第17話 保養にならない保養地③(雷鳴・フリューエル)

 ~語り手・雷鳴~


 最悪の一日を過ぎて、次の日。

 まだ俺の『勘』は、ここから出るのはまだ早いと告げている。

 ラブホテルで男と同じベッドで寝ているのもイヤなもんだが、どうしようもない。

 この寝室に映し出される幻想的な映像が、気分を少しマシにしてくれる。

 ミシェルもそうらしく、昨日、切ろうか?ときいたらそのままがいいと言われた。

 さて、皆の朝食のオーダーをとろう。

 スマホを通じて全員を叩き起こす………つもりが、もうみんな起きていた。

 集合部屋で朝食にしようというと、各自メニューを見て決めたらオーダーすると言われたので、その間にミシェルを連れて厨房に行く。

 そのうちフリューエルさんがフレンチトースト、ヴェルミリオンがハンバーグとチョリソーの注文を寄越した。

 しばし間が空いて、ポテトとパンプキンスープのオーダーがリリ姉から。

 全部集合部屋に運んだ。ミシェルが。

 最後のオーダーはミシェルである。バッファローモッツアレラチーズと、オリーブオイルとパンだ。

「昨日もマルゲリータだったよな。チーズが気にいったのか?」

「天界にはないのに、制約なく食べられる人界の食事って珍しいからな。乳製品って珍しくて好きだ」

 なるほど。

「フリューエルさんの注文が手馴れてるのは年期が違うってことか?」

「俺よりだいぶ年上なのは間違いないけど、外勤の年季がどこまでかはちょっと。でも、部隊長を勤めてらっしゃるから、それなりに経験あると思うよ」

「部隊長って………やっぱりソルジャー?」

「そうだったはずだよ」

「強い理由がよく分かる………」

 そんなことをいいながら、俺はミシェルの分の朝飯を用意して、チューハイも人数分用意する。これは、皆酒に強すぎて、全く酔わないからジュースの代わりにしているためだ。ちなみに姉ちゃんに聞いて知っているが、リリ姉はザルである。

