第18話 異常だらけの行軍①(雷鳴・フリューエル)

 ~語り手・雷鳴~


 リリ姉の、あざが再び浮き上がってきて1時間後、俺たちは出立の準備を整えていた。現在時刻は十八時だ。強行軍になるのは目に見えているので、どうしても一度羽小江山近くの軍基地に、物資を取りに帰らなくてはいけない。時間にして十時間。


 必要なのは銃弾だ。運転席に座っているだけでも、ゾンビが現れるので、どうしても消費してしまう。

 これは急がないが口糧。長持ちするものだが、持ってきてる量が心許ない。

 水は、タンクに入ったものがあるけど、御井祐おいゆは遠い。交代しつつ運転しても、高速道路を使っても二日はかかる。

 まあ、水はここで補給しておくことができる。


 一番必要なのは燃料だが、スペースの関係で積み込むのが難しいのでガソリンスタンドを利用することが必要だろう。このままでは、スペースの限りガソリンを積み込んでも、御井祐に着くまでにガソリンが尽きる。ので、必ずガソリンスタンドを経由しないといけないが、ガソリンスタンドにはゾンビが居るだろう。


 そこでまた戦闘が発生するとして、御井祐に着くのは予想で二日半だ。

 合計で四日半。

 リリ姉に大丈夫?と問いかけたら、雷ちゃんの予感は?と言われた。

 俺は精神集中して、『勘』ではなく『啓示』を得た。

「最善を尽くせば、報われるってさ、今の行動で正しいって感じだった」

「『勘』の方で言えば、あと六日ってところだから、何とかなるだね」

「そう、よかった」

「一応、フリューエルさんにも聞いてみる」


 フリューエルさんは出立の準備中だった。

 準備と言っても、ラブホの中で使えそうなものを積み込んでいただけである。

 パジャマ、大量のチューハイ、プラスチックのコップ、シャンプーとリンス。

 アメニティの化粧品などなど。

「使えそうなものを適当に詰め込んでいるだけなので、出発はいつでも良いですよ。とはいえ、容量の問題がありますから、一部は屋根に鞄に入れて括り付けますけど」

「いや、そうじゃなくて、第六感を発動させてくれないかな」

「ああ、そうでしたか。いいですよ、やってみましょう」


 フリューエルさんは瞑想するような表情と姿勢なった。

「………道行きに重大な危機あり。それは不可避である。と出ました。やはり、羽小江山で、銃器の類を充実させておくべきでしょう」

「道行きに重大な危機って………想像したくもないな」

「わたしにも、どんなものかは分かりかねますが………」

「まぁ、十分注意する、以外の選択肢はないよね」

「そういうことで………、ところでもう出発したいので、皆さんを呼んできてください。」

「はーい」


 俺は、結局まだ使ってない拡声器の音量をミニマムに絞り

「出立準備完了。用意の終わっている者から、拠点車に集合。出立準備完了」

 と、呼びかけてみた、ミニマムでも結構な音がした。

 ミシェルが突っ走ってきて、スパーンといい音をさせて、俺の頭をはたいた。

「ゾンビが来たらどうする!」

「浄化するんだろ?」

 そらっとぼける俺。

「絶対、使ってみたかっただけだろう、お前」

「まぁいいじゃん、おかげで全員集まったんだし」

 ミシェルのジト目をスルーして車の方に向かう。

 ヴェルとリリ姉も来ていた。


