第二十二話 見えている物が真実です。

 暗いからよくわからなかったけれど、広大な草原の向こうには森があって山がある。比較的真っすぐだった道は森に入ると蛇行していた。


 ヨウゼンはカーブのある道でも速度を落とさないから、ハンドルを握りしめて何とか操作して着いていくのに必死。木々の間、何やら白や黒い影がいるのは見ない方がいいと判断した。だって怖いし。


 急カーブを曲がった時、ヨウゼンの背中にぶら下がっていたマンチカン姿の青龍が剥がれて私の方へと飛ばされてきた。


「あ! ……うっぷ!」

『響歌!』

 もふもふなお腹が私の顔面を直撃。ハンドルを握る私の手を、シュゼンが強く包んで操作してくれたおかげで、木にぶつかることは回避できた。


「あ、ありがと……」

 今のは本当に危なかった。腕の中のマンチカンは私の胸にしがみ付き上目遣いで、あざと可愛い。

『しばらく私が操作しよう』 

 シュゼンに甘えることにして、マンチカンを抱きしめると想像以上に至福の柔らかさ。ふっかふかに頬が緩む。


 蛇行しながら進むうち、はっと気が付いた。これは完全にシュゼンの腕の中。もふもふと美形の合わせ技に気が付いて、鼓動が爆上がりし始めた。頭が熱くなっていく。


 いやいやいやいや。嫁にはなれない。ここには住めない。私は推し一筋の女。


 ぎゅっと力を入れ過ぎたせいかマンチカンがするりと飛び出して、前を進むヨウゼンの背中へと移る。

「ううううう」

 強く抱きしめた私が悪いとは思っても、せっかくのチャンスを逃してしまったことが悔しくて泣きたい。


『神獣は気まぐれだ。けして嫌われた訳ではない』

 耳元で囁かれて思考が硬直しそうになる。

「そ、操作変わります」

 背中から抱きしめられるような体勢がいけないと思う。渋るシュゼンを押し切って、私はハンドルを取り戻した。


      ◆


 森の中を進むにつれて、違和感びしばし。暗い木々に移動雲が発する淡い光が当たると、木の幹や草が赤だったり青だったり。これが『色が乱れる』現象なのか。頭で理解はしていても、普段見慣れた物が全く想像もしない色になると混乱する。日が昇ると全貌が見えるだろうけど、見るのは怖い。


 森を抜けると巨大な岩山がそびえ立っていた。色は青。氷とか空とかそういう自然の青じゃなくて、不自然なクレヨンの青っていう色。岩山には、いくつもの穴が開いていて、巨大な蟻塚を連想させる。


 移動雲を止めたヨウゼンの背中につかまっているマンチカンが高い金属音を発した。耳だけでなく、背骨がむずむずする高音がつらくて耳を手で塞ぐ。


「えーっと声を奪われたんじゃなかったっけ?」

『声ではなく、青龍独自の仲間を呼ぶ音だな。ヒゲを震わせて発している。この音が苦手なら、少々和らげよう』

 シュゼンがぱちりと指を鳴らすと、音が小さくなって耳が楽になった。ほっと安堵の息を吐いてお礼を述べていると、岩山の穴から何かが湧き出してきた。


「な、何?」

 コロコロと転がる、もさもさとした黒い毛玉……と思ったら、様々な緑色のマンチカン。大量のもふもふが私たちの乗る移動雲の周りを取り囲んだ。


「一面のもっふもふ!」

 なんということでしょう。というフレーズが頭の中を駆け巡る。周囲はもふもふ天国。この天国に飛び込みたい衝動を堪えつつ、スマホを取り出して写真を撮ろうとして目が覚めた。


「……あ、そう。そういうことね」

 スマホ画面に映るのは、緑の鱗を持つ青龍がうねうねとする姿。そっ閉じして、目の前の光景を堪能することに決めた。……目の前に見えている物が真実でいいじゃない。


『誰が声を奪ったのか知る為に、触れることを許して欲しい』

 しゃがみ込んだシュゼンが、そっとマンチカンの頭を撫でると白い光がきらりと光った。首を撫で、背を撫でて、あご下を優しい手つきで撫でていく。青龍のはずなのに、猫と同じように目を細めている。喉を鳴らすことはなくても、完全に猫にしか見えない。


「わ、私も……お願いしてもいいかな?」

 しゃがみ込んで手を伸ばすと、マンチカンがさっと離れて距離を取る。

『おい、お前。顔が緩み過ぎてて怖いぞ』

 それを見ていた薄金茶色の猫姿の麒麟が呆れたような声を出す。

「そ、そうかしら? うふふ」

 頭のネジが緩んでいるのは自覚しているけれど、そんなに怖い顔をしたつもりはない。にこやかな笑顔のはず。


 私が何度手を伸ばしても、マンチカンはさっと離れてしまう。これは本気になるしかと心の中で決めた時、シュゼンが立ち上がった。


『誰が声を奪ったのかわかった』

 そうだった。私はもふもふを撫でる為に来たのではなかった。

「それじゃあ、お話を聞きに行きましょう」

 後ろ髪を引かれつつ、私はシュゼンに微笑んだ。

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