第三十話 初めてのデートは散々です。

 シュゼンと並んで立つ私たちの前に、白髪の少年がふんぞり返っている。シュゼンと少年が挨拶を交わす光景を見ていると、どうやら少年は格上の神様。


『お前たち、これはおそらく噂に聞く『でぇと』だな』

 きらりん。そんな感じで少年の目が光った。面白いおもちゃを見つけた。そんな黒い笑顔が怖い。


『お前たちはこれからどこへ行くのだ?』

「映画を見る予定です」

『なんだ。遊園地ではないのか。まぁ良い。あの観覧車に我を連れていけ』

 こちらの予定はまるで無視なのか。可愛い子供姿でも、声は成人男性というアンバランスさがむずがゆい。


 少年が指さした窓の外。ビルの上に観覧車が設置されていた。普通の観覧車でも怖いのにビルの高さが加わって相当高い。私の不安を察したのか、シュゼンが口を開いた。


「申し訳ありませんが、妻は高所恐怖症で高い所には登れません。私が御伴いたしますので、どうかご容赦を」

『ほほぅ。我とおぬしだけで乗れというか?』

 シュゼンの静かな微笑みを見て、少年の赤い目がきらりと光る。二人のにらみ合いはしばらく続き、少年が口の端を上げて笑ったかと思うと、白い髪と赤い瞳が黒へと変化して身長も低くなり幼さを増した。


『うわぁああああん! 一緒に観覧車、乘りたいー! 乗りたいー!』

「ええっ?」

 甲高い少年の声で唐突な子供泣きが始まった。気が付けば周囲に人が戻っていて、注目を浴びている。


『三人一緒がいいー! 一緒に乘るぅぅぅ!』

 これがギャン泣きというものなのか。渡り廊下を泣き声が響き渡る。おろおろと慌てる私とシュゼンを迷惑そうに見る人と、あらあら大変ね頑張ってと苦笑する人々が通り過ぎていく。


「わ、わかりました。乗ります。乗りますから泣き止んで下さい」

 諦めた私の言葉を聞いて、少年はぴたりと演技を止めた。完璧すぎるウソ泣きにめまいがしそう。


『それでよい。おい、新神。我を運べ。玄武を逃してしまったので、足が無い』

 少年は先程の玄武を乗り物にしていたのか。遠い目をしたシュゼンが少年を左腕に抱え上げると、親子っぽく見える。この瞬間、何故シュゼンが少年に見つかりたくなかったのか理解した。格上とか畏怖ではなく、単にめんどくさいからに違いない。


 複雑な渡り廊下を歩いてショッピングモールの屋上へとたどり着き、見上げる観覧車の高さに口を開けてしまう。観覧車の周囲には、小規模のジェットコースターやメリーゴーランド、昨今さっぱり見なくなったティーカップや硬貨で動く動物型の乗り物等々、珍しい遊具が並んでいてレトロ感が半端ない。


 周囲のカップルや家族連れは、この時代遅れバリバリのレトロ遊具目的で来ているようで、盛んにスマホで写真を撮っている。


『まずは観覧車だ』

 びしりと空に指を指して決め顔で言われても、少年顔では迫力に欠けるから微笑ましい。シュゼンがスマホで三人分の代金を支払って、列に並ぶ。前方に並ぶのはざっと見て二十組。


 観覧車は四人乗りのゴンドラが三十二基。一周約二十分とかなりゆっくりとした動き。遊園地で見る物よりも小さめに見えても、何しろビルの上に立っているから、高さは半端ない。


 怖くて震えそうになる脚を気付かれないようにそっと叩く。大丈夫大丈夫と心の中で繰り返し、シュゼンを見上げると優しい微笑みが返ってきて少しだけほっとした。


『ここは心配ないと囁いて、頬に接吻ではないのか?』

 にやにやにや。少年のからかう声が鼓動を爆上げで、シュゼンの頬も赤くなっていく。そういえば、キスをしたこともないと気が付いて、頬だけでなく頭まで熱い。


 長く待つこともなくゴンドラへと乗り込んで、シュゼンが私と並んで座ろうとすると係員に止められた。ゴンドラはバランス重視。大人二人が片側に並ぶと傾いてしまう。


 シュゼンがしょんぼりしながら、私の前に座る。途端に少年が腕から降りて私の膝の上に座った。

『どうだ。うらやましいだろう、新神』

 私に背を向ける少年の顔は見えずとも、全身から伝わるにやにや感が凄い。シュゼンは口を引き結び、何とも言えない表情をしている。何となく、何となくだけれど、嫉妬している雰囲気をシュゼンが醸し出していて、胸がどきどきしてきた。


 ゴンドラはゆっくりと空へと登り、屋上の遊具から離れると周囲の景色が一望できる。ビルや駅が小さな模型のようで現実味が薄い。……その高さに血の気が引いていくのがわかった。


『おお。あのような場所に稲荷か。もう少し導線が無ければ人も運も来ぬぞ。そうは思わぬか、新神』

「そうですね。ビルの屋上に社を作るのなら、参道も作った方が良いでしょう」

 膝の上の少年は窓に張り付いて、眼下の景色を楽しんでいる。


『やはり神代かみしろ杉を切った痴れ者の一族は闇に飲まれておるな。今生限りの繁栄と理解しておるかな』

「助けに来られたのですか?」

『……いや。木を切った者たちが反省も後悔も感じておらぬのはわかっておる。子や孫くらいは助けてやるかと思ったが、……魂がすでに腐っておる。手遅れだ』


「魂が腐る?」

 そんなことがあるのだろうか。黙っているつもりだったのに、疑問が口から零れた。しまったと口を閉じても、言葉は戻らない。


『魂は腐るのだ。他者に感謝することのない者。自分さえよければ、他者はどうなっても良いと考える者。この世界に生まれて生きることが奇跡であると思わない者。……人生における一時期の多少の迷いであれば、それは魂の経験とも言えるが、極端に凝り固まった性質であれば、徐々に魂は輝きを失い曇っていく』


『曇った魂は磨けば輝きを取り戻す。だが、その曇りを取り除かないまま、悪化させれば腐っていくのだ。腐りきった魂は転生の輪から外れ、すりつぶされて消される』


 魂を消すことを、何でもないことのように話す少年は、やはり神様なのだと思う。ゴンドラはゆっくりと頂点へと差し掛かり、何故かぴたりと動きを止めた。


「あ、あれ? 止まった?」

『うむ。ゆっくりと景色を眺めたいのでな』

 振り返って、にっこりと微笑む少年の顔が、悪魔のように思えた。

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