第19話 異常だらけの行軍②(雷鳴・フリューエル)

 ~語り手・フリューエル~


 二日目の夕方六時。

 鈍痛ながら、私の左肩から左の乳房を覆う形でついているアザはずっと痛み続けています。雷鳴君がいなければ、行動不能になっていたでしょう。

 雷鳴君には感謝ですね。


 交代を告げるアラームが鳴りました。

 流石にヴァンパイアに夕日と西日は辛いらしく、大急ぎで車の中に入って来ます。

「ふう………日焼けするかと思ったよ」

 そんな訳はないでしょうに、ジョークで和ませようとしてるんでしょうね。

「ふふ、お疲れ様です。ああ、運転中に効力が切れると酷いことになるので、全員にもう一度、あの術をかけてもらえませんか?」

「了解!ミシェル。車止めてちょっと戻ってこい。術かけるから」

 通信機に話しかけると「了解」の声が聞こえてきました。


 屋根の上に居るリリジェン以外の面子が集まりました

「じゃあ………『教え・癒し・痛覚鈍麻』!」

 ああ、やはり痛みが戻りつつあったのですね。これで随分楽になりました。

 では、交代して車を操縦するとしますか。


 現在十八時(二日目)です。

「このペースで行けば間に合いそうですが………妨害らしきものに出会っている以上、何らかのリアクションがあるでしょうね」

「踏みつぶして行かざるをえんだろう」

「そうなんですけどね。相手の情報も一応手に入りますし………でもあの高速道路の崩落は何の仕業なんでしょうね」

「分かるわけないだろう、情報不足だ」

「そうですね。しかし下道でも、ゾンビが多いところと、出てこない所が顕著すぎですよね。これにも理由があるのでしょうか」

 私はふう、とため息をつく。ここは今のところゾンビが出てこないゾーンだ。

「雷鳴君の言っていたように、普段の行動をなぞっているから、交通量の多い(かった)道には出てこないのかもしれません。」

「だから俺に聞くな」

「仕方ないでしょう?聞き役は貴方だけなのですから」

 ヴぇるはふん、と鼻を鳴らして窓の方を向いてしまった。

 聞き流せばいいでしょうに、全くこの人(悪魔)は。


 軽口を叩きながら、車を全速で走らせていると、しばらく走って、山道に入ってスピードを落としたところで妨害が出現しました。

 八つ頭の蜘蛛ゾンビが三体、四つ頭の蜘蛛ゾンビが四体。

 山中の一本道ゆえ迂回路はなし

 どうやら、楽な相手ではなさそうです。

 通信機に向かって

「八つ頭蜘蛛三体、四つ頭蜘蛛四体。総力で当たります。起きてください」

 返事を待たずに車を降りる。

 すぐに雷鳴君とミシェルが下りてきました。リリジェンは屋根の上に陣取ったままです。相手の背丈(八つ頭が六メ-トル、四つ頭が三メートル)を考えればそれが正解かもしれません。

