第21話 人助け(雷鳴)

 リリ姉を除いて全員が起きた。

 偶然ではなく、『痛覚鈍麻』のレベルが時間経過により下がり、ひりつく痛みを感じるようになったからだ。大体寝てから6時間弱。

 まだ普通に寝てるのはリリ姉だけだ。

 リリ姉を起こさないように、小声で会話が始まる。


「おはようございます、ひりつくだけでもかなり痛いですね、これ。」

「フリウのは範囲が酷いからなぁ。でも、術をかけるなら、一日二回、強度五で全員に能力使う。強度を一人だけMAXにすると血の消費量が跳ね上がるんだ。制御を密にすれば、一日一粒の麦で済むと思うし、それでなんとか頑張ってくれない?」

「大丈夫です。むしろ「痛覚鈍麻」をかけてもらえるだけでも助かります………ヴェルも私の次に酷いようですし」

「………お前ほどじゃない。お前は体をもう少し労われ。車の操縦は俺が代わる」

「ありがとう、ヴェル。でも、気晴らしになるので運転はします。手のひらと手の甲はアザがありませんので。それとあなた、運転できるんですか?」

「車の運転経験はない。運転する場合見様見真似になる」

 フリウは頭痛そうに

「………気晴らしになるので、運転は私がします」

 と言った。

「気晴らしになるならいいが………アクロバットな運転はするな」

 しかめっ面になりつつ、ヴェルはそれだけ付け加えた。

「しばらく戦闘はしたくないよ、アザが痛すぎる。何故か手首より先にはないけど」

 と、ミシェルが自分のアザを見つつ呟く。ショットガンを撃つなら、腕に反動の衝撃が来るから、かなり痛いだろう。だが拳銃なら平気なはずだ。

「戦闘したくないは、道行きに「オバケ《ゾンビ》出る」から無理にしても、何故か全員手首より先にはアザないよな。拳銃なら痛みなしに撃てる」

「手首から先にはないのは、大抵手のひらが能力の噴出口なので、付けるのが難しいんじゃないですかね」

「あぁーありそうだなそれ」

「手首から先にアザが付いたらかなり嫌ですねぇ、おっと、こういう事は口に出さない方がいいんですよね」

「途中の量販店か何かで、薄いゴムの手袋、買っとこうぜ」

「それが良いですね」

 途中、見つけたので早速買って、全員が装着した。嫌な未来を避けるために。


 その後、完全に目が覚めた様子で、全員(リリ姉も起きた)で、顔を突き合わせた。

「雷鳴君、貴方が助けたいという人々は何処にいるんですか?」

「俺が作った「生存者の集い」っていうPCのサイト上で、俺に助けを求めてきた連中だね。あと、道中で拾えそうな住所の連中。このサイト、住所と本名記載が、参加条件だから―――進路についての案はこんな感じ」

 大雑把にここ、最西からぐねぐねと曲がりくねりながら、最右の首都右成京うせいきょうまで続くルートだ。詳細地図に起こすこともできる。

「ずいぶん時間がかかりそうなルートですね。でも、それだけの人が助けを求めているのなら―――やりましょう」

 フリウが微笑んでいた。ミシェルも。

 ヴェルは反対を向いて窓を見ている。関わり合いになりたくない、というように。

 悪魔ならそれが普通というかこれでも寛容。天使に意味もなく他人を殴れと言った時と同じリアクションだと思えばいい。

 恐らくフリウとの『誓い』のためだけにここに居るのだ。

 意見を求める方が間違っているのである。


「これだけ入り組んだルートだが、直線距離にして本土を二往復する程度のものだ。本土以外にはいけない。そういうルートにしたら時間がかかりすぎて危険だと、『勘』が囁くんだ。だから自分の『勘』を信じて、削りに削ってこのルートにした。最終的には右成京に着く」

「わかりました。戦いよりはよほどいい………異論はあるでしょうが」

「回りましょう!人助けです!」

 天使二名はキラキラしている。俺自身は、悪魔だが、平静な気分だった。

 やらなければいけない義務を行う時、それが今。


 まさにそういう気分だった。


「音信不通になってるメンバーも結構いる。そういうのは今回リストから外しているから、西端のここから出発して、1日に拾えるのは三人~四人ぐらい。それを位置を変えながら、30日間繰り返す。終わったら右成京だ」

 フリウが引き継ぐ

「補給は、まだ携行食が残っているのと、ガソリンスタンドとスーパーになると思います。カセットコンロとボンベ、鍋が必要なので、丁度静まり返っていますし、ホームセンターで先に調達しましょう。この進路だと基地近くも通り過ぎますので、武器弾薬はそれで補給をしましょう」