「今回の時間割だけど、ここに来る時のでいいよね。リリ姉は休憩はさみつつ屋根で。どうせ、何もしないでいると、奴らからの勧誘がうるさいんだろ?」

「ええ、屋根から狙撃させてもらいます」

「そう言われると何も言えませんね。………無理はしないでくださいね」

「勿論のことですフリューエル様」

「そろそろ様呼びはくすぐったくなってきましたね。ここで全員フリウと呼び捨てにしてくだされば、楽でいいのですが」

「そっちがラクなら俺はそうするけど」

「ええっ、恐れ多いんですけど」

 そのヘタレな意見はミシェルである。リリ姉でも、「了解です」と言ってるのに。

「わたしがいいと言ってるんだからいいんです。それとも命令します?」

「そのほうがすんなり呼べそうです」

「では………ミシェル訓練生に私ソルジャー部隊の第三部隊長フリューエルが命じます、私の事はフリウと呼ぶように。分かりましたか、」

「はい、わかりました」

 しかし、何気にフリウの肩書を初めて聞いたけど、凄いな。隊長って五人しかいないんだぞ。しかも最上級天使。

 外に出たら、一度手合わせしてみたい………いかん。ヴェルがうつった。

「では、最初はヴェルと私で、前部座席につきます。六時間交代で良いですね?」

「OK」と代表して俺が答えた。


 俺は今からが活動時間。眠いだろう二人に休むように告げて、屋根の上へあがる。

 屋根に取り付けられるテントとか、アウトドアショップにあったような気がするな。今度この旅が終わったら、取り付けてみるのも面白いかもしれない。

 とりあえず、俺は―――ゾンビの姿が見えないので―――ノーパソを開いた。俺が作っておいたHomePage《ホームページ》には結構な反響があった。

 生存者の集い、というHPで全国の生存者から情報を集めるHPだ

 一番の収穫はゾンビの生態だ。

 ゾンビはある程度の時間が過ぎると、生前の行動をなぞりだす。

 料理とかができる訳ではないが、生前の習慣をなぞりだすのだと。

 引きこもりのA君いわく、毎日食事の時間に、部屋がノックされ、部屋が開けられそうになるという。お手製のカギでなんとかしのいでいるそうだが、もう食料が乏しいという。俺は、確約は出来ないが、持ちこたえれば助けに行けるかもしれない、とだけ書き込みしておいた。

 事実A君の家は今回の旅で通るルートだ。帰りにでも助けてやりたいと思う。


 そして、俺の当番がやってきた。

 フリウとヴェルにはゆっくり休んでもらって、俺は車の上から下りて、ミシェルと一緒に前の席へ。運転は俺。ミシェルには運転しながら撃つのは無理だ。

 天井にはリリ姉が上がる。

 高速道路を降りる。ゾンビが増えるから警戒を、と思ったが、何じゃこりゃ!

 ほとんどが、異形の多頭ゾンビなのである。そんなに密度はないとはいえ、今が夜で、ステルス効いてなかったら、運転どころじゃないぞ。


 慌てて通話機を取り、フリウを叩き起こす。

 起こっている事態を伝えると、車体側面のドアを開けて、様子を見たらしく、

「これはまた………行軍速度を遅らせる訳にもいきませんし、軍で攻撃範囲の広いショットガンや、グレネードランチャーを手に入れて、遠くに「フラッシュバン(非致死性で音響と閃光をまき散らす手榴弾)」をなげて注意を逸らす手法が有効だと思います」

