第三十三話 今度こそ初デートなのです。

「今日こそは二人きりでデートに行こう」

 そう言ってデートに誘ってくれたシュゼンと一緒に、私は駅へと向かっていた。車にするかと問われたけれど、やっぱり二人きりの密室はまだ早い。


 秋も深まり、奮発して買ったミルクティ色のワンピースとベレー帽は、自分でも良い感じに似合っていると思う。シュゼンはチョコレート色のジャケットにクリーム色のニット、ベージュのチノパンに革のスニーカーで、並んでも違和感なくしっくりくる。シュゼンが私を可愛いと褒めてくれて喜んだのも束の間。


 駅へと向かう渡り廊下の途中、私の手を握るシュゼンが緊張したのがわかった。

「……響歌、別の道へ行こう」

 何故と言いかけて、私も察した。三十メートル先、こげ茶色の半ズボンの制服を着た少年が佇んでいる。髪は黒でも、明らかに威圧感。


 くるりと踵を返して無言で歩いて曲がり角に入った途端、にやにやと笑う少年が立っていた。……これは無視していくしかないと覚悟を決める。


「ねーシュゼン、今日はやっぱり美術館にしましょうかー」

 少年の前で立ち止まろうとするシュゼンの腕にしがみつき、少年を視界に入れないようにと強引に腕を引いて歩いていく。戸惑いながらもシュゼンも察してくれたようで、二人で競歩並みのスピードで歩く。


『おいこら、お前たち。逃げるな』

 すたすたすた。聞えないし、見えていない。心の中で繰り返しながら前を見て歩く。

『ふむ。よかろう』

 諦めたのかと、ほっと安堵すると渡り廊下に人の姿が戻り、子供の泣き声が響き渡った。


『うわぁああああん! おいていっちゃやだぁああああ!』

 私たちは全然関係ないはずだし、関わっては負け。そうは思っても、周囲の人々には、私たちが親に見えてしまうらしい。ひそひそとされれば引き返すしかなかった。


『それでよい。おい、お前。我を運べ』

 言われるまま少年を抱き上げたシュゼンは死んだ魚の目をしてるし、私も同じだと思う。これが初めてのデートの予定だったのに、またリセットされてしまった。


『お前たちはこれからどこへ行くのだ?』

「……動植物園です」

 今日は動物園と植物園が合体した施設に行く予定だった。アルパカや羊、もふもふの小動物たちと戯れることができるとシュゼンが私の為に探してくれた場所。……シュゼンの部屋にたむろする神獣たちは、未だに私にもふらせてくれない。


『なんだ。美術館ではないのか。まぁ、よい。我を水族館へ連れていけ』

 少年が指定したのは全く予定にもなかった場所で、スマホで検索する。


「ここでどうでしょうか?」

 提案した水族館は電車で一時間。都会のオアシスとしてビルに作られた水族館の屋上では、特殊な透明プールが設置されていて、空を飛ぶようなペンギンが見られるらしい。スマホを覗き込んでいた少年は首を横に振った。


『我はイルカのショーが見たい』

 広いプールが必要になるショーを見るなら、必然的に街からは遠くなる。電車で二、三時間コースしかなくて、一番近いと思われる水族館へと向かう。


 休日の電車は空いていて、シュゼンと並んで座席に座ると少年が私の膝の上に乘ってシュゼンの嫉妬を煽る。手を握って隣にいるからと微笑むと、シュゼンが苦笑して諦めの表情へと変わる。


 秋の空は高く青く澄んでいて、温かな日差しが降り注ぐ。到着した場所は、水族館と遊園地やホテルが一つの島に集合したリゾート。電車内から見えていた観覧車とジェットコースターに内心震える。


『観覧車は後だな。先に水族館だ! イワシを見てからイルカだ!』

 びしりと指をさす少年は可愛らしい。それは見た目だけだとはわかっているし、何とか水族館で時間稼ぎをして、観覧車に乗らずにすむようにしたい。


「シュゼン、休憩しなくて大丈夫?」

 電車の中以外は、ずっとシュゼンは少年を抱きかかえたまま。座って膝に乗せるだけでも重いと感じるのに、文句ひとつもいわずに抱えているから心配になってきた。


「私は平気だ。響歌が疲れたなら休憩しよう」

「あ、私は大丈夫」


 水族館に向かって歩いていると、少年とシュゼンが鋭い表情へと変化した。

『龍神、気づいたか』

「はい。……響歌、手を」

 よくわからないままにシュゼンと手を繋ぐと周囲の人々の姿が消えて、青かった空が血のような赤へと染まった。

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