「わかりました」

「そうですね」

 ミシェルとリリ姉が頷く。


 ホームセンターまでは、フリウ達に運転してもらう。

 無人の店内―――惨劇の跡はあるが―――に入り、必要なものを拾っていく。

 予定通り、カセットコンロとボンベたくさん。鍋の予定だったが、兼用ということで、深型フライパンをチョイス。換気は、天井近くの窓を開ければいいだろう。

 簡単なものだが、衣類も見つかったのは嬉しい。シャツとズボンぐらいだけど。

 靴も必要だ。靴下も要る。ついでに下着も。

 あとは、アザの痛みを和らげるために、車の席に取りつけるクッション。

 リリ姉が、高枝切りバサミを指さして「車の上からあれでつついたら、ボンネットに来たゾンビを落とせないかしら」と言った。

 即採用である。

 そんな風に買い物―――ちゃんとお代はレジに置いといた―――を済ませた頃には何時間かが過ぎていた。

 ほぼ零時だったので、俺とミシェルで、六時間運転する。

 それが終わったら、「痛覚鈍麻」をかけて再度引継ぎだ。

「痛覚鈍麻」は十二時間に一度、五の強度で全員にかけることにした。

 痛みはなくならないが、せめて苦しい眠りにはつける、という強度だ。

 これで一日二回で「麦」一粒。それで全員納得した。

「じゃあ、出発だ」


 一日目

 最初に目指したのは住宅街だ、というか、回る場所はほとんど住宅街だ。

 最初は、自分の部屋に立てこもり、食料を食べ尽くし、餓死寸前だと訴えてきている奴だ。HP、生存者の集いは、引きこもりでこういう奴が多い。

 フリウは一番相手が気を許しそうな外見なので、一緒に来てもらっている。

 いや、リリ姉でもいいのだが、何かあった時の戦力的に見るとフリウなのだ。

 後は俺だ。「俺が”生存者の集い”の制作主だ。助けに来たぞ」

 と言って俺は彼の家族を「解放」するところを見せる。後で吹っ切ってもらいやすいように、相手から襲わせてナイフで迎撃するというやり方で。

 フリウは要救助者の体を―――アザが痛いだろうに―――抱きしめて、慈母の如き表情で大丈夫ですよ、ご家族は救われたのです、と囁く。

 要救助者は、フリウの体に思い切りしがみついて泣く。

 痛みをこれっぽっちも顔に出さないフリウは凄いと思う。

 要救助者が大声で泣きそうになったので、さすがにそれは静止していたが。

 周囲のゾンビが泣き声でつられてくるからだ。

 それが終わったら兵員装甲輸送車に誘導―――というか要救助者が離れないのでフリウに誘導してもらう。

 車の中でなら、多少ゾンビが寄ってきても大丈夫なので、大声で泣かせてやれる。

 ただ、フリウに縋って泣くのはどうかと思うが。

 要救助者が皆こんな感じなら、フリウも痛いだろうし、リリ姉かミシェルに頼むか?とフリウに聞いてみたら、

「私は平気どころか嬉しいですよ、この星において生身の人間を救える………ゾンビの浄化ももちろん素晴らしい事ですが、生命の実感がある………ああ素晴らしい事です!其の為なら痛みなど何ほどのこともありません!!」

