第二十六話 常識の違いは世界の違い。
青龍の声の玉を両手で抱える私は、シュゼンに背後から包まれるような体勢で移動雲に乗っている。操作はシュゼン。景色は風のように流れていく。
海から出ると夕焼け色の空が広がっていた。何故かシュゼンは速度を緩める。空には龍や鳥がどこかを目指して飛んでいく。海面には、光の輪郭だけの何かが頭を出していたり、黒い影の船頭が白い服を着た人々を乗せて木舟をこいでいる。
船頭とは絶対に視線を合わせてはいけないと本能が感じ取った。一種の神様なのだと思っても、あの木舟に乗せられたら終わり。
「シュゼン、どうしたの?」
『この時間帯は、昼の者たちが自らの家に帰る時間だ。緊急時以外は騒ぎを起こしたくない』
だから速度を落としたのか。皆がどこかへ向かって帰っていく。そんな光景は見ていると切なくなってくる。私も家に帰ろう。そんな気持ちになってきた。
草原へと戻るとシュゼンは移動雲を加速させた。金色に輝く光の中を突き進んでいるように感じて、恐ろしくもある。
日が落ち切る直前、青龍たちの住処が見えてきて絶句する。木々の緑は水色や灰色。木の幹は赤や黄色の原色。草はピンクで花は黒や焦げ茶色。巨大な岩山は青と、目がちかちかしてしまう。
「うっわー。これはきっつー。色彩センスなさ過ぎでしょ」
私の呟きを聞いて、シュゼンが静かに笑うのを感じる。シュゼンの腕の中、笑い声が温かくて、つられるように笑ってしまう。
岩山の前の草原に降り立つと、またもふもふ天国。ああ、このもふもふに飛び込みたい。
『響歌、その玉をしっかりと両手で持っていて欲しい』
シュゼンの指示に従って、玉を両手で捧げ持つ。今頃になって、立体ジグゾーパズルの疲労が腕をつつんで、結構厳しい。日頃の運動不足もたたって二の腕が震える。
シュゼンが私の背後から玉を持つ私の手を包み、玉の重さが消えた。とはいえ腕を上げっぱなしという姿勢では、腕がぷるぷるするのは止められない。
『あるべき処へ戻れ』
シュゼンの一言で玉が形を崩して、金を内包する透明な粒へと変化した。数百、あるいはそれ以上の粒が渦を巻いて上空へと駆け上がり、雨のように空から降り注ぐ。
粒がもふもふたちに当たると、金色に輝く。今、この瞬間に飛び込みたいという私の気持ちは次の瞬間、目が覚めた。
「……あー、うん。そうだよね。そうだった」
もふもふはうねうねとする青龍たちに変化してしまった。口々にお礼を言われても、右から左。悲しみが止まらない。
「色、戻しておきますね」
完全棒読みなのは許して欲しい。あの、もふもふ天国はどこに行ったのか。心の中で号泣しながら、私は岩山に手をあてて目を閉じる。
日が落ちると辺りは暗くて意識を集中させやすい。自然の色を思い浮かべて、元の色へと戻るようにと願う。目を閉じているのに、岩山の色が変化していくのが見えた。草や木が色を変えていく。
「元に戻った?」
『ああ。響歌のおかげで元通りだ』
白く光る青龍たちが一斉に空へと飛び立つと、周囲が優しく照らされた。手を繋いで飛んでいる青龍は夫婦なのかもしれない。
翼も羽根もないのに空を飛ぶ。私の世界の常識で考えればあり得ないことだけど、目の前で飛んでいるのだから、この異世界では常識。世界の違いは常識の違いでもあるのかもしれない。
「青龍は空を飛んでいる方がカッコイイのね」
地面でうねっているよりも空が似合っている。私の言葉を聞いたシュゼンが微笑む。
『私の龍の姿を見せようか? 響歌を乗せて飛ぶこともできる』
その赤い瞳は、少々挑戦的。青龍よりカッコイイ所を私に見せたいのかもしれないと気が付いて、頬が緩む。
「それはまた今度。……二人きりの時に」
今は騒々しいからという意味だったのに、シュゼンが頬を赤らめるから私も恥ずかしくなってきた。
『ああ。二人きりの時に見せよう。……そろそろ帰ろうか。一緒に』
「そうね。一緒に帰りましょう」
シュゼンが差し出した手を取って、私は帰路へ着いた。
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