第5話 外伝 ヴェルミリオンの場合
俺、ヴェルミリオン―――喧嘩ダチはヴェルと呼ぶ―――は、今日も魔界の戦魔領で戦える相手を探して走っていた。
―――雑魚は要らない―――強い奴と戦いたい。
思考はそれ一色。
だが自分でも知らないところで、何かがそれではいけないと戒めていた。
とにかく、俺は日常を過ごしていたのだ。
魔女からの召喚があるまでは。
俺を呼び出す魔女は大抵、俺に殺しを頼んで来る。それは俺にとって好ましいことだ。だから今回も召喚に応じた。楽しみにしながら。
ゆらりと、人界に顕現する。
ここはどこかの病室だ。入院患者は………いた形跡はある。シーツや枕が乱れている。ああ、血痕や肉片も結構あるな。いいことだ。
それと、俺の装備がなくなっている。元々そんなになかったから構わんが。
それを一瞥してから、目の前の魔女を、見る。
グリーンの長髪が印象的な、肌が灰色の肉感的な女だ。
が、底知れない魔力を感じる。
魔女は言った
「この星で生き残って見せなさい、そして星を救ってごらんなさい」
俺が返した言葉は一つだった
「一番過酷な所に送ってくれ」
魔女は微笑んだ
「それならここが、その一つよ」
そして思い出したかのように付け加えた
「天使とは協調して戦ってね」
魔女の言葉は全て俺に対する命令だ。
協調性に自信はない、が「わかった」と答えた。
魔女が俺を魔方陣から開放すると、俺の能力がずいぶんと制限されていることに気づく。地球とかよりかなりマシだが、ずいぶん低い。
魔女は俺の戸惑いには頓着せず、俺の手を取り病室の扉を開けた。
そこにうようよいたのは………腐る前のゾンビ?致命傷を負ってるのにうろうろしてるのだから、ゾンビと言っていいだろう。
いや中には軽傷の奴もいるな、だが目の焦点は合ってないし、ゾンビだろう。
そんなことを考えていたら、魔女に隣の部屋に放り込まれた。なかったはずの鍵が出現し、ガチャリと閉まる。はた目には俺が閉めたと思ったろう。
「頑張ってね」
魔女のささやきが聞こえて―――気配が消えた。
ゲームスタート。
俺はこの部屋の中に注意を向けた。女と男が争っているようだ。
「ほう」
思わず声をあげる。
何せ天使(見れば純白の魂が視認できた)が人間(たぶん)の男―――割とガタイがいい―—―を中華包丁で、血まみれになりながらぶつ切りにしているのだから。
思わず見学に値すると思ってしまった。
俺が入ってきた時点で、男には両手と片足がなかったが、残る片足で跳ねるようにして動いていた。こいつもゾンビなのだろうか。
思っていると、天使があっさりと残りの足を切断した。ただの中華包丁でだ。
明らかに今の俺と同じぐらいの身体能力。見事だ。
血濡れの美女………ゾクゾクするものの一つだ。
スレンダーだが、血で服が体に張り付いて、女性のフォルムを浮き立たせていた。
天使は男の胴体の上に馬乗りになり………噛まれそうになって、あわてて中華包丁の背の部分を男に噛ませて封じた。
そして、男の頭上に手をやり、何やらもにょもにょとしている、天使が苦痛の表情を浮かべるのは美しかったが、一体何があったのやら。
その後、天使は中華包丁を男の口から取ると、鮮やかに脳天に振り下ろした。
鮮血と脳漿。
だが次に天使が行ったのは、男の両手両足を修復して返してやることだった。この星で魔法が使えるとは思えない。いったい何をしたのか。聞いてみようかと思ったが………。
「おお、我らが天の帝よ、死せるものに太陽の慈悲を」
と天使が唱えた。
聞く気が萎えた。
「おい」
その代わり、別の事を聞くことにした。
「お前、天使だろ。よくあれだけやれたな」
「必要でしたので。ちゃんと命は助かるようにしていましたよ。死んでると確定するまではね。あなたはあの魂が見えなかったのですか」
こいつの魂は鮮烈に見えた。今はあの時の鮮烈さはないが普通に見える。だがあの男の魂などケシカスほども見えなかった。
「見ようとしてみたが見えなかったな。あんまり得手じゃないんでね。どうだったんだ?魂の具合は」
「あの魂は死人の魂でしたよ。体をゾンビ状態にされてね―—―それで………あなたはなぜここに?」
「簡単に言うと思うか?」
