第10話 生き残り(フリューエル)

 私たちがコンビニエンスストア「ぱるたん」(以後ぱるたん)に辿り着いた時には、もう雷鳴くんが合流していました。

「首尾はどうでしたか、みなさん。こちらは生存者を一人、確保しましたよ」

 わたしはつつじちゃんを、お姫様抱っこで運んでいました。

 川で汚れが取れたので、所望されたのです。

 しかしなぜ、ヴェルだんせいでなくじょせい?彼女の表層意識を探ってみると、ヴェルは不機嫌そうで目もギラギラしており怖い、そうです。なるほど。

 そして私はスレンダーなので、見ようによっては美青年に見えるのだとか。

 あまりうれしくはありませんね。

 そんな私の心中が分かるわけもなく、雷鳴君は、向こうの状況を報告してきます。

「参拝客の中からゾンビは取り除いたよ。みんな上の参道に行くように誘導したから、いまはそっちに避難完了してると思う。流石に面倒見切れないから、上の参道に行った人は放置してるけど」

「わかりました、軽く休憩したらすぐに向かいましょう」

 私の性格上、すぐに行くと言い出すと思いましたか?

 普段なら、そうです。でも、私は今病院と合宿所を回ってきたばかり。

『超能力・身体強化』をずっと維持しながら、です。

 目まいがするほど疲れているのです。

 ぱるたんのベンチに座って、目を閉じます『超能力・身体強化』も一時的に解きます。つつじちゃんは抱えたままです。

「宮島つつじさん!」

 と、リリジェンが叫びました。

 電話で報告は受けましたが、聖気の注入が上手くいって何よりです。

つつじちゃんとリリジェンは既知の仲らしく

「リリちゃん~生き残ってたのねぇ~」

 ぐすっ、つつじちゃんが鼻をすすって、

「あの馬鹿どもが、じゃんけんでアイツに無茶な条件押し付けるからぁ、リリちゃんが肩代わりして………あたしずっと心配して………ぐすっ。ホントは桐島君に愚痴るつもりだったんだけど………」

 私が目を開けると、つつじさんが私から下りて、涙ながらにリリジェンに抱き着きます。どうやら人間関係は良好らしいですね。

「桐島君がねぇ、死んじゃったみたいなのぉ………あたしシューキョーは劣等生だったからさ、あんたが代わりにお祈りあげてよ、お願い」

 と手を合わせます

「リリちゃんはねぇ、あたしがシューキョーの授業に不真面目だって言って、あたしをつるし上げてた連中を追い払ってくれたのよ。あたしはまじめにやってる、おぼえに関しては単なる個人差だって言って」