 雷鳴君とミシェルは飛行して、八つ頭を一体引き受けるそうです。

 リリジェンは、ショットガンで四つ頭を牽制する、あわよければ撃破の構え。

 私とヴェルは二人で二つ、八つ頭を相手取る事になりました。

 軽く言っていますが、かなりきついです。今まで、せいぜい切り傷、擦り傷でしたが、今回は負傷覚悟ですね。

「ヴェル、各個撃破です。両方を相手取ったら確実にやられますからね。一体は出来る限り無視でいきましょう。右から行きますよ!」

「応」

 そのいつも通りの返事を聞いて、私は口元に笑みを浮かべました。


 バトルスーツがなければ、蜘蛛の足(手)に貫かれていたでしょう。

 つまり打撲多々ということです。

 原因は、手を動かす度に引きつるような痛みを与えてくるアザのせいです

 剣の動きに精彩を欠くのが自分でもわかります。

 ヴェルも、私ほどではないにせよ戦いにくそうにしています。

 それでも、一体目の半分の頭は「解放」しました。

 鬱陶しいのは四つ頭の蜘蛛ゾンビで、背後から横から攻撃を通そうとしてきます。

 リリジェンが一体を撃破し、もう一匹を相手取っていますが、四つ頭は四体いたので、残り二体が私たちと雷鳴君の邪魔をしています。

「ええい、仕方ありません………『超能力・念動』抑え込め!」

 その瞬間、5秒にも満たない間、八つ頭の足の動きが止まります。

 その間に、残りの頭を砕くことは容易でした。

 その代償に、私は強い疲労感を感じますが、「疲労などない」と自己暗示をかけます。解けるのは、この戦闘が終了した時です。


「もう一体の八つ頭の所に行くより先に、四つ頭を倒しましょう。鬱陶しくてかないません!」

「同感だ」

 私達は、四つ頭に向かいます。この四つ頭を倒すのは比較的容易でした。八つ頭の妨害も入りませんでしたし、リリジェンの援護射撃もあったので。

 そして最後の八つ頭です。ここで私は大きなミスを犯します。

 いくら暗示で疲労を感じないとはいえ、体の方にはわずかながら影響が出ています。

 八つ頭の上に乗って戦闘しているとき、私は足を滑らせ―――骨折してしまったのです。治癒をかける暇はありません。

 足の攻撃が殺到してきたとき、腕を思い切り引っ張って、そこから脱出させてくれたのはヴェルでした。

「ありがとうございます」と言って見上げたヴェルは息を切らしていました。

 今度は私が何とかしなければ。

―――もう一度『超能力・念動』抑え込め!

 私は剣を思い切り横なぎに一閃します。それで、終わり。ずずんと八つ頭が沈みます。


 そして私は―――限界を超えた疲労で意識を手放しました。

 ヴェルの、私を呼ぶ声が聞こえたような―――。


 ~語り手・雷鳴~


 俺とミシェルが八つ頭を仕留めた瞬間、「抑え込め!」という叫び声が聞こえた。

 振り返ってみると、静止した蜘蛛ゾンビの足を踏み台にして、フリウが剣を一閃させるのが見えた。見事にそれは八つの頭蓋骨を薙ぎ払う。

 なんというか、凄味を感じる一閃だったが、その次の瞬間フリウが倒れたのである。

 ヴェルが青くなって、フリウの名を呼ぶ。だが反応はない。

 飛行していた俺と、背中にいたミシェルはすぐにその場に駆け付ける。

「ここじゃ診断も治療もできないから、車まで運ぶぞ」

「………わかった」

 ヴェルはフリウをかついで行った。せめてお姫様抱っこしてやりゃいいのに。

 いや、似合わんか。うん、すこぶる似合わない。

 救護用スペースに置くように指示する。

「バトルスーツを脱がせる。一人じゃ無理だヴェル手伝ってくれ」

 頷くと、俺と一緒にバトルスーツを引っぺがす。

 ところどころににじむ血と、広範囲の打撲傷。

「一番の問題は骨折………と言いたいところだけど、一番の問題は疲労だわ、これ。無茶して消費体力の高い技使ってなかったか?」

「そういえば、蜘蛛の足が不自然に止まったことがあったな」

「多分それだ。なら行う処置は『教え・治癒・疲労回復』。骨折もだな『教え・治癒・再生』最後に「教え・治癒・回復」っと」

「継続して効果を発揮してるから、治るまで待つこと!半日ぐらいで回復すると思うよ」

裸にしとくのは失礼だから、毛布をかけておこう

「なあ。このまま進むのはいいんだけど、フリウがいないと、このメンバーてんでバラバラじゃん。俺は術の使い過ぎの体力は”血の麦”で解決するし、今の時間帯なら半日運転席から外を警戒できるから、フリウが回復するまで、移動は待たない?」