「召喚されてきたのは分かってます。隣の部屋についさっきね。………あぁ、もしかしてこの星の異変を収めるように、召喚した魔女から言われませんでしたか」
「………生き残れ、そして星の異変を収めてみろ、とさ」
聞かなくてもあらかた分かってんじゃねぇか。しかたない。俺は話し始めた。
「そうですか、なら私と目標は一緒ですね」
天使がそう言ったが、まぁ、確かにそうだな。
魔女に協調しろと言われてるし―—―召喚されて命じられたことは絶対だ―—―。
「俺は一番きついところに行かせろと言ったんだ。そしたらここがその一つだと言われた。そうそう、中の天使と協調するようにと言われて、ここに押し込まれた。鍵をかけたのは魔女だぜ、俺じゃない。俺だけならもう戦闘に向かってたな」
「そうですか、私も激戦区は望むところ。できるだけたくさんの人を
かなり天使に有利な条件。何か付け加えることはあるか?と考える。
そんなもの、ひとつしかないだろう。
「―――そうだな、それなら、お前。仕事が終わったら俺と戦え」
「―――宇宙空間で、本気で、ですか?」
「そうだ」
「お受けしましょう」
笑顔でイイ返事をもらった。やっぱりこいつは魅力的だ。
「なら今からはバディですね。誓いを交わしたからには信用しますよ?まず名前を交換しましょうか」
「ヴェルミリオン」
「フリューエルです。ヴェルとお呼びしても?私もフリウで構いませんから。あなたもいちいち「エル(意味:光)」言うの嫌でしょう」
確かに「エル」の発音は魔界では忌避されるものだ。俺も嬉しくはない。
「構わんぞ」
「では隠してある装備品を出すので、使いたいものを選んでください」
えらく用意周到だな………ああ、任務で来ているからか。
「まず、このロッカーですね………。このバックパックはコンパクトですがサバイバル用品が収められています。最初から双方が一つずつ持って完成する量と物ですね………っ上はこのパターンを読んでますね………」
「どういうことだ?」
聞いたら、不意打ちで手を掴まれた。すぐ、馴染みのない方法で、だが記憶球や情報球に似た感じで、情報が流れ込んできた。
レイズエル妃殿下の思惑―――雷鳴が受けた任務、俺が期待されている役割。そしてゾンビの見分け方と、ゾンビは脳にダメージを与えて殺してくれという要望。
頭に手を当てて首を振って「情報痛」を振り払う、忌々しい………が、敵と戦える高揚感も強い。強敵は居るだろうか。
「チッ」
と呟いて、それで思考を終わらせる。
こちらの反応を了承と取ったらしい。フリウが話し始めた。
「それで、持ち物が二人分用意されてるわけです」
なるほどな。
「バトルスーツですね。極薄タイプです。防刃性は高いですが対弾性は低めです。ですが貫通はまずしないので」
と、体をぴったり覆うツナギタイプのバトルスーツを指し示す。臍のあたりからジッパーになっていて、きっちり閉めるとかなりの密封性がありそうだ。
俺の分はサイズからして、銀に赤い線が描かれている方。フリウの分は銀に青で線が描かれてる分だろう。
「どうぞ。ああ、靴まで一体になってるので、合わなければ言ってくださいね」
こういうのは馴染みが無いんだが―――まぁ何事も経験か。
「あんま、靴は履かないんだが、これはいいな。ぴったりだ」
当然でしょう、と言いたげな顔でフリウは自分もスーツを着る。
あっさりと裸体をさらしたが、いいのか?あとまだ結構血まみれだぞ。
ああ、どうせこの先も血まみれになるからか。
気にした様子もなく、フリウは最後は武器です、と言う。
バトルスーツと一緒にベットの内部に収められていた。
カイザーナックル。
それも、トゲの部分がやや長めの奴か。役に立ちそうだな。頭蓋骨割に。
フリウの武器は、さっきの中華包丁と似ている。普通の剣の柄に刃渡りの長い四角い刃がついている。意外と重量級だな。
「さて、武装完了ですね」
いきますよ、とフリウから声がかかる。拳を打ち鳴らして「了解」、と告げた。
ウズウズしてるんだ、暴れさせてもらおうか。
部屋のドアを開けると、ゾンビが大量だ。元は何だったのかは俺には関係ない。
一部が欠損している奴が多いな。ゾンビ化は噛めば済むんじゃないのか?
