第二十三話 龍宮城へ行ってきます。

 もふもふ天国を後にして、シュゼンがハンドルを操作している。抱きしめられるのを回避する為に、後ろに乗って装束を掴むと、これはこれで恥ずかしくてどきどきする。


『響歌、これから少々速度を上げる。しっかりとつかまって欲しい』

 促されるままシュゼンの体に腕を回すと、着込んだ装束の感触の下、硬い背中を感じて鼓動が爆上がり。


『ヨウゼン、行くぞ』

『ああ。いつでもいいぞ』

 

 二人が言葉を交わし移動雲が速度を上げていく。流れていく景色を見れば、時速六十キロどころじゃないのに、私には何の影響もないのは、きっとシュゼンが護ってくれているから。ヨウゼンの足元には、猫の姿の青龍と麒麟が飛ばされないように必死にしがみ付いている。

 

 森を抜けると、再び草原。そして砂浜へとたどり着いたのに、移動雲は速度を落とさない。まさかと思った途端、周囲の景色が水の中に変わった。


「シュ、シュゼン? ここ、どこ?」

『海の中だ。大丈夫、私が必ず響歌を護る』


 暗い海の中、ぼんやりと光る空気のボールが私たちを包み込んでいるから息は出来る。水中でも速度を落とすことなく移動雲は坂を降りるように進む。そのうち、前方に明るく輝く光が見えた。光は海を青く見せ、白い砂に珊瑚や海藻が木々のように茂り、色とりどりの魚たちが鳥のように泳ぎ回っている。


 この先に何があるのかとシュゼンの背中から顔を出して驚いた。

「りゅ、龍宮城?」

 これはまさしく龍宮城。独特な曲線を描く緑の屋根に、朱色の柱。白く輝く壁。お伽話のイメージそのものの建物が光り輝いている。


『ここは海宮わたつみのみやだ』

 門の手前でシュゼンは移動雲を止めた。ヨウゼンの服が狩衣へと変わっているのを見て、私も小袿姿に変身しておく。

 

「シュゼン、前みたいに先触れは出さないの?」

『この宮の主は女性だから、矢文は飛ばせない。ここで待っていれば侍女が来るだろう』

 主の性別で訪問の方法が変わるのは面白い。しばらく待っていると、大きな鯛が三匹泳いできた。


『龍神様、ようこそいらっしゃいました。主に何か御用でしょうか』

 鯛が女性の声でしゃべる姿に驚く。

『青龍から奪った声の返却を求めたい。面会を望む』

 シュゼンの声が凛々しく響いて、鯛がおろおろと顔を見合わせてうろたえながら泳ぐ。


 唐突に、鯛とは違う不機嫌な女性の声が建物の中から響き渡った。

『この宮に夫以外の男は入れぬ。不貞を疑われるのは困る』

「あ、それじゃあ、私が」

 軽く手を挙げて申し出ると、その場にいた全員の視線が私に集まった。


「な、何か変なこと言った?」

『ならば、おぬしだけ認めよう。入れ』

 雲を降りて開いた門に向かおうとした時、シュゼンが私を片腕で抱き止めた。


『我が嫁だ。必ず無事で返せ』

 その鋭い言葉は、宮の主に向かっての警告。凛々しい横顔に心臓が撃ち抜かれた。

『……我が名に懸けて約束する。無事で返すと』

 シュゼンの迫力に怯んだのか、主が息を飲んだ雰囲気が伝わってきた。


「じゃあ、行ってきます」

『響歌、気を付けて』

 優しく微笑むシュゼンは、私に守護の術を掛けて送り出してくれた。


      ◆


 門に向かって、ふわふわと透明なこんにゃくのような感触の道が続いている。長袴を指で摘まみ、たくし上げながら歩く。三匹の鯛に囲まれて建物の中に入ると、私を包んでいた空気のドームがいきなり消えた。

「え、嘘っ!」

 息を止めてみたものの、水の中という感触は一切ない。恐る恐る鼻から息を吸い込んでも水ではなく、普通に呼吸ができる。


 泳いでいた三匹の鯛はその尾びれで直立し、器用に床を歩いていた。壁は白地に艶やかなタイル張り。柱は朱色で、あちこちに沢山のカラフルな丸い玉が実のように付いた赤珊瑚や黄金の木が生えていて綺麗。木の床かと思ったら、よく似た模様の石が使われている。


 海宮と言っていたけれど、内部も完全に龍宮城のイメージ。金銀財宝ざっくざく。花の形に彫刻された宝玉や黄金が無造作に飾られているのが怖い。曲がりくねった廊下を歩き、いくつかの階段を上り下りしている間に、元来た道がさっぱりわからなくなった。


『こちらが主の部屋でございます』

 鯛が丁寧にお辞儀をする姿は、正直に言うと生々しくて可愛くない。しばらく鯛の活け造りは見たくないかも。


 朱色に塗られた両開きの扉が鯛によって開かれると、五十畳はありそうな広い部屋。こげ茶色の石の床に壁には煌びやかな花紋様の織物が貼られている。奥には一段高い場所があり、二匹の鯛が持つ大きな団扇のようなかざしで顔を隠した若々しい女性が豪華な椅子に座っていた。天平時代風の装束はひらひらとした薄絹のスカートを何枚も重ねていて、上着は青い。腕に掛けた白い領巾ひれがふわふわと漂っている。


 鯛に導かれて、段差の近くに案内された。これは床に座るべきなのかと考えつつも、気分的に座りたくなかったし、座れと指示もないので立ったまま礼をする。しまった。こういう時に神様にどうやって挨拶をしたらいいのか聞いておけばよかった。


『……青龍の声を返せということだったな』

 十五センチくらいの玉を持つ女性の声は不機嫌で高圧的。こういうお客さんいるよなーと思いつつ、営業スマイルを顔に貼りつける。


 玉は全体的に透明で、中に金粉が閉じ込められているように見える。あれが青龍の声なのかもしれない。


「はい。どうかお願い致します」

 なるべく低姿勢で、丁寧に聞こえるようにと努めて声を出す。お願いしますと心の中でも低姿勢。波風立てず、相手を敬う気持ちで頭を下げる。


『……返してやろう。這いつくばって拾うが良い!』

 立ち上がった女性は、勢いよく玉を床に叩きつけ、私の目の前で玉が砕け散った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る