 その時、リリジェンは微笑んで

「貴方たちだって、テストで満点は取れない方が多いでしょう。それは個人差ですよ。宮島さんだってそれは同じです。誰しも苦手はあるものです」

 と言い聞かせたそうです。

「つって言ってかばってくれたのよう。教科も体育もオール満点のリリちゃんに言われたら、連中も引かざるを得ないって感じ」

 そこまで言ったところで、リリジェンがつつじちゃんの顔を覗き込みました

「祈り、一緒に唱えてみましょう。その方が桐島君も喜びますよ」

「でも………」

「大丈夫。愛しい彼に、貴女の思いを伝えましょう。短めの祈りを選びました」

 とまで言われてしまっては、頷くしかない。


 涙に満ちたこの日

 人が命尽き、悲しみが満ち

 罪人の様に裁かれるとき

 どうか彼らを憐れんでください、神よ

 慈しみ深い御方よ

 彼らに真の安息をお与えください


 他の人に見えているかは分かりませんが、二人の祈りは、ちゃんと聖なる気をあの合宿所に届いたのが見えました。

 ということは桐島くんはやはり、もう死んでいたのでしょう。

 もしかしたら、桐島くんの魂は、迷っていたのかもしれません。

 ですが今は安らかになった事でしょう。

 それを私が二人に言うと。

 リリジェンは嬉しそうに、つつじさんは不思議そうにします。

「魂なんて見えるの?もしかしてシューキョーの偉い人なの?」

「いえ、そうではありません………混沌としてきましたね、ここで皆、簡単に、彼女に自己紹介をしたらどうでしょう?」

 雷鳴くんが賛同します

「いいよ、リリ姉の痣の顛末も聞きたいし」


「では私から。名前はフリューエル。高位の天使で、この星を『浄化』するために天帝陛下から使わされました」

 つつじさんはうん?と呟いて

「それってうちらのシューキョーの「天帝陛下」なん?」

「そうですよ、その「天帝陛下」です。わたしはそのしもべ、天使です」

「マジか、だからゾンビを倒して回ってたの?」

「倒すのではなく―――」

 私は彼女にゾンビの仕組みを教えました

「戦って、脳を破壊するのが、わたしのいう「浄化」です」

「なる、じゃあ、あたしにできることは、噛まれないようにするだけ?セントウ能力?なんてないし」

「それで充分ですよ」

「あ、もう一つ質問。フリウってさ天使だからそんなに綺麗なの?」

「………天使の中でも高位の天使だから、としておきましょう」

 わたしの「自己紹介」は終わりました。


 次はヴェルです。

 面倒くさそうです。

 すすすと傍により手をつなぎます。「超能力・精神感応」発動。

 ヴェルにメッセージを伝えます。

(せめて、簡素でいいですから、まともに相手にわかるように話してくだいよ)

 憮然とした顔を私に向けてきます。私はすました顔でスルーしました。

「………名前はヴェルミリオン。悪魔だ。戦いが好きだ。この星には魔女に放り込まれた。一応この星を何とかするために戦っている」

「えっ!悪魔ってマジで⁉確かに不愛想でコワいけどぉ。あ、でも何で天使と悪魔が一緒に戦ってるの?」

 混乱しているようだったので、彼女の手を取り、精神感応で誓いの儀式のことをざっくりと教えてあげます。

「そういう事だから、一緒に戦っています。頼りになるバディですよ?」

 つつじさんはほえーと息を吐きながら

「アタマ、痛くなりそうだけど、なんとかOKみたいな。………あ、だったらヴェルちん、見かけほどコワくないんじゃん!」

「そうですね、(ぷっ、くくく………ヴェルちん)」

 これも超能力で伝わってしまいました。

 渋面がさらに渋くなりましたが、つつじさんが苦手なようで、それ以上行動する気にはなれないようです。

「では次の人どうぞ」


「じゃあ、俺ー」

「イケメンきたー♪」

「お、ありがとう。俺イケメン?」

「うんうん、マジイケメンだおー」

「俺、雷鳴って書いてらいなっていうの。これでも魔界の大公―――めちゃ偉い人っていう意味ね―—―です。要は悪魔だよん」

「うっそ!ちょい引く―—―あ、でも『誓い』してるん?」

「してるしてる。きわめて安全だから、仲良くしてほしいなぁ~」

「安全なら仲良くするー。イケメンだもん」

「ありがとうイケメンで良かったよ。つつじちゃんも、超イケてるよ!」

「マジか―じゃあ、今度お姫様抱っこしてくれるー?」

「全然OK。ってか役得」

「ちなみにヴァンパイアだったりもするんだけど、勝手に血を吸うのは禁止なんで気にしないでね。了承してくれると吸えたりするけど」

「んー。なんか悪魔で偉い人でヴァンパイアって、モリモリだね」

「しょうがないじゃん、それが俺なんだからー。ね?」

「んー、しょうがないからOK!」

「よっしゃ、じゃあ、自己紹介終わり!」

 私は、呆れかえって言います

「なんだか転校生の自己紹介みたいでしたね」


「えーと、次は俺ですね。」

「ヒュー、イケメンその二ー♪」

「え。あ、ありがとうございます」

「あはは、真面目か!」

「俺は大抵まじめです。俺はミシェル。天使なんです。あ、とはいえ、フリューエルさんみたいに位が高いわけではなく、訓練生なのですが」

「ん、弱いの?」

(ぐさっ!)

「ほ、他の人ほどではありませんが、僕の身体能力値はガイアで最高らしいです」

「おかしい身体能力じゃん。それともほかの人はもっとすごいの?」

「他の人は、もっとすごいですよ、いちいち言わなかっただけみたいで………」

「へぇー、じゃあ、ミシェルンはおちこぼれなん?」

「そこまででは………でも僕にできることは銃を撃つことぐらいで」

「えっ?銃が使えるの?すごいじゃん」

「他の人も使えますけどね………」

「暗くならない暗くならないー!あたしなんか何もできないよ!ミシェルン前向いてすすもっ!」

「そ、そうですか………有難う御座います」

 ゴホン

「ミシェル、励まされて終わってどうするんですか。あなたは十分頑張っていますから、誇りこそすれ卑下してはいけません。全く。最後にバトンタッチです」


「つつじちゃん、最後はわたし、リリジェンです」

「え、今更じゃね?」

「私にも秘密があるのよ」

「まじかー。じゃあ聞く」

「わたしは異星人です。天界や魔界じゃありません。小さな星からきました」

「宇宙人ってコト?」

「そうです。宇宙人が学校に潜入してたんです」

「どうみてもフツーなんだけど」

「それで、………実は体の一部が機械です」

「や、だからフツーに見えるし」

 そういわれてリリジェンは、片腕のテープを取りました。

 そしてぱかっと手首を外してみせます

「え?えええ?」

 地面に向けて発射。いとも簡単にアスファルトがはじけ、何と下にある地面がのぞきます。ここまでとは思いませんでした。ハンドキャノンよりも性能が上ではないでしょうか。今まで人差し指のものしか見てきませんでしたからね。