 そうだ、フリウは天使だった。

 忘れるなよ、という話だが、フリウは頼れる参謀で時々は司令官でもあるのだ。

 普段はその面が強いので、思わず種族が頭から飛ぶのである。

 えーと救助者A(仮名)には、車の後ろに設置してあるマットレスに座っていてもらう。今日あと2件、助ける予定だと言ったら、救助者Aが泣き出してしまった。

 カセットコンロで作ったスープを差し出したら、余計に泣いた。

 うちのHP―――生存者の集いに登録していて本当に良かった、と言われて、俺は少し、作っててよかったと思った。

 ニート相手だからときめきはなかったけども。


 あと2人も、あまり変わらない手順で救出した。

 そして、久々に開く異空間通路。

 異空間病院への扉が開く。花園に開くので、まるで楽園への通路だろう。

 俺の『教え・感性・洗脳』をごく軽くだが纏わせた三人には、天使課の看護師さんの姿も相まって、まさに楽園に見えるはず。ためらわずに入っていく。

 フリウが

「こういう時程、我が同胞の姿を頼もしいと思う事はありませんね」

 と言っていた。俺も同感。マジもんの白衣の天使。


 二日目~十日目

 一日目とほとんど変わらなかった。年齢層と性別が変わったぐらいで。

 でもフリウは喜んで癒し役をやってくれた。

 皆の感謝の気持ちは嬉しくない事もなかった。

 問題はこれ以降だった。


 十一日~十三日目

 十二日目に訪れたマンションの、要救助者がいる家のゾンビが、アリ人間の化けたものだった。明らかにこっちを狙ってきていた。

 幸い、実行要員が近接戦闘力の高い俺とフリウだというのもあって、アリ人間は逃げ(異空間へ)ようとしたみたいだが、狩り殺させてもらった。

 その際、ゾンビが脳が弱点なのだから、こいつらもそうでは?というフリウの提案で頭を狙ったのも良かったのかもしれない。

 明らかに慌てていたので、多分弱点なのだろう。

 短剣でさっくりいったら、即死でした。フリウは蹴り(廊下が狭かったので剣が使えなかったらしい)で一発。弱いぞアリ人間。何がしたかったんだ。

 ここの女の子はゾンビにされてたので、嫌がらせとしては十分だったけど………。

 浄化してあげてから、そのマンションを出た。


 十四日

 基地に寄る日だ。様々なものを補給しなくてはならない。

 野戦糧食を一山、水(消費が激しいので大目に)

 武器(ショットガンで壊れたやつが出た)、フラッシュバンありったけ

 弾薬(銃を変更しないので)ありったけ。

 被服(今回は病院をあさって平服も。要救助者が軍服だと怖がるので)

 携帯コンロと携帯コンロ用の鍋、携帯コンロ用カセット。

 タオルたくさん(用途色々)

 毛布(今七月終盤で熱いけど、寝るときアザが痛いので軽減の為)

 シルバーカラーのサバイバルナイフ(フリウの)

 手斧(リリ姉の。サイボーグは力が強いので、ナイフよりこれがいいとか)

 ボウイナイフ(ちょっと大きめ、ミシェルの)

