第三十八話 目が覚めるような仮色を。
円の向こうで罵詈雑言は止まらない。青年神の手招に応じて覗き込もうとすると、再び鉄の鎖が飛んできてシュゼンが掴む。
「あ、あっぶなー。ありがと、シュゼン」
私に微笑みかけつつ、シュゼンが手にした二本の鎖が氷に包まれて凍っていく。
『うおっ! 冷てぇっ!』
その叫びと同時に、氷漬けになった鎖がぼろぼろと崩れ落ちた。冬を司る龍神の力は凄い。
『……成程。これが有効か』
円が二メートルくらいに広がって、青年神が歩いて入っていく。どうしようかと迷う私たちを白虎がついていくようにと促した。
石畳に白い壁、黒い木の柱。三十畳ほどの八角形の部屋の中央で、白い狩衣を着た少年が氷漬けになっていた。周囲には、粉々に砕けた鎖が散乱している。
「え……?」
『大丈夫。死にはしない』
シュゼンの言葉でほっとして、改めて少年の姿を観察する。年齢は十七・八歳くらい。セミロングのウルフカットの金髪に紫のポイントメッシュで瞳は赤。顔は全然違うけれど、推しの髪型と全く同じ。ただそれだけなのに、どきりとしてしまう。
『この者は、突然神上がりして混乱しているのだ。神になりたくないと嫁取りを拒否している』
「神様は千歳以上でなければなれないのではないのですか?」
シュゼンも千歳になったから神になったし、幼馴染の
『特例というものは、どこの世界にでもあるのだ。四角四面に規則を決めても、逸脱するものはあるし、どうにも収めようのないものもある。赤子でも神になった者もいるぞ』
『このままでは神にはなれぬが、存在を消すには惜しい力を持っている。そこで〝五色の彩姫〟の力を借りたい。この者に〝
「〝仮色〟ですか?」
『特例中の特例。この者が正式に嫁取りするまでの仮初の色。〝五色の彩姫〟だけが付けられる色だ。……実はこの者の言動が乱暴すぎて、他の彩姫に断られた』
先程の罵詈雑言と投げつけられた鎖のことを思い返すと、断られるのは無理はないと思う。
「確認したいのですが、この人の嫁になるということではないですよね? 仮嫁とか」
『それはない』
それを聞いて一安心。まだシュゼンの嫁になっていないのに、他の神の嫁も兼任なんて絶対にできない。
「何色でもいいんですか? 後から変更とかできますか?」
『ああ。彩姫なら何度でも色を変えられる』
私が承諾すると、シュゼンは少年の胸から上の氷を溶かした。
『てめえ、いきなり氷漬けなんて卑怯だろ! ……何だこの女! まさかこんな女を嫁にしろとか言うつもりか! 俺は嫁なんて要らないって言ってんだろ!』
推しと同じ髪型と髪色をした少年が、青年神に向かって怒鳴り声を上げる。……推しとは顔が違っても、同じ髪型で全然違う言動をされると悲しい。推しはやんちゃな雰囲気はあっても、もっと上品。
「嫁が要らないってことは……婿がいいの?」
『はぁっ? んな訳ねーだろ! 何だこの馬鹿女!』
馬鹿と言われて何かがぷつりと切れた。推しと同じ髪型の少年に、そんなこと言われたくない。
「他人を馬鹿馬鹿言う人が馬鹿なのよ!」
『おう、上等だ。俺も馬鹿だが、お前の方が馬鹿だ。ばーかばーか』
舌を出して全力で私を馬鹿にする表情に、完全にブチ切れた。推しと同じ髪型でそんなことするなんて絶対に許せない。
キレた私は青年神に顔を向けた。
「……わかりました。〝仮色〟は私にお任せください」
きりっ。そんな感じで答えると、私が考えていることが伝わったのか青年神が噴き出すように笑う。それを見ていた少年が顔色を変えた。
『お、おい? お前、何を?』
威勢の良かった少年がうろたえていても、もう遅い。私の心は決まった。色を付けやすいようにと、シュゼンが装束の部分の氷を溶かす。
「色を付けて差し上げましてよ! ド派手なチェリーピンクで!」
勢いをつけて狩衣を掴もうとした私の右手は、器用に体をくの字に曲げた少年に避けられてしまった。
「……何故避けるんです? 色を付けるだけですよ?」
うふふと微笑む私がイメージするのは蛍光チェリーピンク。誰よりも派手な色にすれば、早く嫁取りしたいと思うだろう。
『マジで怖えーよ! チェリーピンクって、どんな色だよ! おい、お前トンデモない馬鹿女を嫁にしてるんだな!』
叫ぶ少年の口を手で塞ぐようにワシ掴みしたシュゼンの服が、狩衣へと変化した。その色は薄雲をまとう春の空の色。単は紅。袴は紫。白い小さな稲光が発生しては消えながらその身を包む。
『口を慎め。私の嫁は、三界一の最高の女だ』
キレたシュゼンがカッコ良すぎてどきどきする。その迫力に怯んだ少年が完全に動きを止めた。
『響歌、この者に目が覚めるような仮色を』
「そうね。目が覚めるようなド派手な仮色をつけましょう」
これはシュゼンの期待に応えなければ。狩衣は蛍光チェリーピンク、単は蛍光グリーン、袴は蛍光パープルをイメージして、少年の狩衣に手を添える。
『ほう。これはこれで』
仮色の狩衣を見て白髪の青年神が、感心したように笑う。ド派手で目が痛くなりそうな色の上、ペラい安物サテン生地のイメージにしておいたので、ふた昔前のアイドルの親衛隊みたいな格好になっている。これなら、推しと同じ髪型でも印象は全く違うからというのは秘密にしておきたい。
『……おい……俺が嫁取りするまで、この色なのか?』
愕然とした表情で少年が自分の装束を見ていても、全く変える気持ちにはならない。
「そうね。早く嫁探したら?」
『こんな色、どんな女でも逃げるだろ!』
「それはそうねー。嫁候補見つけたら、色消すから安心して」
『安心できるかぁぁぁああ!』
頭を抱えて絶叫する少年を残し、私たちは白虎に案内されて冥界を後にした。
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