 もしかしたら、肘から出るものは大概なのではと思います。

「こんなかんじなの」

 つつじちゃんはしばらくお待ちください、状態で固まってしまいました。

 お待ちください………

「び………っくりしたぁ!弾丸とか腕に入ってるん?」

「ううん、これ空気の力で撃ってるから」

「そっかー………そっかーしか出てこんわー。でもでも、リリちゃんは、リリちゃんなのよね?」

「はい、わたしはわたしですよ?あ、何げに結構年上だったりもします」

「宇宙人ならそんなもんでしょー?」

「億とか兆って言っても?」

「イメージわかないっ」

「そう、わかったわ。これからもよろしくね、つつじちゃん」

「おけまるー!」

 最後の自己紹介もうまくいったようですね。

「これで、自己紹介は終わりです!」


 次は、リリジェンの治療の過程を、ミシェルに聞いてみます。

 ―—―なるほど、聖気が強いほど、はっきり痣が消えたと。

 リリジェンによると「満たされた」感覚がしたそうです。

 うつわ(体の別称)が聖気に満たされたのでしょう。

 応用できないか、少し考えてみましょう。


「次は、次にやるべきことを考えましょう。まず、雷鳴くんが逃がした人々の事です。参道の上に逃がしたと言いましたね」

 雷鳴君が頷きます。

「ああ。そっちにゾンビがいないかどうかを確認はできてないが、『勘』で多分大丈夫だと思って」

 つつじちゃんが突っ込みを入れる

「雷ちん、カンって、それはないわー」

「俺の『勘』は神様の「啓示」と同じなんだぞ。もしくは「予言」かな」

「マジか」

「マジマジ」

 そう言って、雷鳴はこっちに向き直ります。

「百人ってところかな、避難したのは」

「とりあえず、その人々の無事を確認してみましょう、話はそこからです」

 そうですね、とわたしは思案する。

「ぞろぞろ全員で安否確認しに行っても仕方ないでしょう。だれかが、さっと行って、さっと帰ってくるのがいいです」

「あぁ、じゃあ俺が行くわ。「教え」がまだ、切れるには時間がかかるから、空から行って帰ってくるよ。」

 はたして、結果は


「遅いですね………これでは安否確認では済んでいないでしょう」

 はたして、苦々しい顔で雷鳴は帰ってきた

「勝手に下に下りて、おれが倒したゾンビを見てパニックを起こしてた。それでここにはいられないってんで、下山して異形ゾンビにやられたのが3人ほど。それがゾンビ化して戻って十人近くゾンビにした。残りの四十人弱はさらに高台にのぼってどうにか難を逃れた」

 ため息をついて

「視認できる限りのゾンビは倒してきた。まだ『教え・剛力十』が切れてなかったし、高速飛行も切れてなかったからな。「なりかけ」も判別できる奴は倒してきた。だから生存者は四十人弱だが、早く手を打たないと危ないぞ。「うち漏らし」や「はぐれ」がコッチに向かってないとも限らない。「なりかけ」を見逃した可能性は………ないと思ってる」

「すぐに向かいましょう。………雷鳴君、ヴァンパイアの力は切れたのですか?」

「ここに帰ってくる寸前で切れたが、コレでまだ使えるようになる」

 と、雷鳴君は紅い瓶から赤い麦、あるいは米を一粒取り出して口に放り込みます。

 雷鳴君の体に覇気がみなぎるような感じがしました。

「それが何か、後で教えてくれますか?」

「うん?いいよ、今度な」

「では、皆急ぎましょう」

「つつじちゃんは俺が運ぶよ」

 とミシェルが立候補しました。

「イケメンキター。でも、ミシェルン。行くとこって化け物………ゾンビ出るんじゃん?大丈夫なん?」

「ミシェルが守りますよ、大丈夫です」

「まぁ俺も銃だから、背負って戦う事になるけど………。けど、リリジェンさん以外の皆は動きが全身を使ってダイナミックだから、抱えるのは無理だと思う。ヴェルミリオンさんとフリューエルさんは特に」

 ヴェルは拳で戦いますからね、私も剣を使いますし。

 激しい揺れに掴まっていられないでしょう

 私はかなり動きが大きい上、足技も使いますし、絶対無理でしょうね!

