷鳴の魂は良く見えないけどすごく混沌としてて………なのに透明感があって………何かあってもそれぐらいしか判別出来ないぞ」

「あの青い奴が見えなきゃ大丈夫だろ」

「本当に?」

「今はそれで判断するしかないだろ」

「分かった………」

 不安そうだが、やっとミシェルが頷いた。

「さ、大家さんの遺体をベッドに運ぼうぜ。顔にはハンカチかけてあげよう」


 そのあと、俺たちはアパート「グレースシャトー」の全部屋を回った。

 すでに内側から扉が破られているところもあり、そういう連中が無事な人たちの部屋に侵入して噛んでいってる。噛まれると、五分ほどで発症し、ゾンビの仲間入りをすることも分かった。

 噛まれたら最後、何をしても助けられない。傷口を抉ってみたりもしたんだが………。他にもライターで焼いて消毒するとか………。

 ダメだった。

 五分の間は大抵何らかの奇行に走る。ブリッジで走ってみたりとか。

 ひたすら叫び続ける人、滂沱の涙を流して、訳の分からないことを口走る人。

 それと、何の意味があるのか、ゾンビは噛むついでとばかりに体にダメージを残していく。それで大抵の被害者は五分経つまでの間、苦しむ。

 でも、俺たちは誓いと法律に阻まれて、生きている人を人のまま殺してあげることができない。出来るだけの手は尽くした。『教え・治癒』でも噛み痕は消せない。

 俺とミシェルは、まだ噛まれていない人を助けて回る。

 とはいってもその人数は二人だけだった。俺たちの隣の部屋の、車椅子のお姉さんと、そのお母さんで介護している人。

その他の掃討が終わって、

「ミシェル、この人たち避難させよう」

「うん、でもどこに?」

 頑丈な扉であまり人がいないところ………うん、あれだな

「ラブホテルだな」

「ふえっ?」

「ラブホの扉は大概鉄製。カギもかかる。ポットとかもあるし冷蔵庫もある。近くのスーパーかコンビニで、大量にカップラーメンとかゲットしてきたら、しばらく籠城できる。ついでにラブホの中と近所のゾンビを駆逐しておけばお母さんが近くのスーパーやコンビニに行けるから、長期籠城が可能だ!」

 とうとうと述べた俺に、なるほど!とうなずくミシェル。

「じゃあ、すぐ行こう!」

「待てよ………この辺のラブホは………おっ、近くにある」

 ラブホの部屋紹介を見て、扉が鉄製なのも確認する。鍵もありそうだ。

 俺たちは、二人を補助しながらラブホに向かうことにした。

 だが娘さんの方が『ココを離れたくない』と強硬に主張。

「あのね、ここはね………」

 と気の毒そうな口調でミシェルが、彼女をお姫様抱っこして階上に上がり、惨状を見せる。それで彼女はおびえてしまったが、拠点移動には賛成してくれたようだった。

 お母さんの方にも、俺が付き添って階上をみせる。腰を抜かしてしまったので、お姫様抱っこで階下に降りる。


 ラブホテルにつくのは、近いこともあって比較的簡単だったが、噛まれている人が、助けを求めてきて………。

 助けてから、ゾンビ化したその人も倒す、というパターンが連続して起こった。

 俺もうんざりだが、ミシェルは目に見えてげっそりしている。

「噛まれると、本当に助けるすべがないんだな………」

「さんざん色々試したが駄目だったな」

 だが、俺はともかく、ミシェルはゾンビも、もう噛まれた人も放っておけないんだろう、だから、俺は厳しいことを言う。

「今度から、助けを求められない限り、ゾンビともう噛まれた人は放置な。ラブホテルの周囲は殲滅するけど………」

「えっ………何で?俺たちにしか出来ない事じゃないか!」

「だからだよ!体力持たねぇだろ!そのうち弱ったところで殺られるぞ!俺はかなり持つけど、はなから助けを求めてくる奴以外助ける気はない」

「俺、頑張るから!雷鳴!」

「駄目だ!いくら頑張っても限界は来る!」

「そんな………雷鳴」

「できないことはできないんだ。俺も広囲殲滅技はここに持ち込めてないから、すばやく始末はできないし。大体お前だって銃弾の数に限界があるだろ」

「短剣で………」

「だから体力に限界あるっつてるだろ。諦めろ。俺の『勘』では、この後電車とタクシーを乗り継いで行かなきゃいけない所に行くんだから。そんな暇かけてられない。道中でも絶対ゾンビやなりかけに会うだろうしな」

「そんな………」

 ミシェルがとうとう泣き出したが、俺は

「了承とみなす」

 とだけ言って、ラブホの入口をくぐった。

 車が置いてあったから、多少のゾンビは覚悟しないとな………。


 その後の掃討は順調にいった。ラブホテルのなかはサクッと終わった。コンビニとスーパーの客がゾンビとなりかけだらけで苦労したが。………生存者がいない事にはミシェルではないが、俺も凹む。

 とにかく助けた二人をホテルの部屋に落ち着けて、持ってきたものをすべてを置いて―――さよならを言って、ドアを閉める。

 一、二歩あるいて、目まいで座り込んだ。

「おい、雷鳴⁉」

 ミシェルが慌ててかがみこむ

「どうしたんだ?まさか疲れたのか?俺も疲れてるけど―――」

「ここんとこ寝不足だったからってのと、『教え』で血を消費しすぎた―――大丈夫、これ飲めば治る―――」

 ケープの中から手のひらサイズのビンを取り出す。

 中身は粒―――『紅い麦』だ。姉ちゃんが作ってて俺にも回してもらえる。

一〇人以上の人の血が一粒に凝縮されている逸品。

 一粒、口に放り込んで、味わうように前歯で噛んで血のにおいを堪能する。そして、飲み込む。

体に活力がみなぎってきた。もう夜―—―七時―—―だというのも大きい。

 跳ね起きる。

「よっし、駅まで行こう。疲れてるだろ、担いで行ってやる」

「へ?なんかすごく元気………っていうか担がなくてもうわぁ!」

 ずっと発動させていた『教え・剛力』のレベルを上げて、『教え・剛力五』に。

 それに重ねて『教え・瞬足十』をかけ、ミシェルを担いで走る俺はバイクや車より早かった。時速百キロは出ていたと思う。電車まではもうすぐだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る