第16話 保養にならない保養地②(雷鳴・フリューエル・リリジェン)
~視点・フリューエル~
ホテルの中に入ったら、ざっと「浄化」を済ませないといけません
なるほど、雷鳴君が言う通り、本当にゾンビが居ません。
手分けして、全ての場所を隅々まで回りましたが回るだけで済んでしまいました。
ですが、管理人室にまでゾンビが居なかったのは何故でしょう?
雷鳴君は念のため、といって近隣の民家を調べに行きましたが、不思議なことにどの民家にもゾンビは居なかったということです。
あっち(観光地)に合流しているのでしょうか?考えるとうすら寒いですね。
私たちは、管理人室にあったカギをそれぞれ持って、二人一部屋で部屋を選びました。組は私とヴェル、雷鳴君とミシェル、リリジェンとつつじちゃんです。
私とヴェル―――というか私―――が選んだのは広い和室でした。もちろんこういうところなので布団ではなくベッドですが。それにつぼ湯があると書いてありますね。これに入ってみたいです
雷鳴君は、面白いから、とブラックライトでイルカやクジラなどの泳ぐ海底の、幻想的な世界が演出される部屋を選びました。ミシェルも面白がっています。
リリジェンは、つつじちゃんとの相談の末、内装は普通ですがカラオケやゲームができる、大画面テレビと、ジャグジーバスがある部屋を選びます。若い女の子って感じで微笑ましいですね。まぁリリジェンは一歩引いていましたので、主につつじちゃんの趣味なんでしょうが。
その他に、大人数で遊ぶ用の大きな部屋があるので、―――露天風呂とかあります―――皆起きたらここに集合、ということにします。キーは私が持ちます。
では、散会。
もちろん、何かあったら、いつでも他の人の部屋をノックしていいとします。
私たちの入った部屋は、思ったより華美でした。ベッドの周りには、木でできたフレームがあり、それが、中華風の雲のようなものを模しています。
天蓋もあり、緋色のリボンが垂れています。
「ヴェル、お風呂に入りませんか、つぼ湯らしいですよ。ああ、ふたつあります」
「………入る」
「普通のお風呂の方で、バトルスーツを洗いましょう。お湯をためますね。」
ヴェルはさっきからずっと、私の方を見つめています。
「ヴェル、どうかしましたか」
「この状況で、どうしたとか言うか?」
………ヴェルとふたりきりなんてよくある事だと思うのですが。
………ああ、完全な安全地帯で、しかも快適な場所で二人きりは、初めてですね。
「その………どういうことなんでしょうか?」
「俺はお前を抱きたい」
え。
私は慌てます、そういう関係になるなんて、想像してはいませんでした。
だが、嫌か、といわれるとそうではありません。
むしろ、わたしはヴェルに好意を抱いています。
そういう好意かといわれると、どうかわかりませんが。
「わたしは精神感応を制御できません。深く繋がると、あなたの深層意識を読み取ってしまいますよ?いいんですか?」
「俺の潜在意識なんて大したもんじゃないだろう。それより抱きたい」
わたしは「降参」と、両手を上げます。
「………バトルスーツを洗って、つぼ湯にはいってからです」
「………早くしてくれ」
「バトルスーツを洗って、つぼ湯に入ってからです」
にっこり笑顔で、繰り返します。汚れたまま抱かれるなんてまっぴらごめんです。
「………ヌゥ」
鉄壁の笑顔の前に黙るヴェル。
わたしはその間にもお風呂の準備を進めます。
その傍ら、冷蔵庫を開けてみます。
中身はお酒とエナジードリンク、コーク、あと十八禁な玩具。
「ヴェル、何か飲みますか?」
「エナジードリンクとやらがいい、疲れてるからな」
「了解」
ヴェルの方に、効果があるのかないのか分からない「バイソン」と書かれたエナジードリンクを投げ渡します。
そういえば、疲れてると性欲って増すんでしたね。
私は、チューハイのレモンをチョイス。
天使は酒に強いので、こんなもので酔ったりしません。
水とコップはあるので、それでもいいんですが。