 そんなことを思っていると、あ、と雷鳴君が声をあげます

「あ、俺、顔見られてるから変装する。十分待って」

 ああ、確かに盛大に見られていることでしょう。

 彼の変装の腕は見事なものでした。パウダーで髪を赤く染め、カラーコンタクトで瞳は黒に。軽く化粧を施せば、強気な美少年のできあがり。

 後は、不思議なことに、ケープが薄手の黒のコートになり、身長が縮みました。

 これも、タネを聞いてみたいものです。折角情報共有の誓いがあるのですから。

 さぁ、生存者のところへ行きましょう


 生存者のいる場所に着いた時、すでに状況はひっ迫していました。

 おそらく「はぐれ」か「うちもらし」。

「生き残りのうち、さらなる高台に逃げたのがおそら二十名。ゾンビが、襲ってきたのを含めて十二体、なりかけが三体、まだ無事な人が十三名です!」

 こういうのを見る目は、この中で私が一番正確なようです。

「雷鳴君、あなたは上へ」

「ヴェル、あなたはこの場合、混戦に向いていません。魂で判別できないでしょう?だから、ミシェルが指示した相手だけを撃破して下さい。暴走しないでくださいよ」

「ミシェル、さっきのを聞いていましたね。貴方にはそれと、なりかけがゾンビになったら貴方の判断でその人の撃破をリリジェンに命じてください」

(万が一「なりきってない」者を撃ってもペナルティを受けませんから………)

 そう言い置いて

「わたしは、どうしてもやってみたいことがあるので、あの「なりかけ」にくっ付いています。手出し無用」

 そう言って、わたしはそのなりかけに近寄りました。恐らく高校生ぐらいの少年。くたっと座り込んで、涎を垂らしています。言葉にならない言葉を呟いています。彼の左腕の肘から先はもぎ取られ、大量の血をまき散らしています。

 私はその欠損に、フルパワーで『超能力・治癒』をかけます。彼の組織は再生され、新たな腕が生えてきました。

 わたしは、そうやって状況を整えてから、肩口にある噛み傷に聖気を注ぎ込みます。

 そう、リリジェンの再現ができないかと思っているのです。

 たまたま、リリジェンは体内に聖気を多く持っていたから、ゾンビ化が遅かったのでしょう。なら、体内に聖気などなくでも、あふれんばかりの聖気で満たしてしまえば、その者を救うことができるのでは、と考えました。

「なりかけ」の救い方は、それこそ病院で初めて目にした時からずっと、試行錯誤しているのです。

 はたして………結論として、聖気を注ぎ込むと、ゆっくりと噛み痕が薄れました。ですが、そこでその少年はそれ以上聖気を受け取れなくなったのです。

 聖気を受け取る器が足りていないのです。

 あるいは彼が司祭だったりすれば、もっと聖気を注ぎ込めたのでしょうか。

 いいえ、そうは思いません。

 リリジェンが、天使と同じレベルで聖気を体にため込めるだけ―—―聖女に近い―—―もしくはすでに聖女なのでしょう。

 この少年は………わたしが「解放」します。


 すべての現場は、なんとか無事に済んだようです。

 私のいた広場は、ゾンビをヴェルが「解放」し、「なりかけ」は「なった」その時にリリジェンの空気弾で、額を射抜かれています。

 意外でした。それなりの距離があるのにリリジェンは、人差し指だけで額を射抜いていったのです。手練れの証明と言えるでしょう。

 そして、褒めたたえるべきは、できると踏んで任せたミシェル。

 的確な采配で彼は二人を動かしてみせました。

「見事ですよ、ミシェル」

 と声をかけると

「必死でした」

 と震える声がかえってきます。それでもやり遂げたのです、大したものです。

 雷鳴君の方はどうなった、と高台を見上げると、両手でOKマークを作った雷鳴君が見えました。

 生き残りは、三十三名―――。

 ずいぶん減りはしましたが、とにかく助け出しました。

 高台に、全員を集めます。

 

 雷鳴君がわたしにすすすっと滑るように寄ってきて、手を握ります。

 わたしは精神感応をかけて、彼に頷きました。

(いま、姉ちゃんからの通話があった)

(それで―—―何と?)

