第20話 試練と信仰(雷鳴・フリューエル)
~語り手・雷鳴~
現在三日目、夕方の十八時です。
順調に進んでいる。それは間違いない。
だが、6時間経っているので全員に『教え・治癒・痛覚鈍麻』はかけておく。
御井祐までの道のりで、この先はトンネルになっているはずだ。
トンネルは、あった。障害物付きで。
四つ頭蜘蛛ゾンビ×四体 八つ頭蜘蛛ゾンビ×二体 十六頭蜘蛛ゾンビ×二体
まるでこの先には行かせないぞ、という声が聞こえてきそうな布陣だ。
十六頭の奴など、蜘蛛というより、巨大で歪なホールショートケーキのようになっている。頭がイチゴ、多関節椀がクリームか。
我ながらイヤな例えである。どうせヴァンパイアなので食べないが。
幸い、向こうから向かってくる様子はない、通話する時間はあるだろう。
「フリウ、四つ頭の蜘蛛が四体、八つ頭の蜘蛛が二体、十六頭の蜘蛛?が二体なんだけど、どうしようか」
「あなたはどう見ます?それと十六頭の蜘蛛?って何ですか?」
「この布陣なら先に小さい方から狙う………かな。ちなみに十六頭の蜘蛛は。ほとんど形が丸いパイかホールショートケーキみたいになったゾンビだ。体の上に降り立って戦うしかないだろうと思う」
「それでいいと思いますよ、蜘蛛ゾンビは、八つ頭で確認しましたが、体の上つまり頭のある場所に対する防御と攻撃は厄介です。ですが、踏み攻撃は大雑把です。十六頭は見たくもありませんが、それの強化版でしょう。」
「ああ、確かに」
「大きくなるほどそうだと思われます。上下どっちも同じぐらいの精度で攻撃してくる、四つ頭を先に狙いましょう」
「了解」
「リリジェンはどれかへの集中射撃か、援護。小さなのが狙えそうならショットガンを使って下さい。それ以外は射程のない空気砲を」
「分かりました」
「四つ頭を倒したら、先に十六頭の方にそれぞれ向かいましょう。そうすれば今、側面のドアを開けて確認しましたが、かなり高低差があるので、たぶん、こちらに八つ頭の攻撃は届かないと思います。あくまで多分ですから、注意はしてくださいね」
「なるほど、分かった」
「最後に八つ頭を浄化しましょう。特に十六頭、変な仕掛けがされてないか、くれぐれも注意してくださいね」
「「「「了解」」」」
「それでは、行きましょう」
というフリウの号令で、全員が動き出した。
「ミシェル、また俺の上に乗れ。今回はショットガンと拳銃、両方使え。今回はゾンビの顔の状態を気にしてやるのは無理な相談だからな?」
ミシェルが神妙な顔でうなずく。
「ここまで妨害くらうってことは、進んでる道が正解だってことだよな?」
「そうだ、だから手段は選んでられない」
「分かった」
「よし」
俺は背中にミシェルをおんぶして、『教え・瞬足三・飛行』を使う。
俺の体が宙に舞う。これに重ね掛けして「剛力十」「頑健十」を使う。
これで、俺の体はナイフより硬く、銃弾より力強くなった。
ミシェルは俺の体に騎乗する形になった。
四つ頭の蜘蛛ゾンビは、高所からの攻撃に対応できなかった。
頭の上にショットガン&離脱ついでの二連蹴りの繰り返しで沈黙する。
二体とも同じ戦法をとったが、学習している様子はなかった。
フリウの組も順調に行っているようだが、こっちの方が早い。
向こうの組より先に、十六頭の蜘蛛ゾンビのところに行くことにする。
頭上までたどり着いて、さっきの高所からの攻撃と同じことをしようとしたら、肉の腕で一斉に防御しやがった。
こいつ、多関節椀が頭のところまで届くのだ。
それならそれで、と、ショットガンで骨を穿ち、俺が素手で四~五本の腕を折り取っていく。向こうが攻撃に転じようとしたときには、もう俺たちは高みにいる。