 さすが、頭の回る人だ。確かにそれなら有効だろう。

「じゃあ、現状はステルスモードで基地に向かうね、接敵した奴だけ、何とかする」

「お願いします。用があったら起こしてください」

 もう一回寝るらしい、凄いな。

 ミシェルに言ったら、目を丸くしていた。


 そして、苦戦する事しばし。早くショットガンが欲しい感じだ。

 ああ、やっと基地に帰ってきた。ゾンビは何故か金網を登ってこない。

 おそらく、基地に入る習慣が一般人にはないからだろう。

 基地にいたゾンビは全滅させたって言ってたし。

 しかし、ここも死臭が酷いな。

 全部は無理だけど、通り道の死体は「教え・風化」で、塵に帰してやる。


 ~語り手・フリューエル~


 軍の金網の外が人外魔境ですね。密度はそんなに高くありませんが、いちいち対応していたら、リリジェンが間に合わなくなる可能性があります。

 気の毒ですが「解放」は待ってもらうことになりそうです。

 またここには来るでしょうから、その時まで………。


 さて、目的のものを手に入れてしまいましょう。

 まず銃弾。全員の銃を同じものにして、弾の共通化を図ります。

 ここにはうんざりするぐらい弾がありますので、弾は足ります。

 これもかなり多めに積み込みます。

 後はショットガン、全員に同じものを。使い方はヴェルとミシェル以外知っているようです。リリジェンに―――気を紛らわすために―――講師を頼みました。

 それと、グレネードランチャー余裕を見て三つです。

 これについてはリリジェンが特に詳しかったので、全員で講義を受けました

 そしてグレネードランチャーの弾としてのフラッシュバン。五十個ほど。

 これは私でも教えられたので、私が使い方を教えました。


 ガソリンは、ガソリンスタンドを使うことも念頭に入れますが、ある程度積んでおかないと。水は、タンクを二つ増やしましょうか。

 口糧は、少し多めに。全員で十日分ぐらいでしょうか。

 あと、全員の着替え―――このさい軍服で良いです―――を大目にGET。

 ゾンビとの戦闘は汚れますからね。


 持っていくものを吟味していると、雷鳴君が来ました

「ゾンビの体液さ、予想以上にヤバいわ」

 雷鳴君は「生存者の集い」というHP《ホームページ》で全国の生存者から情報を集めるHPを作っていました。その中に、ゾンビの体液についての情報があったとのこと。

 なんと、ゾンビに噛まれなくても、体液が粘膜に付着してしまうと、すぐにすすがないと、ゾンビ化してしまうというのです。

 私達は、一応ゾンビの体液が目や口に入らないように気を付けていましたが、認識を新たにした方がよいですね。

 あと、すぐに、というのがどれぐらいの時間なんかが知りたいですね。

「サンバイザーが欲しいところですね………探してみましょう」

 代わりに兵士の帽子が見つかりました、無いよりもマシでしょう。

 視界を遮るのも確かですので、着用は個人に任せます、とだけ言っておきます。


 準備完了です。現在二日目、六時。

 運転担当は私フリューエル、隣にショットガンを抱えてヴェル。

 雷名君は運転が正午になる事に嫌そうでしたが「仕方がない、起きなかったら多少手荒でも起こしてくれていいよ」と言ってくれました。

 それと、普通のヴァンパイアはそれこそフラッシュバンが耳元で炸裂でもしない限り起きないよ、とも言っていましたね。

 雷鳴君は、「浅い眠り」という特徴を先祖から受け継いだのだとか。


 さて、軍基地から出るとしましょう。もう明るいので、黒い兵員輸送車はさぞ目立つでしょう。わらわらと集まってきます。

 私は屋根のリリジェンにフラッシュバンをグレネードで発射!と号令をかけます。

 車の中からでは撃ちにくいため、今回だけ砲台になって貰ったのです。

 グレネードは、三百五十メートル程先に着地。激しい音と衝撃が起こります。

 ゾンビは、面白いように釣られてくれました。

 直近にいたものはショットガンで、顔の密集している場所を撃つか、バラバラな場合拳銃で各個撃破します。

 ボンネットに昇ってこられたときは、異形なのでマシンガンでは叩けず、やむを得ず下車して戦闘しました。

「振り落としましょうか?」と聞くと何故か全員(通信機はつけっぱなしなので)が「やめてくれ!」と叫んだので、やむを得ずの処置です。………何故でしょうね?

 異形との戦闘は、高速道路に乗ったところでぱたりと止まりました。

 これも「普段の行動」をなぞった行動なのですかね。

 確かに普通、一般人は高速道路には入りませんよね。

 それからしばらく、快適な道行だったのですが………。


 ええ、と。

 これは―――高速道路が破壊されている?