せっかくこういう場所に来たので雰囲気です。
飲みながら、部屋の棚にあった湯沸かしポットをセットします。
お湯が沸いたら、備え付けのお茶が飲めますね。
足りなくなったら、管理人室に各部屋にセットするための備蓄があるでしょう。
それを言うなら、お酒もたくさんあると思われます。
そうこう考えていると、お風呂が沸きました。
「バトルスーツを、順番に洗いますよ。先に私です」
バトルスーツを脱いで、部屋備え付けのガウンを着ます。裸でやっても構わないのですが、というかそのほうが楽なのですが、ヴェルに目の毒ですので。
5分ほどで、ヴェルにバトンタッチです。こちらもガウンを来ています。
バトルスーツはすすいで、壁にかけておけば乾くというお手軽仕様です。
洗濯したことがなくても簡単でしょう。
「先につぼ湯に入っていますよ」
と言って、私はガウンを脱ぎ捨て、つぼ湯につかります。狭いですが、守られているような感じでいいですね。天界に帰ったら、自宅に設置してもいいです。幸い、地天領は、あちこち温泉が湧いていますし、自宅まで引けば―――。
そんなことを考えていると、ヴェルが来ました。
さっさとガウンを脱ぎ捨て、裸になり、つぼ湯に入ります。
相変わらず、いい体ですね、私は筋力はありますが、筋肉になって目に見える形でつかないので、うらやましいと思います。
「おい」
「なんです」
「狭い」
「我慢なさい、そういうものです」
クスクスと私が笑うと、不貞腐れたような顔になります。いつものヴェルですね。
ざばっと、わたしがつぼ湯から上がり、体と髪を洗い始めると、強烈な視線を感じます。わたしはそれを受け流しながら、ヴェルも体と髪を洗うように言います。
「汚い男と好き好んで寝る気はありませんよ」
と言ったら、大人しく洗い始めました。
この間の屋上のやつは、情報収集目的だったので、その辺目をつぶりましたが。
正直に言って相当に不快でした。相手の出したモノを洗い流すこともできないと来ていましたからね。不機嫌になっていた自覚があります。
多分ヴェルもその辺は分かってくれていると思います。
その後、二人そろって体をふき、ドライヤーで髪を乾かして、化粧水などで、肌に潤いを与えます。嬉しいアメニティですね。このセット、倉庫にあるはずですよね、貰って帰りましょう。任務中は無縁になりがちですから。
部屋の方に出ようとしたら、ヴェルに抱きかかええられました。お姫様だっこという奴でしょうか?驚いて、少し鼓動が早くなります。
そこからベッドまで一直線でした。
私をベッドに横たえると、すぐに覆いかぶさってきて、深い口づけを落としてきます。私を抱く腕に、私も答え、しばし抱き合って口づけを交わしている状態になりました。そこから先は恥ずかしいので省略します。
が、ヴェルを受け入れた際、彼の深層意識が見えました。
思っていたよりはるかに大きな破壊衝動。戦闘への渇望。彼を壊してしまいかねないそれに、彼は抗っています。深層意識で抗っていなければ、表層意識のヴェルは理性のない獣のようになっていたでしょう。抗い切れていない部分が表層意識にでているだけで、深層意識の彼はそれに大きな意志で抗っていました。
予想外の力強い思念に触れて、背筋がぞくりとします。灼熱のような深層意識に触れて、深い満足感を感じます。………私の性欲にも火が付きました。
恐らく天使の中でも十指に入るテクニックでヴェルを翻弄します。
熱い夜は、始まったばかり。
~視点・雷鳴~
入った時点では、そこは普通の部屋だった。
「あれ、下のパネルの見本と違うね」
「ああ、これな」
首をかしげるミシェルにこいこいと手招きする。
寝室は、ミニ・ドームみたいになっていて、ちょっと隠れ家みたいなのだ。
そこにミシェルが入ったのを確認すると、俺はベッドの枕元のスイッチを操作し始める。すると、部屋の照明が落ち、ドームは海中になった。カラフルなイルカやクジラ貝や魚などが表示される。ファンタスティック。
「うわぁ~」
