第三十二話 もふもふ猫が増えました。
散々だった初デートの翌日、買い物袋を持ってシュゼンの部屋に入った私は自分の目を疑った。窓際でお腹を夕日に晒しながら転がる猫が三匹に増えている。
薄金茶のふわふわ猫が麒麟。灰緑色のマンチカンが青龍。……黒毛と赤毛が混じるもふもふな錆び猫は、何? 荷物を置いて、静かに近づくと三匹がはっとした顔をして気付かれた。
「えーっと、貴方は誰?」
『……助けてもらった恩返しに来た』
錆び猫の声はどっしりとした低音。なかなか良い声してると思う。猫だけど。
「助けた? えーっと……もしかして、玄武? お礼に龍宮城行きはお断りよ。この前行って来たし」
『何を言ってるんだ? 俺はそんな城は知らんぞ』
「あ、そうなんだ。亀だからてっきり、龍宮城に連れて行ってくれるのかと。でも、助けた覚えがないんだけど」
『お前たちがあのお方の興味を引いてくれたおかげで、俺を繋いでいた鎖が完全に切れた』
「え? 鎖で繋がれてたの?」
趣味が悪すぎると口にしそうになって慌てて閉じる。何といっても相手は神様。思考は読めないかもしれなくても、どこで聞かれているかわからない。玄武を鎖で繋いで乗り物にしていたのか。
「でも、恩返しって程でも……」
初デートの代償とすれば、神獣助けができて良かったと……思うのは難しい。あれはデートにカウントしないことにしようとシュゼンと話を付けてある。
『俺がいつでも冥界に連れて行ってやる』
どーん。とふんぞり返る錆び猫の姿が、あの少年神の姿と被る。何だろう。似た者同士な空気を感じる。……セットで良かったのではないだろうか。
「冥界? って、あの世に用はないわよ」
『最近、三途の川が整備されて観光名所になった。今なら見学者は大歓迎されるぞ』
三途の川でデート。そんな光景を思い浮かべても全く楽しくない。間違って渡ってしまったら帰って来れなくなりそう。
「それより、撫でさせてくれた方が嬉しいな」
うふふ。精一杯可愛らしく微笑んで近づいたのに、さっと逃げられてしまった。錆び猫は窓際でふるふると頭を振って拒否を示している。
「どうして逃げるの?」
『それはお前の顔が怖いからだぞ。鏡を見てみろ』
『怖いー』
麒麟と青龍まで一緒に窓際に逃げているのは何故なのか。私は全力で可愛らしく微笑んでいるはず。
「おっかしいなー」
私が首を傾げて考えている時、背後にシュゼンの気配がして振り返る。白のVネックのカットソーに黒のカーゴパンツ姿と、こちらの世界の格好なのにバシバシに違和感。
「響歌、ただいま」
「お帰り……な、な、な、何それ?」
何故か床に正座したシュゼンの頭には黒猫の耳。首には金色の鈴が付いた赤いリボンが結ばれている。
「コンビニに売っていた。私なら響歌が好きなだけ撫でていい」
きらきら。そんな目で見られたら心がぐらんぐらんと揺れてしまう。猫耳カチューシャは、ハロウィン用かと理解した。
「コ、コンビニって、そんなものまで売ってるんだ……」
「響歌の分も買ってある」
にこにこ。猫耳を着けた美形の破壊力は凄まじく、ついふらふらと引き寄せられる。シュゼンの前に正座をすると、どこからともなく現れた猫耳カチューシャを着けられた。
「響歌………………可愛い」
はにかむ笑顔と言葉のせいで、心臓が爆発したかと思った。ばくばくとうるさい胸を手で押さえないと心臓が飛び出そうな気がする。
「シュ、シュゼンも……可愛いと思う」
それ以上に、どこか艶があるというか、しなやかな黒猫のよう。
「好きなだけ撫でで欲しい」
ちりんと鈴を鳴らして首を傾げられたら、それはもう、どうしようもない誘惑。その黒髪に手を伸ばした瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。
「酒買ってきたぞー!」
どかどかと足音をさせて、ビール瓶の詰まった黄色いビールケースを担いだヨウゼンが入ってきた。咄嗟に距離を取ったものの、猫耳を着けたままのシュゼンと私を見てヨウゼンが首を傾げる。
「ハロウィンはまだ先だろう? 今日だったか?」
「今日は新入り猫の歓迎会よ。……ねぇ玄武、インドカレーって食べられる?」
『カレー? 食べたことはないが大丈夫だろう』
猫の姿の神獣たちは結構何でも食べてくれると知っていても、一応確認。
「青龍はホウレン草カレーあるから」
冷凍庫には懸賞で当てた数種類のインドカレーとナン、チャパティ十五人前が詰まっている。いつにするか決めていなかったけれど、温めるだけだから今日食べてしまおう。
「響歌、手伝おう」
「お願いします」
そうして猫耳を着けたままのシュゼンと私は、キッチンへと向かった。
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