ただ、この戦法、リスクが少ない代わりに、ダメージも少ないのだ。
「ミシェル、よく聞け」
「なんだ?」
「このままだと、ほぼ膠着状態になる」
「確かに、相手が大きすぎるんだな。頭数分の体だけとは到底思えない。百人分はあるんじゃないのか」
「それに、肌で覆われてるのに、ところどころむき出しの筋肉があるな。あれが悪さをしてこないとは、到底思えない。が倒すためには、下りるしかない」
「そうなのか?」
「ああ。航空攻撃じゃいつまでたっても倒せない。俺はお前に行く腕を全力で破壊し、かつ防ぐ。お前は生首を撃つんだ。出来るだろう?」
「わ………わかった、やる!」
「俺はまず怪我しないし、したとしてもこっち向くなよ。敵に集中しろ」
「雷鳴が怪我⁉そんなの、会って以来じゃないか」
「イヤなもん思い出させるな。大丈夫、どうせ再生する」
「あ、そうだっけ………」
「しっかりしろよな。行くぞ!しっかりつかまってろ」
高空から超急速落下をする。着地地点の腕は粉々にした。そこにミシェルを下ろす。後はひたすら腕を破壊しながらミシェルを守るだけ。
「頭だ!ミシェル!頼んだぞ!」
「おうっ!」
頼もしい声出すようになったもんだ。
移動しながら、拳銃を撃っていくミシェル。小さく祈りを唱えながら。
俺は、その移動に合わせて移動し、ミシェルに行くべく繰り出されてきた攻撃を全て受け止め、出来る事なら破壊する。たまに取りこぼすが、それはミシェルがショットガンで対応する。
ミシェルは、拳銃で一体一体慎重に、撃ち漏らしのないように撃ってる。
ショットガンでまとめ撃ちしないのは俺たち二人ためである。
二~三体ずつのペースだと、俺の破壊と防御が追い付かない。
前のやつがまだ片付いていない状態になってしまうのだ。
そうするとミシェルはともかく、横移動した俺には多関節椀が届いてしまう。
やれやれ、腕を殲滅するしかないのか。
ずぼっ!
相手の押す力にわずかに足が滑った。
そのまま筋肉がむき出しになってるところに、足をついてしまう。
避けていたのに!
俺の右足首を呑み込んだ筋肉は、ガリガリガリ、と中に骨のノコギリでもはいっているのだろう。俺の右足をすり潰し………きれない。途中で止まった
「ッ痛ぅ!!!」
痛いが、切断は免れた。
当たり前だ『頑健十』がかかっているのだから、今の俺の体は鋼より硬い。
相手もある程度までは鋼鉄をすり潰す力はあったようだ。
『剛力十』も発動させているので、強引に引き抜く。
骨がのぞいているが、動くならそれでいい。どうせすぐに再生するのだ。
『教え・観測・伝達』を使って、フリウとヴェルにこの筋肉の正体を知らせておく。
ちなみにこの教えは一方通行なので、向こうからの声は聞こえない。
さらに、俺は腕を千切り、破砕していく。
ちょっとまだ踏ん張りが効くまで時間がかかるので、足場の位置には要注意だ。
「ミシェル!まだかっ⁈」
「あと八体!これ以上ペース上げたら雷鳴が対応できないだろっ!」
確かに、その地点の腕をある程度まで減らさないと、横移動に苦慮する状態だ。
ここまで質量があるとは、空から見ていた時には実感がなかったが、飛び込んでみればこの有様だ。打撲も多数だが、それは二~三秒で治る。
爪で与えてくる切り傷も問題ない。服が破れる方がイヤだ。
アザに当たった時が、防御の仕様もないため一番痛い。目の前がチカチカする。
ただの怪我なら大丈夫ではあるが、血を使って治すのがうちのヴァンパイアの特色なので、血への渇望が強くなる。
血を求めて暴走しないようにどっかで隙を作って麦を飲み込まないと。
これ………俺でもキツイのに、フリウ達には結構な負担になるんじゃないか?