そんなことを思っていると、
「ヴェル!視界内に『人間』なし!見えたら言います!」
そう言いながら最前列の二体を一刀で脳破壊。流石だな。
そいつらを乗り越えて、目の前の奴の額に右ストレートを一発。
ほう、本当に脳にダメージを与えると一撃なんだな。
デカい通路に出るまで、どちらかが切り開いた次をもう一人が切り開きさらに………、という形で前に進んでいく。何体だったかは覚えていない。意味がない。
もう生存者が残っていないのか、ナースステーションのあるフロアまで来ても、うようよとゾンビが襲ってきただけ。
暴れまわった後だけはしっかりあるな。
通路に腸が落ちてたり、引きずられた血痕とかがあったり。
しかし、フリウはためらわないな。もとは人間だったんだろう?天使はそういうの、ダメなんじゃないのか?
「お前、ためらったりしないのか?」
その時俺が見たのは慈悲深いというより冷徹な瞳。銀色に輝く割り切った瞳だ。
あの男にかけたような優しい瞳ではない。
いや、あの時でさえも目の端に宿っていたような………
「その時間でゾンビになっていない人を助けられるかもしれないでしょう」
微笑みが返ってきた。
「私がゾンビではない人を教えますから、それまで貴方は迷わなくていいんですよ」
「俺は俺なりに判別してるさ、やつら、どこかしら欠損があるじゃないか」
「それはそうですが………それだけだと誤射しますよこれ」
双方、ゾンビを迎え撃ちながらの話だ。
一撃、でなくても二撃でゾンビを打ち取っていく。
ゾンビの気配に慣れてきた。
これなら生きてる奴らとの違いを嗅ぎ分けられるだろう。
攻撃の合間合間に会話をしながら、三階を殲滅。二階に降りてきた。
ここでもゾンビ・ゾンビ・ゾンビ………たまに身体能力が高い奴が、玉石混合だが混ざっている。俺の獲物だ。フリウはまだ気づいていないのか?なら後で『情報共有』の誓いを果たさないとな
いい戦闘で体が温まってきた。
二階を見回ってのち(フリウの希望だ)一階に。
程よい鉄火場だった。
人間の絶叫、前(入口)後(病院内)から押し寄せてくるゾンビ。
猛る。
「ヴェル、行きますよ!」
「応!」
フリウは宙に舞い、悲鳴を上げている中年女の傍に降り立った。
俺はその近所に飛び込み、近づくやつから始末してゆく。
フリウが「ヒーリング」の魔法らしきものをかけたのには驚いた。
「フリウ!その力は何だ!」
「超能力です!」と簡潔に返ってきた。
超能力だと………使える奴を初めて見たぞ。ならあの身体能力は超能力の賜物か。
中年女は
「キャアアアアアアアアアア…ア…ア…アハッアハハハハ………ウェェェエェ」
とか叫んでいる。もう駄目なんじゃないかこいつ。だがフリウは諦めない。
手のひらから炎を発し、嚙み傷を焼く。
「エエエエエエエェェエ………アゲラッ」
努力は実らなかった。俺の感覚ではこいつはもう「ゾンビ」だ
どっちにせよ人間のままではフリウにも俺にも殺してやることはできない。
誓いもあるが、人間のままではフリウにも俺にも中年女を殺してやることはできない。天使には「いかなる理由であっても人間を
俺たち悪魔にも「人間に害されない限り害し返してはならない。殺してしまったら厳罰」という法律がある。最悪死罪もあり得る法律で、人間を助けるために殺したなどというと、かなりの重罪となる。善意に基づく行動だからだ。
フリウは中年女がゾンビになったと見切りをつけたのか、剣の一振りで、中年女の頭部を半ばまでカットする。鮮やかな手並み。
気を取り直したらしくこっちの方を見ると、
「ありがとう!生存者に来るのは私が!あと生存者は私が調べていきます!」
そう声をかけてきた
「手早く済ませよ!そう長くはもたねーぞ!」
と返す。
「了解!」
と答えが返ってきた。
他の生存者の所にも向かっていったが………軒並み噛まれていたようだ。
目の前でゾンビ化していくそいつらを、フリウは悲しそうにしながらも脳天を叩き切った。死者を悼む祝詞はなしだ、その暇がないのだろう。
こっちにしてみれば有難い。
だが、あれを見ればゾンビに嚙まれることの危機感が芽生える。
悪魔や天使に効くのかは分からないが、あれはもはや呪いだ。
最後の被害者を始末し終えたフリウが、俺の背中側に立ち
「生存者なし!救済(殲滅)しましょう!」
とあの冷静な銀色の光を目に宿らせて、叫んだ。
俺は我知らず口元に笑みを浮かべて「応」と応えた。
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