ミシェルの目がキラキラしてる。
「なっ、面白いだろ」
「わっ?シャツが光ってる!」
「ブラックライトに反応してるんだな。蛍光色が入った洗濯洗剤で洗うと、白いものはそうなるんだよ。面白いだろ」
「ああ、久しぶりに楽しい」
「ムードを作ろうとしてるんだな。俺らにとっては、単なる癒しだけど」
「雷鳴でも癒されるんだ」
「俺を何だと思ってるんだよ。こういう絵画も集めてるんだぞ」
「お金持ちの台詞だよな」
「金持ちだからな」
そう言いながら俺は、ベッドルームの外にあるリビングに出ていく。
「どこ行くんだ?」
のこのことミシェルもついてきた。
「冷蔵庫。のどかわいたろ」
探し当てて開けた冷蔵庫は、ラブホって感じのものだった。
「エナジードリンクか。酒だけど、天使は酒強いだろ?水もあるけど、味気ないし酒飲む?レモンか、グレープフルーツだ」
「グレープフルーツで」
「じゃあ俺がレモンな」
次に、収納されてる小さめのポットを出して、水を入れてセッティングする。
その後、リビングのソファ(フカフカ!)に腰かけて、チャンネル表や、料理の注文パンフレットを眺める。ま、チャンネルはもうどれもやってないだろうけど………。
ああ、これならまだやってるかも。
チャンネルをつけると、「あはーん」と喘ぐ女が画面に大写しになる。
「ちょ、ちょっと雷鳴!こんなのかけないで!」
というミシェルの言で、スイッチを切る。
俺はチェシャ猫みたいな笑いを浮かべていた事だろう。
ミシェルがポカポカパンチで叩いてくる、もっと有効打を入れられる身体能力があるだろうに、コミカルな奴だ。
おれは、料理の注文パンフレットを眺める。
「これだけのものが注文できるってことは、どっかに厨房があるな。明日になったら探索して、見つけたら作ってやろう」
「え、ほんと」
そう言ってオーダー帳を再度じっくり見るミシェル。
「冷凍庫が稼働してたら、大抵のものは作れるだろうな。このメニュー見てる限り」
「雷鳴って料理できたんだね」
「ここに載ってるのは、冷凍食品が主だと思うから料理とは言わない。けど料理は出来るぞ、生前の記憶を辿ってだが」
「生前って、雷鳴」
「アンデットはみんなそういう言い回しだぞ。そのままだろう?ちなみに普通の料理は、俺は匂いは大丈夫だけど、食べると胃が動いてないから、そこでそのまま腐るんだ。だから徹底的に吐かないと」
「うへぇ」
嫌そうなミシェルに
「他の普通のヴァンパイアは、そもそも料理の匂いがダメだぞ。ダッシュで逃げる」
と言いつつ、俺たちは寝室に引き上げた。
そこで、ミシェルに一つ、頼みごとをしてみる。
ベッドの上で、布団に潜り込もうとしているミシェルに、
「なぁ、噛ませてくれないか?」
と聞いてみたのだ。
「噛むって?」
とやや不審げに聞いてくるミシェルに
「首を噛んで、血を吸わせてください」
と真面目に返す
「………噛んだらどうなる?」
ちょっと警戒気味に返された
「噛んでる最中は強烈な快楽で身動きが取れなくなる。吸い終わったら、何の異常もなく元に戻る」
「う~~~ん。何で今、そんなことを?」
「普通は一年に一回ぐらいなんだけどな、こんだけ血を使いまくって戦闘してたら、衝動が早まったみたいで、二・三日前から衝動で苦しいんだよ。お前に断られたら、リリ姉に頼もうと思ってる。」
「ちょっと待て、強烈な快楽が生じるんじゃなかったのか⁉」
「だから先にお前に頼んでるんだろ」
「う~分かったよ。血を吸うってどれぐらい吸うんだ」
「個体によるよ。吸いつくさないと満足できない奴もいれば、口が湿る程度で満足する奴もいるし。俺の場合は、献血一回分ぐらいだな」
「それぐらいなら、まあ………ええいっ吸っていいぞ」
「マジで?マジサンキュー!なら代償に、お前が天界で実戦任務に出たら、危ない時は呼べ!助けてやるからな!」
「そ、そんなんいいよ。いいから早くしろって」
「いただきます!」
おれはミシェルを押し倒して―――他意はない―――首筋に噛みついた。
硬直するミシェル。