いや、戦闘能力は二人ともあるから、大丈夫か。
多分、先に腕を殲滅してから、「浄化」するのだろう。
もうすぐ、十六頭の最後が視野に入る。
良かった、もうすぐだ―――。だが、気を緩めるわけにはいかない。
腕も三十本ぐらいだが、残っているのだ。
振り返った先には………我ながら、あれが人間なら大虐殺だな、と思う光景が広がっていた。この三十本もそれに加わるわけだ。
戦闘はすぐ始まって、五分せずに終わった。
引きちぎられた腕、関節を逆にされた腕(一か所折っただけでは動くので)、複数個所折られた腕。惨憺たる有様。この光景の中で、ミシェルが最後の頭蓋を砕く。
その瞬間。『勘』が働く。
それは全身を駆け巡る衝動になって、ミシェルへ俺の体を運ぶ。
俺がミシェルの鼻と口を塞いだ瞬間。
ブシュウウウウと、立っているところから、アザの原因になったものと同じものが吹き上がってきたのだ。俺は、ミシェルを抱えて飛び立ち、車に戻った。
「手と目と顔と髪を洗え!それが済んだら着替えだ!今着ている服は捨てろ!」
矢継ぎ早に指示を出しながら、自分も指示と同じことをする。
「それが済んだら、武器を拭いて、もう一回飛ぶぞ、八つ頭がまだ残ってる!」
そう言いながら、やっと取れた合間に「血の麦」を二つ、口に放り込む。
食べすぎ、というサインが体から出されるが、これからまだ『教え』を使う―――継続分も含めて―――のだ、構わないだろう。
それと『教え・観測・伝達』を使って、フリウとヴェルにこの情報を渡す。
戻ってきた時に見た限りでは、まだ半分ほどしか進んでいないようだったから。
あと、八つ頭は元気なのが一匹、リリ姉の空気砲―――まさしく「砲」―――に半分ほど頭と腕がやられたのが一匹。
リリ姉、すげえ。
元気な方を担当しよう、高空からの攻撃が有効ならいいんだが。
~語り手・フリューエル~
まず、四つ足からです。一人一体。ヴェルと分散行動をします。
「倒したら、合流。くれぐれも単騎で向かわないように」
四つ足の相手は、もう慣れてきました。最低限の攻撃で動きを止め、上に飛び乗り、一閃。ただの一閃で四つすべての頭蓋骨の頭を破壊します。
その際、上半身が動いたことにより、アザのある場所が悲鳴をあげます。
が、『超能力・身体強化』をMAXまで上げて無理やり無視します。
短く黙祷を奉げ、ヴェルの姿を捜します。
丁度向こうも「浄化」し終わって、私の方へ来るところでした。
「あの十六頭、デカいな。外面を登るか………?」
「そんなことしてたら、二人とも死ねますよ?私が念動を使って持ち上げますから」
「また、疲労で動けなくならないだろうな?」
「まだ序盤ですし大丈夫です。この後の展開次第ではなりふり構っていられなくなるでしょうが」
「………大丈夫なんだろうな」
「今の状況ではなんとも。………でも大丈夫です。貴方が横にいるのですから」
言葉に詰まったヴェルは
「………行くぞ」
と言って十六頭に向かった。ちょっと耳が赤い。
微笑ましく思ってから「違うでしょ」とヴェルをがし、と背中から抱きしめる。
剣は背中。アザは背中にも胸にもありますので、少しどころじゃなく痛いです。
『超能力・念動』で、二人分の体重・体積をびます。
ちらりと、雷鳴君の方を見て、納得。
雷鳴君と同じく高空から落下、最初の立ち位置を作ります。
「ヴェル、着地と同時にショットガン!」
「わかった」
それを聞いてから、適当な場所から落下。
落下で足が痛みます。ケロリとしている雷鳴君の体は反則ですね。
ヴェルを下ろし、「腕」の殲滅開始です。
その時、雷鳴君の声が脳裏に響きました。筋肉の部分の危険について。
「ヴェル、聞こえましたか」
「聞こえた。ロクなもんじゃないな、全く」
では、改めて―――殲滅開始。その後で頭を「浄化」です。
2人でやってなければ、もう詰んでいました。これほど物量があるとは。
これほどの死体を結合するのも充分冒涜的です、と侵略者への怒りが募ります。
私、アザのせいで怒りっぽくなっているでしょうか?
