第三十六話 二人で一緒なら怖くない。

 十二月になると街は一気にクリスマスムード。ようやくやり直しの初デートは、温かさを求めて映画とショッピングと決めて、駅前まで手を繋いで歩いていた。


 あの少年神は、あらゆる建物の渡り廊下を通り道にしていると玄武に聞いて、徹底的に避けるルートを決めている。


 奮発して買った落ち着いたサーモンピンクのコートに、似た色のリボンカチューシャ。チョコレート色の編上げブーツで全体的に甘すぎるコーデかと思ったけれど、シュゼンが可愛いと言ってくれたので良し。 一方のシュゼンは、茶色のフード付きコートに白のハイネックニット、黒のジーンズに革のスニーカー。カッコイイ人は、何を着ても似合うのがズルい。


「コートのボタン全開って寒くない?」

「大丈夫、寒くはない。……私は冬を司っているから、寒さはあまり感じない」

「そうなんだ……えーっと……」

 優しいシュゼンからは、ずっと春の空の色をイメージしていた。冬を司っているとは全然思わなかった。冬の色へ変えた方がいいのだろうかと不安を感じる。


「冬の属性に生まれ付いた私は、ずっと春に憧れていた。梅や桜が咲く度に、うらやましいと思い続けていた。だから響歌に春の空の色を贈られた時、とても嬉しかった」

 シュゼンがとっても嬉しそうに笑うから、胸の鼓動が爆上がり。ずっと握られた手はどんどん熱を帯びていく。


「季節を司るって、何か役割とかあるの?」

「季節の移り変わりを調整する役目がある。私の場合は、秋に冬を重ねて世界を凍える静寂へと導く。春が近づいてくると、寒さを緩めて世界を解放する。雪を降らせることも可能だ」


 シュゼンがぱちりと指を鳴らすと、曇り空からひらひらと白い雪が降ってきた。

「これが私が降らせる最初の雪だ」

「……綺麗……」

 雪は寒くて厳しいものというイメージはあっても、最初の欠片には美しさを感じる。手のひらとコートにいくつかの雪が付いた所で、シュゼンは雪を止めてしまった。


「今季の雪はまだ先の予定だ。冬を司るのは私だけではないから、皆で集まって決めている」

「皆で集まって会議みたいなもの? あ、そうか。十一月は出雲へ行ってたの?」

「何日かは行った。ずっと出雲に居続ける決まりはなくて、気が向いたら行くということで構わないらしい。毎日、賑やかな宴会が開かれていた」

 話を聞くうちに、他の神様の嫁は何をしているのかと疑問が浮かんだ。何かすべきことがあるのかもと思っても、まだシュゼンの嫁になる覚悟はできていない。


 沈みかけた心を、シュゼンの明るい声が引き上げた。

「響歌、見えてきた。もうすぐだ」

 視線の先には先日行く予定だった映画館の看板が商業施設の上に掲げられている。何の映画を見るかはまだ決めていない。

「渡り廊下を通らないルートって、割とめんどくさいのね」

 地上だと、ビルの間の車が行き交う道を横断する必要がある。歩行者信号が青になるのを待って、歩き始めた瞬間、地面が消えて体が落下していく。


「ひっ!」

 可愛い悲鳴なんて無理無理無理。深い穴へ一緒に落ちたシュゼンが私を横抱きにすると落下速度が緩くなった。

「な、何これ……」

「……おそらく、冥界へ繋がる道だ」

 落下先を伺うシュゼンの表情は緊張していて、お姫様だっこが恥ずかしくても我慢。ふわふわと落ちていても、シュゼンの腕の中なら怖いとは思わない。


「どこまで落ちるの?」

「……そろそろ着く。響歌、目を閉じていた方がいい」

 そうは言われても、どこに出るのか見たい。穴から出ると、そこは宵闇色の空の中。シュゼンの髪が伸びて金色の角が生え、目が赤く染まる。


『響歌、大丈夫か?』

「……シュゼンの顔だけ見てたら大丈夫」

 下は絶対に見てはいけない。恐ろしい高さを感じる。カジュアル服のままで長い髪のシュゼンはレアと心を奮い立たせるしかない。


『そうか。絶対に落とさないから安心して欲しい』

 シュゼンのふわりとした微笑みでほっとしても、落下は続いていた。

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