俺はゆっくり天使の血の味を味わう。濃厚ではないが、ミルクティーのように軽い香りとやさしさのある味。
十分ぐらいで、精神が充足した俺は、ゆっくりミシェルから離れる。
「………ミシェル?大丈夫か」
「お前が言うな。これ、絶対に女の子にやるなよ」
「誰にだって絶対無理やりはしない。我慢が高じて暴走しない限りは」
「お前、我慢してたって言ってたけど、もしかして………」
「三日ほどで暴走してたかな。その前にフリューエルさんに相談してただろうけど。あの人も懇切丁寧に説明したら応じてくれそうだし」
「そりゃあ、暴走の話を聞いたらさせてくれるよ。ってか俺にも説明が欲しかった」
「無防備な首筋が見えてたから、俺にも余裕なかったの」
ああ、衝動がなくなってスッキリした。
「さぁ、朝になったら集合だ、寝ようぜ」
「まったく………まぁいいや、おやすみ」
「おやすみー」
~視点・リリジェン~
つつじちゃんの選択で娯楽室みたいなところが部屋になりました。
鬱憤が溜まっていたみたいで、カラオケで盛り上がります。
こういうノリは、この星の高校に入ってから身につけました。
ただつつじちゃんが、
「最近全然狭いあの車から出れてなくて、くさくさしてるしー。ここも屋外じゃないしー。ちょっとでいいから、太陽に当たりたいってゆうか―」
と愚痴をこぼしていましたので、
「この辺りの家には、ゾンビの気配がなかったから、連れて出て貰えるかもよ。海もあるようだったし………」
「まじっ?」
「明日頼んでみましょうね」
そして、疲労していたので、私は寝るけどどうする?と聞いたところ
「車でしこたま寝たから寝れねー。あたしはゲームしてるから、気にせずにリリジェンだけ寝ればー?」
「分かったけど、ほどほどにね」
疲労困憊していたわたしは、ベッドに潜り込んで、すぐに寝てしまいます。
次の日、私は前日の発言を一生後悔することになります。
~視点・フリューエル~
次の日、朝七時、リリジェンとつつじちゃんの姿がまだないですが、集合場所と定めた大部屋で、皆が思い思いのソファに腰かけています。
ミシェルと雷鳴君はどうも、車で着替えてきたみたいですね。
「洗濯物は溜まる前に、お風呂で洗っておくといいですよ」
と、昨日洗っておいたバトルスーツを身につけて私。
「あー、たしかに。ここに滞在してる間にやったほうがいいかも」
雷鳴君が言います。
「ところでリリ姉は?ここのベッド、目覚まし機能あるはずだけど」
「そんなのあるんですか?」
「ベッドの上のパネルをよく見てみて。まぁ、壊れてる可能性もあるけど」
「そうですか、じゃあ、起こしに―――」
そう私が言おうとした時でした。
「みんな、大変、探すのを手伝って!」
と、リリジェンが飛び込んできたのです。メモを一枚掲げています。
『ちょっと散歩に出かけてきます。あ、銃は持っていくよ! つつじ』
全員(ヴェル除く)の顔から血の気が引きました。
「通信機器が足りないので、ミシェルはリリジェンと組で!他はそれぞれスマホ持って散開!見つけ次第連絡を!」
「面倒な………」
とヴェル。睨んで黙らせます。
しかし、長く捜索する事にはなりませんでした。
ずどん、と、聞きなれた音。銃声。私たちの銃はサイレンサー付きです。つけてないのは―――つつじちゃんだけ。
全員が音の発生原因に向かって集まりました。
そして、全員が言葉をなくします。
こめかみを撃ち抜かれたゾンビが、つつじちゃんの足元に倒れています。
そして、つつじちゃんの肩には、噛み痕。
「ねえ、これってどうにかならないのかなぁ。ならないんだよねぇ。」
泣き笑いの表情でつつじちゃんは私たちに言います
「せせめてさぁ、ンい人間のままままで死なせてよ………う恨まないから」
それこそが、天使と悪魔には法を破ること―――私達にとってそれは死に等しい―――私たちのどうしてもできないこと。
それに誓いでも『人間を殺さない』と定めてしまっています。破ればこれも、死。
天使組と悪魔組は絶句するしかありません。