 これらを集合部屋に持っていく

「おはよーございまーす」

 これは俺。

「おはようございます」

 これはフリューエルさん。いつもの笑顔だ。

「あぁ」

 これはヴェルミリオン。いつもの仏頂面だ。

 こいつ、戦闘の時しかまともな表情しないでやんの。

「おはよう、雷ちゃん」

 いつものように、優しくリリ姉。

 傷が癒えたわけはないだろうが、それでもいつも通りに見える。

 藪蛇かな、と思いつつ、

「つつじちゃんの遺灰はどうしたの?」

 と聞くと

「急にここを離れることになったらまずいから、車の後部座席に安置してきたわ。一番安全でしょう?本人は文句を言っているかもしれないわね。」

 柔らかな笑顔でそういった。もう冷静さは戻っているらしい。

「やなこと聞いてごめんね、朝ごはんにしよっか!」

 全員が食事をはじめる。

 ヴェルミリオンは手づかみで食べようとして、フリューエルさんに耳を引っ張られている。何か囁いている。あ、しぶしぶの顔だが、食器を使い始めた。

 何だかこの二人、前より仲良くなっているような気がする

「雷鳴君」

「はい?」

「まだ出るのはまずいですか」

「まだだけど………多分もうしばらく………多分、夜」

「なら、駐車場で運動でもしましょうか?」

「いや、部屋にこもってて。窓もカーテンは開けないで。リリ姉の部屋は、窓が多いから、カーテンをしっかり閉めてね」

 各自、朝食を食べたら自分の部屋に引きこもった。

 リリ姉には、うちにくる?と聞いたのだが、

「祈りの声がうるさいと思うから、一人でいいわ」

 と言われた。

 確かに悪魔としては、聖女級にそれをやられると精神に来る。

 大人しく自室待機と相成った。

 俺は、部屋に置いてあったノートに絵を描きだした。

 筋トレしていたミシェルが

「なまるぞ」

 と言ってきたが。

「黙れぃ」

 と返した。

 俺が描いていたのはつつじちゃんの遺影だ。

 遺影としてはふさわしくない満面の笑みだが、彼女はこれで良い気がしてた。

 のぞきこんだミシェルが納得の表情を浮かべる。

「………上手いんだな」

「俺、画家兼彫刻家みたいなもんだからな。姉ちゃんに叩き込まれたんだ」

 びーっとノートのページを切り離して

「リリ姉の所に行ってくる」

「二人で行っても仕方ないか、行ってこい」

「ああ」

 リリ姉の部屋のインターホンを押す。

 すぐに反応があり、少し憔悴しているが、聖気に包まれたリリ姉が出てきた。

「リリ姉、寝といた方が良くない?」

「眠れないの………それよりもどうしたの?」

「これ、一緒に燃やして」

 と、遺影もどきを渡すと、それを見たリリ姉の目に涙が浮かぶ。

 予想していたので、即座にハンカチを差し出した。

「ありがと、雷ちゃん」

 そう言ってリリ姉は、また部屋に引っ込んだ。ずっと祈っているのだろう。

 部屋に帰り、思いついたことがあったので、ノーパソを開き、夜が来るまで作業する。もしかしたらこれで、いろいろ情報が出てくるかもしれない。


 ~語り手・フリューエル~


 部屋に帰ったら、ヴェルは、大きな猫のようにソファに横になってしまった。

 あの後シーツはちゃんと変えたのだから、ベッドを使えばいいのに、と言ったのですが、いらん、との事。

 まあ、ヴェルはその方が似合っている気がしないでもないですが。

 私は、ヴェルと同じく、夜まで体力温存とばかりに、ベッドの真ん中に寝ころびます。これが、バトルスーツでなくパジャマだったらもうちょっと寛げたのですが。

 意識は、夜まで眠りに沈みます―――。


 雷鳴君からのコールがなりました。

「もうすぐ………一時間ぐらいで外に出ても大丈夫!栄養補給は大事だから、ちょっと早めに起こした!」

 要は、またご飯を作ってくれるということでしょう。

 しかし雷鳴君は、魔界では大公という極めて高い地位にあるはず。

 それがこんなにまめまめしくていいんでしょうか?

 ミシェルの面倒も見てくれているようですし。

 ヴェルに聞いたら

「よくは知らん。が、強ければ魔界では大概の事が許される。強者の酔狂だとな」

「なるほど、天界では強者ほど責任が付いて回りますが、その逆ですか。」

 魔界らしい話です。

「いや、強くても立場によっては、仕事に忙殺されるぞ」

そうなのですか、勉強になりました

 私はメニュー表を見ます。ゾンビを見ても、吐かないようなものがいいですね。ハンバーグとかステーキは絶対嫌です。

 私は通信機に

「パンプキンスープと、ガーリックトーストを下さい」

 今から動くのにお腹いっぱいというのはいけませんから。

「それだけでいいのか?」

 とヴェル。うん、貴方はがっつり食べても平気でしょう。

「車の中の栄養バーも後で食べます」

 と言って、スマホをヴェルの耳に押し付けます。

「ミートドリアと、リブステーキ」

「よりにもよってな注文しましたね?食べてる間、私はそっち向きませんからね」

 スマホに以上です、と告げて私は、仏頂面で部屋を出ました。


 ~語り手・雷鳴~


 フリューエルさんとヴェルミリオンの仲いい声が聞こえた。

 んー。フリューエルさんも、ゾンビと戦いに行く前なのに食べるってだけで、神経は太いと思う。メニューは控えめだけど。

 リリ姉はエビサラダとコーンスープ。ミシェルは野菜の煮込み。

 結局控えめながら全員食べるのね。

ミシェルの野菜煮込みとチューハイを持って、集合部屋に行く。

 俺も、今日は一緒に食べようと思う。固形物じゃなくて血だけど。

 一粒、赤い麦を取り出して、厨房から持ってきた大きいジョッキに水を満たし、放り込む。すると麦はあっという間に溶け、芳醇な香りを放つ血に変化する。

「そういえばそれ、何なのか、お聞きしていませんでしたよね」

「ああ、これ。詳細を説明すると長いから、省略して話すね」

「精神感応で、全容を読ませてもらっても?」

「いいよ。じゃあ、他の連中には口で話す。姉ちゃんが管理する、一年中水の代わりに血で潤う畑があるんだ。そこから採れた収穫物は、多数の人の血が統合されて一つになったもので構成されてる。基本麦しか栽培してない。それが姉ちゃんに献上されて、俺にも回ってきてるってわけ」

