第十一話 その神様のお名前は。

 暴走する雲を止めてくれたのはシュゼン。猛スピードで飛ぶ雲の上、涼しい顔で体勢を崩しもしないのは凄いと思う。結局、妙に楽しそうなシュゼンに背後から軽く支えられる形で、雲に乗っている。


 ハンドルにスマホ状の操作パネルを設置してもらって、速度調整も数字で視覚化できてばっちり。自転車よりも早く原付より遅い、時速二十キロ程度が私の最適。


 地面むき出しの道はまだまだ続いている。時折枝分かれしたり、十字路になったりしていて、先程は牛車とすれ違った。


「牛車って遅くない? 飛んだ方が早いんでしょ?」

『それぞれの好みの移動手段がある。私たちが時間を気にするのは、年に数回。主な祭祀がある時くらいだ』


「へー。それじゃあ、年末年始は大忙し? ものすごーく大勢がお願いしたりするでしょ?」

『私は完全な祭祀は経験がないが、大変だとは聞いている』

 そうか。シュゼンは龍神になったばかりだから、年末年始はこれからなのか。忙しいのなら一緒に過ごすことはできないなと考えかけて、嫁になる気はないと思考にストップを掛ける。


 毎年の年末年始はゲームのイベント三昧だった。早々にGETした推しの新ビジュアルにときめいて、イベント終了の三分前まで画像が当たらなくて焦りまくったこともあった。今年は……と考えると胸が痛い。交流掲示板での熱狂や、ゲーム内での年越しカウントダウンも出来ないのかと思うとつらくなってきた。


『響歌、心配しなくていい。人々の声はまとめて先に聞くこともできるし、後から聞くこともできる。年末年始は一緒に過ごすのも問題ない』

 私の沈黙を別の意味で捉えたシュゼンの言葉の中、気になることがあった。


「先に聞くってどういうこと?」

『多次元を自由に行き来できる神は、空間だけでなく時間も移動することができる』

「……まさか私の考えてることもわかっちゃう?」


『いいや。嫁になった者の思考は覗くことはできないし、知ることもできない。直接会話をして心の内をお互いに交わすことになる』

 それはほっとした。神様だから、私が考えていることが筒抜けだったら怖いと思っていた。


 目の前を横切る道を、真っ赤なオープンカーが猛スピードで通り抜けた。運転者は長い黒髪をなびかせた美女。袖なしの黒いドレスに黒の肘まである手袋をしていて、パーティに出るような格好。


「……和風異世界って思ってたんだけど……車も走っているのね……」

 呟いてから気が付いた。私は雲に乗っている。それぞれの好みが反映されているだけということか。


『今、駆け抜けて行かれたのは、日本の最高神だ。この世界では名前を口にすることは控えて欲しい』

「……マジで?」

 喉元までその名前が出てきて、慌てて止める。


『あの方は自らの正体を隠すことを趣味とされている。我々は気が付かないふりをして、その時々で名乗られる名前を呼ぶことになっている』

「うわ、めん……」

 めんどくさいと言いかけた口をシュゼンの手が塞ぐと唇に軽く手のひらが触れる。たったそれだけの仕草で、鼓動は爆上がり。


『そのとおりだ』

 困った眉をしたシュゼンが唇を引き結ぶ。これは過去に何かあったに違いない。機会があったら聞いてみよう。


 手は唇から離れ、雲は道を進んでいく。牛車や馬車、時にはお馴染みのトラクターや荷物満載のトラックとすれ違う。トラクターは神界の田畑の為、トラックの荷物は神様同士で使う宅配便。わざわざ労働しなくても神気を使えば一瞬で実現できるのに、手間暇かけてその『わざわざ』を楽んでいると聞いて、日本人の気質に受け継がれているような気がした。


 正面を走ってくる超大型のバイクには、金髪で日に焼けた超筋肉質の男性が乗っていた。デニムで出来たぴちぴちのベストに裾広がりのジーンズはダメージ加工がしてあって、焦げ茶色のウエスタンブーツ。黒の丸いサングラスと、もさもさとしたヒゲが特徴的。すれ違う際に陽気な笑顔で声を掛けられ、会釈して返す。


「今の人は神様?」

『ああ。外国の方だな。外国で人々の神々への信仰が荒れた時、平穏な日本に遊びに来る方々も多い。居心地が良くて住居を構えてしまう方もいると聞いている』


「それって、外国にいた神様が日本に来ちゃうってこと?」

『そうなるな。人々が神の存在を信じなくなれば、神は神気という力を失っていく。日本人は土地の神だけでなく、外国の神々の存在も容易に受け入れるから、神気を蓄える目的で来る方もいる』


「神様がいなくなってしまった国ってある?」

『ああ。残念だがいくつかの国で神が消滅している。人心が神を必要としなければ、その国にはいられなくなる』

 神様を信じる人の心が、神様の力になる。それは不思議で素敵なお話。


 恐ろしい神様なのかもしれないけれど、乱神に会ってみたい。そんな気持ちになった私は、進む速度をそっと上げた。 

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