(生存者はすべてこっちに収容するから、これを起動させろって。生存者に過剰にかかずらって、目的のスピードが落ちたら困るからって。)

(どんなものなんです)

(異界門。リリ姉のいたところ。そこに使われてない寮があるからって)

(病院でしたね……第六感を使わせてもらっても?)

(もちろんかまわないよ)

 わたしは『超能力・第六感』を発動させます。それによると―—―

(大丈夫みたいですね)

「では、それを使いましょう」

「彼らは説得するより、軽く操って避難場所に向ける方が早いと思うんだけど」

「ああ、それは私も考えていました」

「なら『教え・感性・洗脳』を使うよ」

「私の『超能力・精神感応・示唆』より向いてそうですね、お願いします………あ、洗脳はどれぐらいで解けます?」

「冷静だね。大丈夫。異空間とのつながりが切れた時点で洗脳も切れるから。今回の場合、扉が閉まったら、だね。後の事は異空間の皆が引き受けてくれるよ」

「分かりました。では、使って下さい」

 その力―――教え、と言っていましたね―—―を雷鳴君が使うことで、生存者らは楽園に至る道が現れると思い込みました。

 たちまち彼らはワクワクした表情になります。

「雷鳴君」

「おっけー」

 地上に立てられたミニチュアの扉は、たちまち等身大になり、扉を開きます。

 その先は―—―

 新緑萌ゆる大地。控えめだがあちこちに咲いている花。白亜の神殿。美しい歌声。

 これだけでも楽園です、さぞかし患者は癒されるでしょう。

 安心して送り出せそうです

 ドアの向こうに天使の看護師たちが姿を見せました、彼らを招き入れています。

 その天使の中には、今でも行方不明として探されている者もいました。

 全員が入り、ドアが閉じました。ミニチュアに戻ります。

「雷鳴君」

 私は真剣な目で、雷鳴君を見つめます。

「ん、何?」

「あの天使たちは自由意思であそこに居るのですよね?」

「そうだよ」

「誓えます?」

「誓います」

 ふっと、身体の力を抜きます。

「………なら、いいでしょう。天帝陛下にご報告はしますが」

「大丈夫、天帝陛下はもう、姉ちゃんから聞いて知ってると思うよ」

「………でしたら私がとやかく言う事ではありませんね」

 まぁ、どっちみちセントクレストに報告はしなければいけないのですが。


「さて、次はどこに行きましょうか………」

 その呟きに答えたのは雷鳴君でした

「パソとタブレットで、人が生き残ってそうな場所を調べよう。某巨大掲示板サンちゃんねるとかヤホーの掲示板とか、個人のHPとかでさ」

「なるほど………やってみましょう」

 検索してみると、ゾンビから避難して、まだ持ちこたえている、と掲示板にHitするものがありました。ですが、その人はそこから逃げることを切望している様子。

 何故なのでしょう。

「雷鳴君、これ………どう思います?」

 雷鳴君は私のタブレットを覗き込んで、

「食料の確保が大分難しくなってる。リーダーは女性の避難民に性的なことを強要している………か。内部告発だね、これ。ん~む。とりあえず行ってみればいいんじゃないかな。それから判断する」

 わたしは難しく考えすぎるのでしょうか。いえ、でもこういう思考の者が一人は居た方がいいはずです。

 とりあえず今回は、雷鳴君の意見を容れました。

 場所は結構離れています。ふもとに置いてきた車が必要ですね。

 でも、今は―—―

「今は、一度休みましょう。丁度ここは高台。見張りをするのも容易でしょう」

 これは、全員からの支持を受けました。当たり前と言えば当たり前です。一番疲れていないつつじちゃんでも、徹夜でボイラー室で神経を使っているのですから。

 見張りは四時間交代。一人八時間は寝れる計算で。

 最初に雷鳴君、次に私とヴェル、最後にミシェルとリリジェン。

 見つけたゾンビは、見張りが可能な限り静かに浄化すること。

 それらを決めて、めいめいするべきことをします。

 雷鳴君は変装を解き、一番見晴らしの良いあたりに陣取って見張りの構え。ケープが丸く膨らんで、まるで黒いフクロウのようです。

 リリジェンはミシェルと、つつじちゃんと一緒に、自分はカーディガンがあるからと、一枚づつショールを二人に渡し、雷鳴君の足元で眠ります。

 私とヴェルは、茂みを背後にするのはちょっと、という事で、高台の真ん中で背中合わせで眠ります。

 明日は明日の風が吹く、ですね。

 ―—―おやすみなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る