 俺はジョッキの血をぐいっとあおる。優しく甘い、女たちの血。

「ついでに言うと、姉ちゃんの都合上、その地に満ちる血は、全部女の血」

「それって違反じゃないんだよな?」

 ミシェルの疑問に

「合法だよ、姉ちゃんは法は破らない」

 そう答えながら、フリューエルさんに詳細な情報を渡す。

「………ええ、確かに合法ですね」

 そういうフリューエルさんは複雑な顔をしていた。


「んっ」

 俺の説明の後は、皆自分の食事を楽しんでいたのだが、食事の終わりごろ、ずっと感じていた不吉な予感が無くなった。

「表に出ても大丈夫になった」

「結局、その、危険な予感の正体は何だったのでしょうね。私の『超能力・第六感』でも、危険だということしか分からなかったので、雷鳴君に聞くのも何なんですが」

「俺にもわからないけど、外に出てたら皆死んでたはずだよ。解決を先延ばしにしただけなのかもしれないけど、今は無理な何かだったんだと思う」

「そうですか………そういう存在への危機感だけは持っていた方が良いでしょうね………仕方ありません。「浄化」の方に力を注ぎますか」

 めいめいが準備を始める。主に得物の手入れだ。


 ~語り手・フリューエル~


 ブーツ(踵は刃)と剣(刃が白く水銀色の長い柄を持つ巨大中華包丁)を軽く確かめて、私は立ち上がります。

 隣では、カイザーナックルを確認しているヴェル。

「魔界に居る時は、何を武器にしているんです?」

 ちょっと興味があって聞いてみたら

「素手だ、鉤爪も使うが」

 とのこと、それは確かにカイザーナックルは扱いやすいでしょうね。

「お前は?」

 と聞かれて、

「色々使います。もちろんこれも正式装備ですが、全身鎧バージョンとかもありますし、あらゆる種類の銃も得意ですよ。貴方と同じように無手で戦うこともできます」

「多芸だな」

「潜入任務とかの都合で、武器が違ったりもしますしね」

「仕事か」

「これも仕事なんですが?」

「そうなのか?」

「話してませんでしたっけ?」

「聞いてない………と思う」

「仕事ですよ。この星を救えと言われました。今となっては、この星を救うために協力し合え、と言われたのだと解釈していますが」

 私たちの無駄話が終わった頃、雷鳴君たちが「準備OK」と言いました。

「では、百鬼夜行へ」


 確かに百鬼夜行と言いました。

 ですが、これは何でしょう?ただでさえ手強かった四つ頭の蜘蛛が、五体。

 そして、それをパワーアップした八つ頭の蜘蛛が二体います。

 挙句の果てに、普通のゾンビは一体としておらず、合成ゾンビばかり。

 それも三つ頭以上の。

 激戦です。

「まずは、四つ頭の蜘蛛と合成ゾンビを削らないと、大物にとりかかっている間に、危なくてしょうがありません!各自とにかく数を減らしてください!」

「「「「了解」」」」

 雷鳴君は、この間と同じ様に、ミシェルを乗せて舞い上がります。

 リリジェンは、肘からの大型砲で、ゾンビの頭をまとめて砕くことにしたようです。

 雷鳴君は、一度えらく奥の方まで突っ込みました。

 私は剣は使い難いとみて、背中に回します。頭蓋骨を、踏み砕いていくしかないでしょう。

 雷名君が、帰ってくると報告してきます。曰く―――

「観光地が終わるあたりまで、びっしりだ!蜘蛛もまだいるぞ!」

「絶望的な報告どうも!」

「いや、ここからだ。「オオキナヒト」が二体いる!リリ姉、ミシェルと交代して、俺に乗ってくれ!」

 わたしは眩暈がしました「侵略者」はなんということを………!

「行ってくださいリリジェン!ここは持たせます!」

 迷いはありませんでした、あれこそ解放すべきものの筆頭。

「分かりました!」

 リリジェンがそういうと、雷鳴君の背中にひらりとまたがります。

 数分後、奇跡の光が通りの奥に見えました。

 リリジェンは目がやられた雷名君をして帰ってきます。

 最初のように、気絶することはなかったようで、何よりです。

 帰って来て早々、雷鳴君から提案を受けました。

 曰く、大技を使う、と。

「今日血を補給してたのも、なんとなく予感があったからなんだ。この状況、一気に数を減らさなければ勝ち目が薄いだろ?」

「ええ、確かに!」

 ゾンビと戦いながら答える私。実感としてそれはあります。

「さっきの往復で「教え・血の魔術・気配察知」で、確認してきたんだけど、この界隈には生きてる人間はいない。だから、そんなに規模はデカくないけど流星群メテオを使いたい。頭に直撃するとは考えにくいけど、押しつぶして行動不能に追いやるだけでも、かなり楽になるはずだ」