全員顔を見合わせる

「ほら、まだ時間はあるし」

「確かに、このメンバーまとめられるのは先輩だけかも」

「このまま進んで強敵が出たら、苦戦する羽目になるでしょうね」

「俺はこのまま進んでも構わないが」

「いや、また今回みたいな局面になったら、戦力足んねえよ」

「むう………」

「十二時間回復を待つに賛成の人ー?」

結局全員が手を上げた。

「よし、じゃあ皆は休んでてくれ。あ、ヴェル、ちょっとこっち来て」

「あ?」

「『教え・治癒・回復』お前も結構打撲傷あるだろ」

「………礼は言わんぞ」

「されてもキモいだけだからコケコッコー」

「何だ、それは」

呆れられた。


運転席に行く前に、やる事がある。

まずは喉がカラカラだったので、「血の麦」を一粒、水に溶かして飲む。

それと―――ミシェルの肩をぽん、と叩き「吸わせて」と一言。

うん、やっぱり直飲みに限るよね。


通話機をONにして、俺は運転席に深く座る。

何で通話機がONなのかって?異常があった時すぐ駆け付けられるから。

それに残してきた面子じゃ、リリ姉とミシェルしか会話にならないだろうしなー。

まあ、普通に考えてこの時間じゃそろそろ寝てるだろうが。

俺は、見張りだけをしつつ、心を「無」にする。これで退屈を感じなくて済む。


淡々と見張りだけこなしていたら、いつの間にか夜明けが来ようとしている。

夜明けだから戻る、と通信機に連絡し、車内に帰る。

俺が車内に帰ったと同時に、フリウが目を開けた。

「よう、大丈夫?痛いところない?」

「え、ええ。何の支障もありません。これは………雷鳴君が?」

起き上がって、自分の体をまじまじと見る。

この時点で、俺を含めて男はみんな強制的に回れ右だ。


「骨折したと思いましたが………これも?」

「全部俺の術だよ。俺が癒しの氏族で良かったな」

「そうですか………ありがとうございます」

「大きな戦力なんだ、礼を言うことはないさ」

「それでも、です。ありがとうございました」

「あと、あなた本人もそろそろ痛いでしょうし、痛覚鈍麻をかけて下さるとなお嬉しいのですが」

「確かに痛い。じゃあ『教え・癒し・痛覚鈍麻』!」

「ありがとうございます。じゃあ、バトルスーツに着替えますね」

「フリウさん、水洗いしておきましたよ」

こういう気配りは、やっぱリリ姉だよな。

「ありがとう。ヴェルはちゃんと洗いましたか?」

「………拭いた」

「まあ、貴方にしては上出来ですかね?」

「もう着替えたか?」

「ええ、大丈夫です」

男性陣がこっちを向く。


「ところで、フリウ。報告なんだけど」

「はい?」

ここで俺はフリウの回復待ちで、半日使ったことを告げる。現在三日目の朝六時。

「まあ………間違った判断ではないと思いますよ。問題はここから後のルートですね。ちょっとタブレットで検索してみましょう。」

しばらく検索した後、フリウが出した結論は

「ゾンビがぞろぞろいる下道より、こちらの山道の方が結果的に早い………ように見えますが、それは今回みたいな待ち伏せがなければの話です。道を塞がれては戦わざるを得ない」