目の前の腕が、一閃で折れないモノが時々あることにイラつきます。
限界まで、『身体強化』しているのに。
討ちもらしは蹴って仕留めます。
因みに、例の筋肉は、蹴りを入れた時滑ってしまった足をどうせなら、とかかとの部分だけ「刺して」みたら(ブーツのかかとは刃です)ガリガリガリと削ろうとする音は聞こえましたが、沈黙しました。かかとの素材はタングステンの合金ですからね、いくら鋭利でも骨では砕けないでしょう。骨の方が砕けた模様。
ヴェルの方は、足場選びに慎重さを重ねているようです。
継続して、私たちは、物量の前に苦闘していました。
バトルスーツのおかげで、切り傷はありませんが、かなり打撲は負っています。
戦闘に集中しているため、『超能力・治癒』をかけるタイミングがありません。
こんな時だというのに、ヴェルはトリップしたかのように腕を潰しています。
「もうその腕は動きませんよ!」
とアザのある場所を思い切りつねって元に戻します。
彼は「いづっ」と言った後、憮然としてから、次に向かいました。戦闘継続です。
ここから先は、同じような戦闘、というより作業です。
私が一閃し、討ちもらしの「手」の根元を蹴り砕きます。
ヴェルは、内側に入り込んで、根元を叩いています。
その繰り返しに終わりが来ました………と思ったら。
雷鳴君から伝言です。
『最後の頭を潰したら、アザを受けた時の液と同じモノが噴出するから回避しろ』
という内容でした。
「おい………どうする?潰した瞬間飛び降りるか?」
「嫌ですよ、骨とか折ったらどうするんですか。飛んで退避した状態で、あそこにある大きなコンクリート(落盤でもあったのでしょうか)を落としましょう」
「………わかった、それでいこう」
それは実行されました。
ついでに私は、雷鳴君たちが取りついていない方の、半壊した八つ頭にさっきのコンクリートを再利用して落とします。
どうも八つ頭は高空からの攻撃が通じるようです。あとは、ヒット&アウェイでカタが付きました。
皆が車に戻りました。
「疲れましたね」
私の一言にヴェルと雷鳴君が賛同します。
ミシェルは「止めをさしていくだけだったから」と。リリジェンは「遠隔攻撃だけだったから」と遠慮していますが。
「この先四時間で、もう一度、同じことがあった場合、疲れたままで乗り切れるとは思えません」
「疲労と怪我は、俺が何とかする。後四時間なんだ、敵に時間を与えたくない」
「何とかできるんですか?」
「ああ、まとめて全員にかけるから、皆動かないで」
『教え・癒し』『教え・癒し・疲労回復』『教え・癒し・痛覚鈍麻』『教え・風化』
「………っと。こんなもんだね。「風化」は対象を全部チリにする教えね、今回はゾンビ関連のものすべて。………で、俺が疲れた」
そう言って「血の麦」を取り出して飲み込む。
「後、吸血。後でミシェル頼む」
「わ………わかった」
何故赤くなるのでしょう。
「それと、天主堂で、なにかよくない事が起こる気がするから、ちょっと啓示を聞きたい。トランス状態になるから、前みたいに言動を記録しておいて」
「わかりました」
それに私が頷くと、雷鳴君は座禅を組み、瞑想からトランス状態に入りました。
「どうだった」
「まとめると、天帝陛下の奇跡のあと侵略者が手を出してくるそうで、リリジェンさんは全く心配しなくて大丈夫ですが、私たちのアザは、あまりマシにならないかもしれない………というかマシになるものの、呪いをかけなおされるという感じでした」
「………要は、状況が改善するのはリリ姉だけだってこと?それなら俺たちは天主堂に入らない方がいいんじゃ?」
「それだと、リリジェンが死ぬそうです」
「聞いてみたんだ」
「ええ、トランス状態の巫女を導く要領で」
「うん………その聞き方であってるよ。なら、全員で行くことは変わりなし。しゃーなし、だな」
「ええ、そうですね。予定通りに。それなら、予定通り私とヴェルが運転ですね」
「死んだ障害物、どうするんですか?このままだとトンネルに入れないんじゃ?」
ミシェルの懸念はもっともだろう。
「今聞こうと思ってました。何か思いつきます?私だと血肉を削って、隙間を作るぐらいしか思いつかなくて」