ただ一人、人間のリリジェンを残して。
「おお願いがいだよぅ、だれかああ、ころろろして、もうもうもうもたないよう」
リリジェンが静かに人差し指を外します。
「ぱしゅん」という音。
同時につつじちゃんが倒れ―――リリジェンがそれを受け止めます。
彼女は、固まったかのような冷静な顔でした。
「拠点に戻ろう、リリ姉、拠点に戻ろう。こんな時になんだけど、嫌な予感がするんだよ」
リリジェンの肩をゆさぶります。
彼女は、つつじちゃんを抱えたまま、立ち上がり、うつむいたまま拠点の方へ走り出しました。
私たちも追走します。
ほどなくして全員が大部屋に、戻ります。
つつじちゃんはひとつのソファに横たえられています。
そのソファの下に座るリリジェン。冷静な顔が溶けて、ぽろぽろと無言で涙を流しています「どうして」「みんなと一緒に行っていれば」と呟いています。
私が口火を切りました
「異空間に行かせていればというのは、全員思っているでしょうが、これは連帯責任です。これ以後言うのはやめましょう。」
次いで雷鳴君が言います
「煙の出ない、目標選択の超高温の炎が出せるから、火葬にして、骨を持っておいて地元に埋めに行くのがいいと思う」
静かにリリジェンが泣き顔ながら顔をあげて
「私たちの学校を「解放」すれば、住所録が手に入るわ。家に帰してあげたい」
「わかりました、全員で付き合いましょう。ただし、観光地の解放が終わってからです。「浄化」してあげずに帰るなんてことはできませんからね」
「わかってます。雷ちゃん、つつじちゃんをベッドの上に運ぶから、炎を」
「わかった」
雷鳴君がリリジェンの後を追い、それにヴェル以外、私とミシェルが後を追います。
血のような色合いの、温度を感じない炎―――対象には超高温なのだそうです―――が、つつじちゃんの全身を包んで、骨にしていきました。
骨壺などはもちろんないので、ベッドのシーツで幾重にも包みます。
そこで、―――ようやく―――リリジェンは、祈りを唱え始めました
主よ、栄光の王よ
解き放ってください
すべての世を去った信徒たちの魂を
そして深い淵から、解き放ってください
彼らを獅子の口から
彼らを陰府が呑み込むことが
ありませんように
彼らが闇の中に陥ることがありませんように
主よ、聖霊よ。どうか光を彼らに
聖なる光の中へとそれらの魂を導いてくれますように
唱え終わると、リリジェンはシーツの包みを胸に抱いて、静かに微笑みました。
「はい、これで暗い顔はおしまい。ずっと暗い顔をしているなんて、ダメですよ。」
そういった彼女は正しく聖女であったと私は思います。
「それぞれの部屋に戻りましょう?あ、私は部屋を変更させてもらいますけど」
「はい、ご自由にどうぞ。どの部屋か教えて下さいね、あと………遅きに逸した言葉なのは百も承知なのですが………申し訳ありませんでした」
横でミシェルが一緒に頭を下げる、こちらは泣いてます。
「ごめんな、リリ姉。向こうの安楽死の時みたいなことさせて」
「えぇ、あれで耐性がついているので大丈夫。でも、すこしだけひとりにさせてね」
なるほど、病院勤務で天使課………同胞も罪なことを。
「ヴェル、部屋に引き上げましょう。ミシェル、君の分のスマホを彼女に。雷名君と一緒に部屋に居てください。」
と言ったら雷鳴君が
「俺、このホテルの探索するよ。主に厨房。皆なんか変化ないとやってられないだろ?俺の『勘』はまだここから出るなって言ってるし。リリ姉が率先して暗い顔なしつってるんだ、お通夜みたいなのはやめようや」
「そう………ですか。わかりました。ならわたしとヴェルは、全部屋を開けて回って、もしもの事があれば「浄化」することにします。浄化した体は不衛生ですので、できればさっきの炎をお願いできませんか?」
「わーお、吹っ切るなり積極的だね。あれ結構疲れるんだけど、まぁ大した量見つからないだろうし、いいよ」
ああ、いつごろでしょうか、私が泣かなくなったのは。
