第二十四話 ジグゾーパズルは得意です。

『おやおや、割れてしまった。元に戻したいのな……』

「あああああああ! すいません! 床の色変えさせて下さいっ! 後で戻しますから!」

 私の叫びを聞いて、私と同年代くらいの女性が驚いた顔を見せた。長い黒髪を天平風に結い上げ、金の小さな冠が煌めいている。


『ゆ、床? ……あ、ああ。よかろう』

「ありがとうございますっ!」

 許可は取った。床にしゃがみ込んだ私は手を着いて、床の色を欠片が見やすい艶消しの薄灰色へと変えた。女性が息を飲んだのがわかっても、相手をしている暇はない。装束を元のカットソーとジーンズに戻し、破片をハンカチでそっと一カ所に集める。


「すいません! 玉を元に戻したいので、接着剤とか糊とかありませんかっ?」

 学生時代、お好み焼き屋のバイト以外に、ジグゾーパズルを組み立てる副業もしていた。どこの家にでも一つはある死蔵されたパズルを組み立てて、糊で固定。額に入れるという根気のいる作業。


 そう。私は超難関ジグゾーパズル『大草原』三千ピースを三日で仕上げた女。そのプライドが私を奮い立たせる。


『……糊は不要だ。欠片を正しく合わせれば着く』

「ありがとうございます!」

 割れた欠片は、幸いにもそれほど細かくはなっていなかった。ざっと見ただけで百五十ピース程度。これならいける。


 まずは球の外側、滑らかな曲線があるパーツと全面が欠けているパーツへと分けていく。


 断面の特徴が一致する欠片を合わせると、きらりと煌めいて一つの欠片へと変化する。これは面白い。見ただけでわかる欠片を継ぎ合わせ、いくつかのパーツを作る。


 集中して組み立てていると、衣擦れの音を耳で拾う。女性が近づいて覗き込んでいるのを感じても、私は目の前の欠片を見つめて手を動かす。


『……それ程、おもしろいのか?』

「すっごく楽しいです!」

『そ、そうか……』


 女性の手が一つの欠片を拾い上げ、近くにあった欠片に合わせると光輝いて一つになった。どうやら手伝ってくれるらしいと感じた私は、比較的わかりやすい外側のパーツを女性に任せて内部の複雑な欠片の組み立てへと移る。


『……卓は必要か?』

「貸して頂けるなら、とっても助かりますっ!」

 女性が手を叩くと鯛たちが六十センチ四方の座卓を運んできた。パズルなら床の方が慣れているけれど、立体パズルはちょっとツライと思っていた。これはとってもありがたい。


 ハンカチに欠片を乗せて座卓に広げる。許可をとって座卓の色を灰色に変え、二人で向かい合って座り、黙々と欠片を組み立てていく。


 集中していたので、どれくらい時間が経ったのかわからない。私が八割を組立て、女性が二割を組み立てた。ここまでできれば、あとは合わせるだけ。


「どうぞ、これを合わせて下さい」

『……ああ』

 女性のしなやかな白い手が、幾つかのパーツに分かれた玉を角度を調整しながら合わせる。ハンカチの上で断面が合うと、きらりと光り輝いて元に戻っていく。


『これが最後だな』

 二つに割れたパーツを合わせると、玉が煌めいて光が消える。

「やった! 出来……あれ?」

『おや?』


 美しい玉の表面に、小さな小さな五ミリくらいの小さな穴。

「うわ! 取りこぼしっ?」

『何と! 口惜しい!』

 二人で床の上を念入りに探していると、女性が声を上げた。


『あった!』

 指先に小さな透明の煌めき。最後のパーツを嵌めることを勧めて、その手を見守る。パーツの方向を念入りに確かめて、指先で押し込むと、玉が強く強く輝いた。


 徐々に光が消えると、玉は元の美しい姿を完全に取り戻した。

 

『何だ? ……この、恐ろしいまでの達成感! そして爽快感!』

 拳を握りしめて喜ぶ女性もジグゾーパズルの快感に目覚めてしまったらしい。上気した頬はほんのり赤く、色っぽい。とはいえ再び玉を割られたら困るので、そっと両手で確保する。


「人界にはジグゾーパズルというものがあります。おすすめは三千ピースの『大草原』シリーズです。立体もあるので、お時間がある時にぜひチャレンジして下さい」

『ほう。それは良いことを聞いた。ぜひとも入手しよう』


 座卓と床の色を元に戻すと、女性が私をお茶に誘った。玉は確保したし、このまま帰ることも考えたけれど、一応青龍の声を奪った理由を知りたい。


 女性が案内した部屋は、上下左右の壁が透明なガラスで出来ていた。庭はゆらめく海の中、カラフルな珊瑚や海藻が木や花のように揺れ、魚が泳ぎ、巻貝が煌めく。海中庭園はお伽話に出てくる海の世界そのもの。人魚がいないかと期待してみたり。


 白い石で出来たテーブルの上には、白い陶器で出来た西洋風の茶器。淡い青色の花茶に、きらきらと星型の金箔が踊る。勧められるままに一口飲むと、爽やかでほんのり甘くておいしい。


『お前は良い暇潰しを教えてくれた。感謝するぞ』

「お役に立てたなら良かったです」

 青龍の声も取り戻せたし、私の目的はほぼ達成された。一時的とはいえ、女性の無聊を慰めることができたなら嬉しい。


「質問をお許し頂けますか?」

『許そう』

「何故、青龍の声を奪ったのですか?」

『……すまぬな。ここしばらく、苛々としておった。先日、丘に上がった時に、仲睦まじい青龍の夫婦を見かけてな。声が無ければ仲違いするのではないかと、意地の悪いことをしてしまった』


『声を失っても夫婦は互いを労わっておった。その光景に腹を立て、青龍の一族すべての声を奪ってはみたが、苛立ちが募るだけで虚しさを抱えておったのだ』


「苛立つ原因をお伺いしても?」

 何となく、そのことを話したいのではないかと察した。


『我が苛立っておるのは浮気者の夫のことだ。夫は女神である我と婚姻することで、神になった。ところが神になった途端、女遊びが激しくなってな。ここ五十年程は顔も見ておらん』

「え、それ酷い……神様って離婚できないんですか?」


 私の言葉に驚いた女神と、しばらく無言で見つめ合う。何度か目をしばたたかせた後、女神はぽんと手を打った。

『そうじゃ。離縁という手があった。何故忘れておったのだろう。あのような酷い男は捨ててしまえば良いのだ。そうすればこの憂いも苛立ちも無くなる』

 すっきり。目からウロコ。女神はそんな表情を見せる。それとは反対に、私の心が重くなった。


「あ、あの……離縁の方法を教えて頂けないでしょうか」

『あの龍神と離縁するのか? 随分とお前を大事にしておるようだが』

「そ、その……将来の万が一に備えて、知識として知っておきたいと」

 私は何も知らないまま、流されて嫁になってしまっているだけ。このまま流されていいのか、迷う心の方が今は大きい。


『……そうじゃな。残念だが、愛は不変ではないからのう。よかろう。教えてやろう』

 海の女神は、私に優しく微笑んだ。

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