第十話 空飛ぶ畳はお断りします。

 異世界の太陽は、夏でも優しい。見上げても目が痛くならないし。光の種類が違うのかも。

『移動用に、新しい乗り物を用意した。正門に置いている』

 

 出会った直後、移動するのに空を飛んだ際の私の悲鳴が酷すぎたからなのか、シュゼンは移動するのに馬を使ってくれていた。今度は馬車か何かを用意してくれたのだろうか。


「ごめんなさい。ものすごく高い所はどうしても苦手なの」

 五階くらいまでなら平気でも、先日はそんな高さではなかった。足元が不安定だったというのも恐怖の理由だと思う。


 スニーカーを脱いで建物に入るのがめんどくさくて、庭をぐるりと歩いて正門へと向かう。正門前、どーんと置かれている物体に目が釘付け。


「……………………畳?」

 五色の物凄く豪華な縁が付いた真新しい置き畳。厚さ十五センチはありそう。

『人界で魔法の絨毯という便利な乗り物を見た』

 きらきらと目を輝かせているシュゼンがとても可愛らしく見えてぐらりと心が傾ぐ。いやいや、私は推し一筋の女。


「あー、今映画でやってるからかー」

 夏の娯楽映画の一つ、確かに魔法の絨毯が出てくる物語がある。だからと言って畳はあり得ない。絨毯は柔らかさがあるから布の動きがあって見栄えがする。一方でただの畳では、どんなに好意的に考えてもその絵面は可愛くない。


「畳は却下。大体、土足で畳の上に乗るなんて理解不能でしょ」

 しょんぼりされても、ここは心を鬼にしなければ。乗り降りに靴を脱いで履くのも面倒。


「畳より雲とかの方が可愛いと思うの。『西遊記』っていう中国の古書に筋斗雲きんとうんっていう仙術で召喚される雲が出てくるんだけど、どうかな?」

『足元が不安定になるが、いいのか?』

「それは固めといて」


 すったもんだの末、シンプルに白い雲に落ち着いた。雰囲気としては、めっちゃ頑丈な綿あめ。白くて硬いファイバーをふんわりと丸めた感じ。


 にこにこと上機嫌で笑うシュゼンに手を引かれ、雲の上に乗る。私が前に立ち、シュゼンが後ろに立った。


『それでは行こうか』

 雲はふわりと三十センチくらい浮き上がり前へと進む。何も掴む場所がなくて私はバランスを崩した。


「うわ!」

 ひやりとしたのは一瞬で、シュゼンに背後から抱き止められる。ひやりとした袖で包まれると、どきどきしてどうしようもない。


『危ないから、こうして私が支えていよう』

 耳元で囁く声が良すぎて困った。どうすればいいのかわからないまま、雲は屋敷の敷地を出て、道を進んでいく。


 屋敷を取り囲む森を抜けると、道の横には草原が広がっている。風が吹くと波のように草が揺れ、種類は違うものの実家の水田と似ている気がした。


 そろそろ早生の品種は色付き始める頃。兄は農作業の合理化と効率を常に研究していて、農業機械を駆使するから私の手伝いは求められていない。むしろ、ご近所の田畑の収穫に呼ばれることが多いので戻りたくない。


 広大な草原を見ていると心が落ち着いてきた。冷静に自分の姿を分析すると、シュゼンに背後から抱き締められたままの状態。他人に見られたら恥ずかしい。


 どうすればいいかと考えて気が付いた。

「シュゼン、私をずっと支えてるのって大変でしょ? 手すりか何か作ってくれたら、私はそれにつかまるから」

『……私は平気だが……』

 顔だけで振り返ると、あきらかにしょんぼりした表情。唐突に閃いた。


「シュゼン、もしかしなくても、ワザとでしょ」

 手すりも何も付けないのは、こうして密着する為なのではないかという私の指摘に、シュゼンはあからさまに目を泳がせた。


「外でいちゃいちゃなんて、却下よ却下」

『屋敷の中なら良いのか?』

 シュゼンの顔が期待に輝いた。はにかむ笑顔の破壊力が凄まじくて、くらくらする。


「ダメです。私は嫁じゃありません」

 きっぱりと宣言して、渋るシュゼンに手すりをお願いする。


『……これでどうだろうか。響歌にもある程度操ることができるようにしよう』

 シュゼンの腕が解かれて、私の足下から金色で透明なT字状の棒が現れた。透明なアクリル棒に金粉が封じ込められたような見た目。T字のハンドルを両手でつかまると全身が安定した。これなら常に支えてもらわなくても平気。


「ありがとう。これなら安心」

 その時、手がすべってハンドルを前に押してしまった。かちりと音がした途端、雲は急激に速度を上げる。時速何キロなんてわからない。昔、一度だけ乗せられたジェットコースターが降りる時に似ている。


「う……ぎゃああああああああ!」

 またもや可愛らしくない悲鳴を上げて踏ん張りながら、ハンドルを握りしめるしかなかった。

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