「巨大な石を降らせるんじゃなくて、大きな石を複数降らせるんですね?」

「そう」

「この界隈だけに?」

「そうだよ」

「わかりました………!やってください」

「じゃあ、巻き込まれないように下がってて!」

「皆、十メートルほど下がってください」

 それぐらい下がれば十分でしょう。

「教え・血の魔術・欺瞞の隕石!」

 巨石が、観光街に降り注ぎます。ただ、無駄に建物に当てないあたり、大分制御できるのでしょう。的確に、ゾンビの上に落ちます。

 ゾンビの数は身動きできないものも含めて、実質半数ぐらいになっています。

 これなら、このまま「浄化」を進められるでしょう。

「密度を上げられる前に、出来るだけ前に進みますよ」

「了解」

 息も乱さずに―――まあアンデッドですけど―――雷鳴君が言いました。

 流石ですね。

 また、ミシェルを乗せて、飛び上がります。

 今度は、ナイフ装備で立体起動するらしく、上下で倒す対象を分けています。

 リリジェンは、後方から飛び出て前衛に。疲労もあるのでしょう。動けないゾンビの止めを刺しています。

 私とヴェルは、近づいてくるゾンビの迎撃。

 八つ頭の巨大ゾンビが、こちらに向かってきます―――。


 私とヴェルでの迎撃戦になりました。

 前回と違うことは一つ。

 前回の蜘蛛ゾンビは、頭は焼け焦げた人間、後は骨でした。

 今回は、八つ頭も四つ頭も、生の人間のパーツがついていることと、使われている人間のパーツが八つ頭分より多いのが違いです。

 手勢の多さと、肉で威力が削がれ、一撃ではなかなか砕けません。

 四つ頭の蜘蛛ゾンビと同じく、こいつも頭を狙って攻撃すれば、足で防御してくるのですが、肉の鎧でこっちの攻撃が通りにくいのです。

 なので、しまっていた剣を取り出して、線での制圧にかかります。足の方を狙って二撃が同じ場所に当たれば砕けます。

 ヴェルは、その隙に頭を狙い、彼を邪魔しそうな足は私が一撃します。

 それを延々と繰り返し―――

「きぃぃぃあああぁっぁぁぁあ」

 最後の頭が粉砕されました。

「これで、一体!」

次のターゲットは、半ば「隕石(欺瞞の隕石と言っていただけあって、どうもこの星の石です)」に埋まった八つ頭。

頭が「隕石」で二つ潰れていますが、その他は、「隕石」に潰されてその場から動けないだけで、普通のものと変わりません。

雷鳴君、ミシェル、リリジェンが頑張ってくれているので、安心して挑めます。

そして、勝利は確定していました。


観光街の先にいた、八つ頭の蜘蛛ゾンビも倒し、他の味方が頑張ってくれたおかげで、観光街のゾンビは浄化した、とみていいところまで来ました。

皆、結構怪我しています。

私もバトルスーツのおかげで、傷はないものの、打撲がうずきます。

普通のゾンビはいないとしたら、建物の中の確認は無駄かもしれませんが、小型のものが残っているかもしれません。

雷鳴君が、手を上げます

「どうしましたか?」

「俺、気配感知できるから、建物に沿って飛ぼうか」

「………体力は大丈夫ですか」

雷鳴君が、「血の麦」の入った瓶から、一粒取り出して口に放り込みます。

ふう、と息を吐いて、

「これで大丈夫」

といいます。………お願いすることにしましょう。

―――結果

数体のゾンビが引っかかりましたが、簡単に浄化できました。

「これで、もう人間もゾンビもいませんね」

「観光街にはね」

「他は、はぐれを捜さないといけないですね。あと生存者も」

「うん、それについては考えがある」

「それは?」

「軍から拡声器を持ってきたんだ。あいつら、声に反応するでしょ。それに、生存者に出てくるように呼びかけもできる」

「生存者は呼んだだけで出てくるでしょうか?」

「出てこないと立ち去るといえば、出てくるしかないよ。事実なんだけどさ」

「確かに。でもとりあえずは休みましょう、皆ヘトヘトでしょう?」

「俺にあるのは精神的疲労だけだけど。皆はそうだろうね」

「では、少し休みましょう。朝日は雷鳴君が嫌がりそうですし」

「正解」

ということで、拠点に戻り、体についた汚れを落とします。

まあ、私の所ではヴェルが離してくれなさそうですが。


それでも全員が眠りにつき、起きる頃―――夕方でした。時差ボケを元に戻したいところです―――私のスマホにリリジェンからのコールがありました。