俺はそれを見て納得する。

ちょっとロスがあるが、今回みたいな事になるよりはマシだと思う。

上手くいけば四日目には着くはずだ。


「万が一道を塞がれても、道が広い分やりようがあります。唯一の難点は、この車は小回りが利かないというぐらいですが、対向車もなしでしょうし、大丈夫でしょう」

「俺はOK。他の皆は?」

「構わん」

「どうせ私たちのいるところに敵が来ますよ。目をつけられてるみたいですし?」

「なおさら、いい」

「俺は賛成です。山道で行ってたらタイムオーバーになりそうで………」

「俺もそう思う、ミシェル。リリ姉は?」

「間に合う確率が少しでも多いなら、私は賛成よ」

「全員一致だね」

「それでは運転の組ですが………いつもので良いでしょうね。ただ、リリジェンは無理はしないでくださいね。頼りにはしていますが」

「まだ本調子でなければ、ヴェルさんに運転を任せては?それか代わりましょうか」

「いえ、ヴェルは運転できないですし、感覚を研ぎ澄ますためにも運転しますよ」

「そうですか?でしたら、私は屋上で道行きが良くなるよう祈っていますね。勿論グレネードもショットガンも撃ちますけど」

「リリ姉の祈りなら効きそうだな」

「さて、雷鳴君。夜明けから昼が良いですか、昼から夜がいいですか?」

「西日はもう嫌なんで、午前中で。言っとくけど他の吸血鬼だとこれは出来ないんだからね?」

「貴方が常識外れで助かっていますよ」

「綺麗なお姉さんの言うことだから、誉め言葉だと受け取っておく」

「あら?それはありがとうございます」

「じゃあ、運転席に行くね」


俺とミシェルが運転席についた。

フリウに借りたタブレットでナビ表示をする。御井祐おいゆはっと。

入り組んでるなぁ、下道だししょうがないけど。

幸いなことに俺は方向感覚は確かだ。ナビの通りに行くぐらいなんてことない。

ゾンビのせいで、度々道を変えなければ、だが。

これで方向感覚がおかしくならないなら、そいつはちょっとおかしい。

何回か方角を間違えたが、致命的な間違いはしてない。ちゃんと進んでる。

………多少の時間ロスにはなってしまったが。


~語り手・フリューエル~


現在三日目、昼の十二時です。御井祐おいゆまで、あと十時間。

ピコピコと目覚まし時計が鳴っています。ささやかな音ですが、私とヴェルはそれでも起きるから問題ありません。

それよりも外から、ドガン、だのガァンだの言う音がしているのに、目覚まし時計でないと起きないのはどういうことでしょうね。

「ヴェル、おはよう」

「ああ」

おや、珍しく返事が返ってきました。いつもは無視するのに。

気を良くしつつ、通信機を手に取ります。

「雷鳴君、ミシェル。そちらの状況は?」

「散発的にくる。くるのは融合タイプばっかで、大半はフラッシュバンにつられて、明後日の方向に行ってくれてる。交代するなら、食事はそっちで取っといた方がいいよ。こっちに来ると、気の休まる暇がないから。ミシェルにクマが出来てるよ!」

「わかりました。携行食を食べ終わったらまた通信します」


携行食をもそもそと食べます。牛肉と黒豆の煮込みとトルティーヤ、スパイスと煮たりんご、チョコレートバナナナッツマフィン、ビーフジャーキー、ハラペーニョチーズ・スプレッド、ピーナッツバター、コーヒーです。

うん、まずくはないけど美味しくもない!コーヒーで流し込んで、気合を入れます。

で、もう一度通信です。

「後方、食事終わりました」

「了解、下りて「浄化」し終わってから、そっち入ります」

「了解、待機します」

大して待たずに、雷鳴君たちがとびこんできました。

「じゃあ、私達は運転席につきますね」

「ゾンビはまばらだけど、全部異形で、突っ込んでくるから気を付けて。フラッシュバンはマジでよく効くけど、残りが不安だから、数が多くなってきた時だけ使うといいと思う」

「わかりました。ありがとうございます。」


私とヴェルは側面の扉から外に出て、一、二体のゾンビを「浄化」してから、運転席と助手席に分かれて乗車します。追ってくるゾンビたちを振り切るように急発進。

ナビの画面を見つつ、それに沿うようにはしていますが、時々ゾンビたちを振り切るために、アクロバティックな動きが入ります。もとが兵員輸送車なのであまり派手な動きは出来ませんが。それに、

「フリウ~!酔うし怖いからそれ止めて~!リリ姉が落ちるって叫んでる~!」

と、通信機に言われてしまいました

「控えめなつもりだったんですが」

戸惑いつつも普通の運転に戻します

「兵員輸送車でここまで出来たらプロだよ!何かの!」

「そうですか?気をつけます」

ヴェルは何も言わないので、てっきり皆平気だと思っていたんですが。

その後の道行きは、特筆することもなく平穏無事に進みました。

ゾンビの増減があったぐらいですね。

何事もなく、雷鳴君たちと交代できました。

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