「いきなり凄い血生臭い事言われたよ!」
「すいません、体の痛みで物騒な方に思考が行きがちで………」
「ああー鈍痛とはいえ、その範囲はキツイかぁ」
「冷静さは保っているつもりなんですが」
「うん、できないことは言ってないもんね。あれはね、主に塞いでる奴を『教え・風化』でチリにしてしまおうと思う。すごい疲れるけど、俺は血を飲めばいいから」
「そんなことができるのですか………お願いできますか?本当は、全部とお願いしたいですけど、それはこの道行きで「浄化」した人たちも一緒ですものね」
「うん、わかってくれて嬉しい。じゃあ、ちょっと行ってくるから」
その『風化』の光景を見たくて雷鳴君についてきてしまいました。
「『教え・風化』」
普通の風化とは異なり、まるで真白い花びらが、無数に剥がれ落ちていきながら消える、そんな光景でした。
―――それこそ「浄化」と呼びたいような。
短い間でしたが、私は痛みを忘れて見入ったのです。
「さぁ、車、通れるようになったよ」
「あ、ああ、そうですね。結局半分は風化させたんですね」
「普通に通行したかったからね」
そう言って雷鳴君は車の中に戻りました。「血の麦」を飲むんでしょう。
私は運転席に滑り込んで、通信機でヴェルに来るように伝えました。
ほどなくして、ヴェルが助手席に入ります。
~語り手・雷鳴~
俺は車の中に戻ると、「血の麦」を飲む。
残りが心許ない。どうするか。
リリ姉は屋根。ミシェルは仮眠をとっているし、こいつに相談しても仕方ない。
フリウに相談してみるか。通信機を手に取る
「もしもーし、俺、血の麦が足りなくなってきたんだけど。これ、この後の作戦に支障出るよね」
「え………レイズエル様って、この状況、見てるはずですよね。口に出してお願いすれば、何とかして下さるのでは?さすがにあなたの戦力激減はまずすぎる事態ですし。提供するにしても、私たちの血だけじゃ足りないでしょう?」
「………あ」
「………今のは何ですか?」
「ごめんなさい」
「疲れ、取れてるんですよね?」
「精神的な疲れはあるかな」
「それは皆一緒です」
「はい………」
通話機を置いた
虚空を見つめて話しかける、姉ちゃんの誰よりも美しい顔を思い浮かべて。
「姉ちゃん、さすがに俺に無理が効かなくなると、皆のアザの痛みとか、ヤバいと思う、だから、『麦』ちょうだい」
ふっ………と虚空に大人の男の拳二つ分はある革の袋が現れた、ぽすんと落ちる。その口から「麦」がこぼれる。それを飲む。革袋の口を閉めなおして―――。
これぐらいならコートに収納できる。
――がんばりなさい―――美しい声が聞こえた気がした。
それだけで頑張れる気がした。
通話機から声が聞こえてくる
「市街地に入りました。住人はすっからかんです。見える範囲にはゾンビもいません。御井祐も市街地はそうでしたね」
「そうだな………他の場所との落差が激しい、どうしたんだろうな」
「もうすぐ天主堂に着きますよ、正門に車でつけます」
寝てたミシェルを叩き起こしておく。
―――ほどなく車が静止したのが伝わってきた。
側面のドアから滑り出る。
最近すっかりスナイパーになってるリリ姉も屋根から下りてくる。
7月だし、スナイパーやってると綺麗な肌が日に焼けてしまいそうだ。
前部の二人も滑り出てきて、ドアの閉まる音だけが響く。
気味が悪いぐらい静かだ。
天主堂の中に突入したが、やはりだれもいなかった。
リリ姉が聖印を取り出し、祈りを捧げる準備を始める。
主よ 栄光に輝く御主よ
この哀れなる信徒、子羊の魂を
そして、深い淵からこの哀れなる信徒が
這い上がる事ができる、強さを、持てますように
私を獅子の口が、私を影が呑み込む事が
ありませんように
闇の中に陥ることがありませんように
主よ、聖霊よ どうか光を
聖なる光の中へと魂を導いてくれますように
強烈な聖光。俺とヴェルは、あらかじめ後ろを向いていた。その時。
ゾクッと背筋が寒くなる
「な」―――何かくる、と叫ぶ前に上を向く。
そいつら―――蟻?―――は天井から上半身だけを出し、巨大な顎?を開き、大量の汚液を俺達の上にぶちまけた。