同胞の、人間の死すらも、私を泣かせることは出来ません。どんなに悲しくても。
だから、泣くより行動する事を選びます。
ヴェルをつれて、私は集合場所を出たのでした。「浄化」のために。
~視点・雷鳴~
まだ泣いてるミシェルの首をホールドして、軽く頭にパンチを食らわせる。
「だれかが泣いててやるべきだけど、ずっと泣いてるべきじゃない。時々思い浮かべて涙を流してやれよ。」
「そんなこと言ったって、心の整理が………雷鳴は泣かないんだな」
「違う」
「はっ?」
「俺が流すのは血の涙だ。魂から慟哭を感じた時にしか泣けない。今回のはちゃんとこたえたよ。でも血の涙を流せるほどじゃないんだ。守ってあげられなかった後悔はある。けど、いつかこうなる気はしてた。ああいうことになって、リリ姉があんなにダメージ受けるとは思ってなかったけどね」
これは本音。リリ姉にあんなにダメージを与えたのは、許せないとすら思っている。
全部勝手な行動の結果だったからだ。
「ダメージは受けてるんだな?」
「そうだよ。お前もこういう事態、予想しなかったって言いきれるか?置いていく時いっつも内心、心配だったろ」
「それは………」
「皆の心配が現実になったんだ。受け止めて、泣くのは彼女を思って祈るときぐらいにしておけよ。泣いてる奴がいて一番暗い気分になるのは、おまえ本人じゃなくてリリ姉だぞ」
「………けど、自然に出るものは」
「我慢しろ、リリ姉のほうがきっと我慢してる」
これがトドメになって、ミシェルは泣くのを―――多分根性で―――止めた。
よし、厨房を捜そう。
厨房はすぐに発見できた。管理人室の奥である。
そして、やはり素材のほとんどは冷凍庫にあったので、メニューの再現がある程度可能となる。業務用冷蔵庫のデカさに、ミシェルが目を白黒させている。
スマホを使ってオーダーを取った。
まだ、各部屋を回っているフリューエルさんは、もう少し後にしてくれとの事だったが、リリ姉は―――食欲無いと言ったが、食べなきゃダメと押し切った―――キノコのリゾットを注文した。カトラリーと盆を見つけ出し、ミシェルに届けさせた。
結局フリューエルさんが見つけたゾンビは、全部部屋に閉じ込められてたアベックだった。すべて「浄化」し、一室にまとめてあるので来てくれとの事。
その部屋に向かい、『教え・血の魔術・血の炎』で、死体だけを焼き尽くした。骨はまとめてシーツでくるみ、俺の「外出不可」が解けたら、土に埋めるそうだ。
その後、自室に帰ったフリューエルさん達から、「春野菜のパスタ」と「牛ロースのステーキ」の注文が入った。
残るはミシェルだけである。さっきからウェイターみたいになってるが。
「お前は?」
と聞くと
「何が?」
と返ってきた、アホか。
「何食うの」
「あっ、そうか。どうしよう」
「肉が入ってないもんならここらへん」
「わかった、じゃあ、マルゲリータピザで」
了解。
これで、皆一息つくだろう
~視点・リリジェン~
守ってあげられなくて、ごめんね。
貴女が一番危険なの、分かっていたのに。
前日に情報をもらすんじゃなかった。脅しておけばよかったね。
海がある事まで言っちゃって………私は馬鹿だ。
痛みなく安楽死できただろうか―――それだけが心配だ。
魂は必ず守られて逝ったはず。
主よ 永遠の安息をかれらに与え
絶えざる光を彼女の上に照らしたまえ
彼女の安らかに憩わんことを
小さく祈りを唱えて、ため息をつく。
明日には、普通にしていなくては。
主よ 栄光に輝く御主よ
この哀れなる信徒、子羊の魂を
そして 深い淵からこの哀れなる信徒が
這い上がる事ができる強さを持てますように
私を獅子の口が 私を影が呑み込む事が
ありませんように
闇の中に陥ることがありませんように
主よ 聖霊よ どうか光を
聖なる光の中へと魂を導いてくれますように
わたしは、深く祈りを唱え、眠りについた―――
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