「首の噛み痕が復活している」と―――。


とりあえず、ヴェルを残して部屋に急行します。

「開けてください」

「はい………」

スルリと中に入ります。

「見せてください」

「これです」

髪をのけると、小さいですがどす黒い噛み痕が見えます。

「前と同じですか?」

「いいえ、フリューエル様。前よりも明らかに濃いのです。それに、舌は普通に回るのに幻聴が聞こえます。こっちにおいで、仲間になろう………と」

「いつからですか?」

「寝る前に二体の「オオキナヒト」を奇跡で解放した時………相対した時からでした。無視して奇跡で解放したのですが………さっき幻聴が聞こえて、首筋が痛むので鏡を見たら、こういうことに」

「試しに、聖気を注入してみてもよろしいですか?」

「はい」

私は聖気を嚙み痕に注入します。ゆっくり強くしていくと、噛み痕は消えそうになりましたが、消えたと思って聖気をゆるめると、じんわりと復活してきます。

消えた後も、しばらく生気を注ぎ込んでみると、しばらくは消えていましたが、またじんわりと染み出てきます。

「リリジェン、奇跡を使って自分で消そうと試みられますか?」

「やってみます」


主よ 栄光に輝く御主よ

この哀れなる信徒 子羊の魂を

深い淵からこの哀れなる信徒が

這い上がる事ができる強さを持てますように

私を獅子の口が 私を影が呑み込む事が

ありませんように

闇の中に陥ることがありませんように

主よ、聖霊よ どうか光を

聖なる光の中へと魂を導いてくれますように


強烈な聖光。それが嚙み痕に直撃します。

噛み痕は消えはしなかったものの、確かに小さくなり、薄くなっています。

しばらく待っても、復活する様子はありません。

「重ねて奇跡を乞えそうですか?」

「いいえ………その代わりに神託を得ました」

「天帝陛下は何と?」

「すべて消し去るには、其の地で我と深く繋がれる場所へ行けと」

「………ガイアにおける太陽教の本拠地は、アマリカですが………其の地というのがヤポン国内の事だとしたら、いくつか思い浮かびますね」

私は、ここに来るときに頭に叩き込んできた情報を引っ張り出す。

「一番、近いのは御井祐(おいゆ)の天主堂ではないでしょうか?どうですか、そこに行くことが、正しい事だと思いますか?」

「………正しい、と思います。同時に急げと言われている気もします」

「………すぐに集合部屋に全員を集めましょう」


私は全員を集めて、事情を説明しました。

「リリ姉⁉それいつまで大丈夫なの⁉」

一番動揺したのは雷鳴君でした。涙目でリリジェンに詰め寄っています。

「雷ちゃん、焦燥感だけがあっていつまでとは言えないの。落ち着いて」

「………ごめん、冷静じゃなかった。とにかく御井祐に向かおう。ここと同じく観光地だけど、ここみたいに温泉観光通りがあるんじゃなくて、御井祐全体が観光地みたいなもんだから、苦戦すると思うけど」

ここまで雷鳴君が、動揺するとは思っていませんでした。私がしっかりしませんと。

「雷鳴君、落ち着いて。街全体の浄化は、ほぼ不可能でしょう。天主堂の入口まで、装甲車で乗り付けるのがいいでしょう。必要なら祈りの間は、全員で露払いしましょう」

雷鳴君が、ふっと息を吐きました。

「ごめん、俺、今呼吸するぐらい動揺してる」

「アンデッドならではの動揺の方法ですね」

精一杯のジョークに私は苦笑する。

「私が今言った方法でいいでしょうか?町の浄化は、相手せざるを得ないときだけで済ませましょう。この人数では、大したことはできません」

ヴェル、不満かもしれませんですが、戦いに行くのと、死にに行くのは違いますよ。「押さえて下さい。貴方が死ぬと、私が悲しいんですよ」

そう言うと、珍しく動揺した気配を見せて「わかった」と言った。

「フリューエルさんに賛成。それで行こう」

雷鳴君が気を取り直して言いました。

「ミシェル、あなたもそれで?」

「は、はい。もちろんです。」

「小さく聞こえるわ、こっちにおいで、仲間になろうって」

「リリ姉は、それ、誰の声だと思う?」

「侵略者………かしら、多分ね」

「絶対、ただじゃおかない」

そう誓う雷鳴君の言葉が、この場の総意だった。

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