リリ姉にかかる事はない、まだ収まっていない聖光が守っている。
「ここから退避!車へ!」
フリウの判断は素早く、俺の思考が再起動する。
『侵略者は個体ではなく群でして、アリのような感じでした』
車に戻り、全員(リリ姉以外)裸になって全身を洗う。
水を補給してきてよかった。全員裸になって体を洗っている。
フリウはリリ姉にカーテン代わりになって貰いながら洗浄作業をしていた。
全員が服(ストックが軍服しかなかった)を着て、リリ姉に適当な場所まで車を移動させてもらった。
人によって被害は違った。俺は、声を上げようと口を開けてたのが災いして汚液を呑み込んでしまった。
いつかのフリウのように吐くのではなく、俺は体を切り裂き、直接胃を洗った。
今回の結果リリ姉は、ゾンビにならずに済んだ。ちゃんと奇跡は行われたらしい。
だが、各自、刺青が悪化した。リリ姉にゾンビになられるよりはマシだが………。
フリウ、両肩からヘソまで、背中も。
俺、左右の腕付け根まで。
ミシェル、右腕の肩までと、左肩。
ヴェル、両肩から両腕の手首まで………といった有様だ。
特にフリウが重傷だ。これでは寝るときも運転してるときも辛いに違いない。
仕方ない、一気に血を使うからやりたくなかったんだけど―――。
「『教え・治癒十・痛覚鈍麻』」
全員の険しい顔が、思い切り緩んだ。俺は麦を手にして飲み込む。
「効果が切れる度、毎回やってたら麦がいくらあっても足りないけど、今回は」
「ありがとうございます。千切れるものなら皮膚を千切りたかったですからね。久しぶりに鈍痛もない普通の感覚ですよ」
残りの二人が頷く。
「すいません、まるでわたし解釈のせいで悪化させたみたいで………」
「そんなことないよ。それより、啓示が外れた?俺たちは一度良くなってからまた元に戻るみたいな感じだったけど―――」
「それは、多分私の解釈間違いでしょう。啓示がおかしいのではないと思います」
「それならいいんだけど。あれ(啓示)フリウしか解読できないと思うし」
「この後、どうする?」
「指標がないんだよな………またトランスモードに入ろうか?」
「私の解釈で良いんですか?」
「俺の知ってる限り、姉ちゃんを除いて解読者五指に入ってるよ。適役だ」
「………ありがとうございます」
じゃあお願いします―――と言われた。
俺は深く瞑想し、トランス状態に近づいていく。
ぱちり、と目を開けた。
「どうだった?」
「二つ道があるようです。両方選ぶこともできるようですが―――ひとつは、あなたの集めた情報で人助けする道。それから、
「それなら俺は、人助けしながら右成京に行きたい。特に何人か助けないといけない奴もいるし。助けられるなら、二ルート合わせて行きたいね」
「人助け、だと?お前悪魔のはずだろう」
「そうだけど、うちの「癒しの氏族」の戒律は「助けを求められたら助けなくてはいけない」からな。たとえPC越しでも、手が届くなら助ける」
「………それで昇天しないのか?」
「俺の食べ物は何でしょう」
「血―――すなわち命」
ミシェルが答える
「それで昇天すると思うか?」
「なるほどな、わかった。呆れたが」
「ちなみに俺は、時々ミシェル《てんし》の血を飲んでるけど、よっぽど耐性がないと、飲んだ方が死んじゃいます。劇薬だな」
「ルートに異論のある人はいないようですが」
「俺は、人助けには参加せんぞ」
「ええ、あなたは黙って車に乗っててください」
「………」
「ルートに異論のある人はいないようですが、これで決定でいいですか?」
「いいよ」
「大丈夫です」
「はい」
「………」
「では―――痛覚鈍麻の効力があるうちに、みんな寝ましょう!ゾンビはいないようですから、装甲車の中なら大丈夫でしょう」
明るくそう言って、ごろんとソファに横になるフリウ
全員、寝てないことには変わりなく―――賛同となる。
もう一つのソファはリリ姉に譲って、俺とヴェルとミシェルは床に敷いたマットで寝る
おやすみー。
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