 巨人が踏んづけて、ダンスしたんじゃないのかと思うぐらい、徹底的に高速道路が破壊されています。

 分岐点だったのですが、私達が進む方向だけが徹底的に破壊されているのです。

 ………これでは普通の道路を使わざるをえないではないですか。

 ―――何者かの悪意を感じます。

 仕方がないので、皆にその旨を伝え、Uターンして下道したみちへのルートを辿ります。

 窓を開けて覗いたのでしょう。ミシェルが絶句しながら、こんなことがこの星で起こるのか………と言っているのが聞こえました。


 下道を進むルートは、いかにゾンビに車に取りつかれないか、が勝負です。

 ほとんど、異形のゾンビなのです。

 申し訳ないですが、時間の関係で、全員を「浄化」してあげることができません。

 中には、車の前に飛び出してくる者もいて、対応に苦慮しました。

 角度的に厳しいのですが、窓から身を乗り出して拳銃で撃つしかありません。

 その後、車にひかれてしまうのが、申し訳なく………黙祷。

 最も、大型のものだった場合、車から降りて対処しなければならず、死体も轢いていくのは無理で、死体をどける作業が入ったりもしました。

 思ったよりも、進むペースがゆっくりで焦ります。


 ~語り手・雷鳴~


 耳元で儀礼用の空砲でを鳴らすという暴挙に誰かが及び(ミシェルだった)、俺は飛び起きる羽目になった。「十二時だよー。二日目だよー」という声付き。

 空砲は間違って持ってきたのを発見したらしい。

「それは、他の起きられないヴァンパイアでも起きる可能性がある」

 とげっそりしながら、苦情。

 その後運転席に座ると、俺が寝てる間の事を聞かされた。

 高速道路に関しては、ここって制限空間じゃなかったっけ?と思った。

 それも地球テラ並みの。

 ゾンビたちの変化と言い、この星は今異常だらけなのだろう。

 侵略者の意図があちこちに作用してきてるわけだ。


 異形のゾンビは俺も苦労した。フラッシュバンである程度は誘導できるが、真昼間にこの車は目立ちすぎる。

 もっとも、向こうは動くものなら何でも惹かれるようだが。

 だが、意図的に車の移動を妨害しようとしている気配が感じられる。

 途中で、周りのゾンビを指揮してるような、巨人―――オオキナヒトと似ている。大きさは倍以上だが、フォルムが完全に人間である。顔はまだハニワであるが。

 普通に魂を見たら、ひとつの魂だけどなんか気持ち悪い、となるのだが。

 根性入れて魂を見ようとしたら、吐き気を感じた。

 さらに力入れて無理やり見ようとしたら、オオキナヒトとは人数が違う―――三十人はいる―――ぐちゃぐちゃの魂が見えて、気色悪くなった。

「リリ姉!あれ、オオキナヒトのデカい奴だ!」

 と屋根に居るリリ姉に呼びかけると、

「分かってるわ雷ちゃん、もう少し近づける?」

「フリウたちの協力がなきゃ無理!叩き起こす?」

「悪いけど、そうして頂戴」

「分かった、ミシェル、後方に行って起こしてきて。ちょっとだけ止まるから」

「了解!」

 今回は多分、普通に起こしただろう。

 フリウが、寝起きなのを全く感じさせない立ち姿で車から出てきて、

「私とヴェルで側面を援護するから、目標に近づいてください!」

 反対側の側面にはヴェルがいるのか。

 ミシェルは、走って助手席に戻ってきた。

「おまえは、ショットガン持って、ルーフへ上がれ!リリ姉と一緒に周りを寄せ付けないようにしろ!」

「わかった!」


 俺はそのまま、フリウたちがついてこれるスピード―――結構速い―――で、「オオキナヒト・大」に向かって突っ込む。

 が、途中で妨害が多く、思うように進めない。

 だが、意外なことに、「オオキナヒト・大」は自分からやってきた。

 殴りかかられたフリウが反撃しようとして、ほんの少し隙を見せた瞬間。

「オオキナヒト・大」は殴りかかったのとは反対の手でフリウの腰を鷲づかんだのだ。そのまま、フリウの脱出を許さずに、「オオキナヒト・大」は膨らんだ。

 巨大な風船と化した「オオキナヒト・大」は、フリウを自分の中に取り込んだ。

 その瞬間、リリ姉によって神の奇跡は起こされた。

 だが、今回は、魂は解放されたようだが、肉体が問題だった。

 俺たち全員の前で破裂したのだ。

 ただし、空気風船でなく、水風船。俺たちはたっぷりと体液をかぶってしまった。

 しかもこの液体、鼻や口、目に入り込んでこようとしてくる。

 ほとんど体液をかぶらなかったリリ姉(代わりにミシェルがかぶった)が、水のタンクを持って走って来る。

 悠長に対処できたのは、他のゾンビが奇跡の余波で大人しいからだ。

 体液を落とすだけ落として、リリ姉の運転でゾンビが居ない所まで走る。


 おれと皆は、水にぬれたタオルで全身を拭いていた、が、一番怖いのが、粘膜に入り込んでなかなか取れようとしない体液だ。