 かなり、量があるが、車上にも荷物スペースがある。

 装甲兵員輸送車本体もいっぱいだ。

 ま、それでも俺らが乗っても要救助者四人ぐらいなら入るか………。

 ちょっと窮屈だけどな。

 あと、フリウは得物が大きすぎるので、ナイフを持っていくことを提案したら、自分でも必要だと思っていたそうで、快くそうすると言ってくれた。

 ついでに、近接戦闘手段が素手しかないリリ姉とミシェルにも勧めた。

 二人とも受け入れてくれて、真剣に選んでいた。


 十五日~二十日

 結局、アリ人間が現れたのは一回だけだった。

 二十日まで、救助は順調に行った。

 だが、頑張って回っても、助けられるのは一部。それ以外は切り捨てなければいけないが、誰を切り捨てるかは俺次第。

 助けには行けないと、行けない者にははっきり言った。

 もちろん、阿鼻叫喚だったが、俺は黙殺した―――。

 中途半端に気に掛けることはしたくない。

 生存者の集いは元々、助けを求める会ではないのだ。

 ただ、サバイバル法を聞かれたので、それは三十日になるまで書き込むことした。

 戦う気のある奴だけが活用できるような代物だが。


 二十一日

 変化があった。目標の一軒家の門の前に、ゾンビが一体佇んでいるのである。

 夜ならサイレントキルを目指すが、昼で、そこら辺に通常ゾンビがウロウロしているような時間帯だったのでフラッシュバンを使うことにした。

 家の前が深い川だったので、一度おびきだされたらすぐには帰ってこないように、フラッシュバンは川に放つ。ゾンビの投身自殺が見れた。ちっとも見たくないが。

 門の前のゾンビは、おびき出されなかった。

 フリウと俺で、すみやかに近づき排除を試みる。

 ………驚いた。

 俺の短剣も、フリウの蹴りも片手づつで防いで見せたのである。

 刃をつまむような感じで。

 その後は、苦戦した。二人で、である。

 向こうが防戦一方だったが、しばらく攻防が続いた。

 だが続いたのは、こちらが二人ともが、完全には本気ではなかったからだ

 これが常時人間離れしているヴェルなら、決着はとうについていただろう。

「『超能力・身体強化』」

「『教え・剛力二』」

 こちらが能力を使えば、あとはもろかった、フリウの蹴りを受け止めることは出来てもそのまま押しつぶされる、俺の短剣も同じ。

 普通のゾンビと同じ様に、頭を貫いてやると「浄化」されて、天に還っていった。

 多少慌ただしくはなったが、要救助者を助け出すことは出来た。

 あとの家は、普通に解放することができ、「異空間病院」に無事移送できた。


 二十二日~二十五

 つつがなく救助と移送は行われた。

 ただ、衰弱しているものが大半ではあったが「異空間病院」に任せれば大丈夫だ。


 二十六日

 デジャヴである。一軒家の門の前にゾンビが陣取っているのだ。

 ただ、今回は二体、その上武装している。

 左の男は鉄棒、右の男はククリナイフ。

 今回は夜。サイレントキルといきたいが、無理な場合は、装甲兵員輸送車の上に乗ったリリ姉とミシェルに任せる。

「『超能力・身体強化』」

 フリウは最初は様子見らしい。俺も「剛力五」のみにしておく。

 フリウが鉄棒の男を、俺がククリナイフの男を相手する。リーチの問題である。

 ぶつかった。

 予想以上に手強かった。力のみではない、技術を感じさせる動きだった。

 ただし技術はこちらがはるかに上。

 ソルジャー部隊の隊長と、魔界の大公が相手してやってるんだ。当たり前である。

 力は普通のゾンビよりはるかに高い。

 力でこちらが不利だが、それはこちらが様子見だから。

「『超能力・身体強化』」

 フリウが身体強化を重ねがけする。

「『剛力十』」

 おれも出し惜しみなくいくことにする。


 決着は、あっけなくついた。

 勿論俺達の勝ちである。


 要救助者は無事だった。いつもと変わらないやり方で、装甲兵員輸送車に乗せる。

 その日は、他にもう二人の要救助者を救い出していたので、終わりである。

 あとは「異空間病院」に連れて行くだけだった。


 二十七~二十九日

 つつがなく、救助完了。


 三十日

 さらにデジャヴ。一人目の家の前に、三体のゾンビがいる。全員がナイフ装備だ。

 単に数を増やしただけか、それとも質も向上しているのか。

 質が向上しているなら、危険だ。こちらも害を受ける可能性がある。

「私がふたつ、相手にしましょうか?」

 とフリウは言ってくれるが、敵の力量が分からない以上、危険だ。

「ミシェル、一緒に来てくれ」

「わかった。俺で役に立つなら、喜んで行くよ」

 人助けの為なのだ、ここは天使に頼むのが良いだろう。

「頼む」

 俺達三人は、目標の家に向かった。


 結論。技術も力も向上していた。

 まるで―――というか多分確実に―――こいつらはアリ人間どもの実験個体なのだろう。俺たちのデータを取り込んで研究しているのだろう。

 早晩、本気で苦戦する個体が出てくるかもしれないが、可能性は低い。人間の体には強化に耐えれる限界というものが存在するからだ。

 サイボーグのリリ姉が、戦闘力で悪魔や天使に及ばないのと一緒である。


 戦闘自体は、様子見から入った。

 フリウは「超能力・身体強化」をかけたが、重ねがけ(MAX)にはしていない。

 俺は「剛力二」で相手する。

 ミシェルはそういったものはないので、最初から全力だ。


 まず、フリウ。両足の蹴りに、剣―――ここは広いのでナイフではない―――という手数の多さで、相手を終始圧倒した。しばらく攻防は続いたものの、フリウが相手の脳天をかち割ったことで、フリウはこれ以上の強化をしなくても勝ち星を挙げた。

 俺は、『剛力二』で十分戦えた。死人の肉体なのはお互い様だ。どっちが無理を聞かせられるかといえば、俺に軍配が上がったというだけだ。隙をついて額にナイフを突き刺し、終わった。

 ミシェルは、一番苦戦した、だが総合力ではミシェルが上回っているのだ。

 この星で発揮できる最高峰の力を持っているのだから。

 まぁ、俺やフリウ、ヴェルは星の制止を打ち破って、さらにその上を行くのだが。

 とにかく、慣れない敵の動きに苦戦し、何度かの切り傷を負い、それでもミシェルは勝った。もう一度やる事があれば、今度は負傷もなくなるだろう。

「頑張ったな、ミシェル。助かった」

 そう声をかけると、ミシェルは照れたように微笑んだ。


 その家の要救助者をつつがなく救助し、装甲兵員輸送車に乗せた。


 その後、俺たちはあと二つの家を回ったのだが、なんと両方ともにゾンビが配置されていた。戦いの結果は、勝ったとだけ。ミシェルの頑張りには報いてやりたい。

 だから俺はミシェルに「教え・癒し・疲労回復」と「教え・癒し・回復」をかけた。

 その後は「異空間病院」の出番だった。すんなりと事は運んだ。

 これで、俺たちの人助けは終了。


 明後日には、右成京に着く。

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