 フリウが一番深刻だ。

 体液を飲んでしまったらしく、側面のドアを開けて吐いている。

 全員あらかた体液を落とし終わるには軽く三時間、フリウは四時間かかった。


 落とし終わった、と思ったその時、フリウが

「………痛っ!!」

 と叫んだ。異常事態だ。

 フリウが上着のジッパーを下げると、両肩から胸全体に特大の噛み痕とも、巨大な黒い薔薇ともとれる痣ができていた。

 もっとよく観察しようと立ち上がったところで「痛⁉」と言ってしまう。

 右手の手の甲が異様に痛い。俺の右腕には、さながらダリアの花びらような黒い痣ができていた。もしかして、他の奴も。

「グゥ………」「痛あ!」やっぱりか。ミシェルは左腕の肘までで、一番軽傷だろう。

 ヴェルは右肩から右腕の肘まで。フリウほどじゃないが、かなり大きい。

「これ、何とかしないとどうなるかわからないな。ちょっと深く精神集中する。トランス状態で何か言うようなら、覚えといてくれ」

 俺は、右の手の甲を意識から無理やり外して深く啓示を望む。それは、俺の言葉となって出てくる。


 トランス状態が終わった。

「何て言ってた?」

「覚えてないんですか?」

 痛みが一番酷いだろうに、フリウが平静な顔で聞いてくる

「トランス状態の時は「おりてきてる」から、俺自身覚えてないんだ」

「そうですか………迂遠な言い回しが多かったので、まとめたものを話しますね」

「うん、それで頼む」

「曰く、聖女の奇跡の光を一緒に浴びろ、そのあとはそれぞれの気―――聖気や、瘴気の事だと思います―――を痣に頻繁に当て続けると、進行を止めることができる。

 完治させるには侵略者を退けること………という内容でした。かなり長かったんですが、要約するとこうなります」

「あのさ、フリウ」

「はい?」

「痛いんだよね?」

「すごく痛いですね、触れると痛いので、他人に触られたら、多分殴り飛ばします」

「………痛くないんじゃなくて、滅茶苦茶我慢強いんだね、分かった」

 ヴェルは苦々し気な仏頂面だけど、こいつも我慢してる様子。

 苦しんでるのは、ミシェルか。俺も本当は叫びちらしたいとこなんだが。

 しょうがない、全員にあれを使うか。

+/四人分!」

「あ………」

 フリウが少し緊張を解いた。ヴェルも「む?」といって肩を見ている。

 ミシェルは、緊張がゆるんで座り込んだ。

 俺は、激痛から解放された。鈍痛が残ってはいるが仕方ない。

 皆、それは一緒だろう。


「今、俺の能力で、痛みを押さえこんでる。ただ、これを持続させようと思えば絶対に途中で「吸血衝動」が来るんだ。ミシェルは知ってるだろ」

「うん、首から血を吸いたくなる衝動だろ。おまけとして「行動不能になるほどの快楽」がついてくる。血が欲しくなったら俺がやるよ」

「先に申し出てくれて助かる。なら、この術を維持できると思う。取り合えず御井祐の天主堂に行くまで維持して、後は成り行き次第だね」

「助かります………それでも痛いですが、さっきよりよっぽどマシです。これぐらいの痛みなら、通常行動できますよ」

「フリウは頼もしいね。隊長って感じ」

 フリウが照れたように

「実際、部下のいる隊長職ですからね、わたしが一番しっかりしませんと………。あ、ところで、ヴェルとミシェルはどんな感じです?」

「俺はこれぐらいの痛みなら耐えられる。鬱陶しいがな」

「俺も、これぐらいやわらいだら、普通の怪我ぐらいの感じです!」

「よし、大丈夫だな。もしこの先、俺が寝てる間に効果が切れそうになったら、叩き起こしてくれてもいいから」

「遠慮なく叩き起こさせていただきます」

 と、イイ笑顔でフリウ。

 まあ、一番痛みの強い人だからな、そう言うよな。


「ところでリリ姉はどこいった?」

 自分の事で精一杯で、居場所を把握してない。

 外に出たら、リリ姉は車の側面で敵を警戒してくれていた。

「みんなひと段落着いたよ」

 そう言って、フリウさんのまとめた『トリップ状態の啓示』を話しておく。

「ますます御井祐に行く理由が増えたのね。みんな疲れてるだろうし今日はここで車を止める?」

「いや、痛いだけで疲れてはいないから進もう。まだ俺の担当時間だね。ミシェルを呼んできてくれないかな。リリ姉の方が疲れてると思うから、休んで」

「でも………」

「多分、皆そう言うと思うな」

「………わかったわ」

 ほどなくしてミシェルがやってきた。左手を気にしている。

「できるだけ気にするな、とにかく御井祐に行くことだけ考えろ」

「分かってるんだけど、ついな」

「フリウなんか、あれでもかなりの激痛のはずだぞ」

「そうだね、頑張るよ」


 そして俺たちは一路、御井祐へ―――

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