第二十七話 お刺身ざんまいなのです。

 先日の福袋の中身を運良くトレードすることができて、推しの新作グッズが大量に手に入った。サービス終了から二カ月経つと、ゲーム仲間は目に見えて減っていて話題もない。担当イラストレーターの方々も新しい仕事へと移っていく。


 始まりがあれば必ず終わりがある。それは理解していたようでしていなかった。ある日突然、強制的に終了させられて、ぽっかり空いた心の穴が塞がらない。替わりに他の推しを探すのは、自分が不誠実に思えて他のゲームに手が出せない。


 たかがゲームキャラ。されど私にとっては大事な推し。部屋の片隅に作った推しの祭壇を眺めては、思い出を懐かしむ。テキストだけの情報サイトを読み返しては、過去イベントを懐かしむ。


 有志が作った復活希望の署名サイトをSNSで地道に拡散する中で、他のゲームメーカーがコンテンツの買収に動いているというウワサを拾った。


 復活を純粋に信じるファンと、一度夢が潰えた瞬間を知っているファンとの熱量には差があって、私はどちらかというと後者。既存イラストではなく新規イラストで構築される世界が、果たして元のゲームの世界と同じと思えるかどうか不安に思う気持ちもある。


 思い出は綺麗なままで保存したいと思う気持ちと、新しいイベントを体験したいと思う気持ちとが複雑に混ざり合う。素直に喜べるような復活を望みつつ、毎日は慌ただしく過ぎていく。


      ◆


 秋になり、色付き始めた街路樹を見ながらマンションへと帰る。ここしばらく厳しいクレームや大きなミスもなく、全員が定時で上がれるという奇跡が続いている。時間に余裕ができると、他者のフォローも自然にこなせる。目の前の仕事や雑事を、誰かがやってくれるだろうではなくて、やっておこうかという気になるから不思議。


 シュゼンの部屋の扉は鍵を使わなくても開く。鍵を掛けていないのではなくて、私とヨウゼンは無効になっているらしい。とはいえ、何故か鍵も預かっている。

「たっだいまー!」

 テーブルの上に発泡スチロールの巨大な保冷箱を置くとソファに転がっていた麒麟が起き上がった。


『お帰り。どうした、その荷物は。また特賞でも当てたのか?』

「特賞の温泉旅行は外れたけど、三等の刺身盛り合わせ八人前が当たったの」

 一等は遊園地の家族チケットで、二等は映画の家族チケットだった。


 特賞じゃなかったにしろ、当たり過ぎてマズイ……と思う。特賞を連続三回当てた私は、スーパーの人には顔も名前も覚えられていて警戒されている。今日もいきなり特賞をかっさらわれるんじゃないかと戦々恐々としていたのが伝わってきた。私が三等を当てたのを見て、あからさまにほっとされてしまった。


『ふむ。今日は刺身か』

 うきうき。そんな声が聞えた。鯉が好物という猫の姿をした麒麟は、白身の刺身がお気に入りらしい。


『ご飯!』

 ソファの上でころりと、あざと可愛く転がったのはマンチカン姿の青龍。どうやら生の葉野菜が気に入ったらしく、呼ばれてもいないのにシュゼンの部屋に入り浸っている。 


「青龍にはレタス買ってきたから」

 薄金茶色の麒麟と、灰緑色のマンチカン姿の青龍がソファの上で転がっているのは見ているだけで幸せになれる。二匹とも、私に触らせてはくれないけれど。


 シュゼンとヨウゼンには撫でさせるのに、私には警戒を解こうとしない。二匹とも私の顔が怖いと言うのは何故なのか。


「さーって。開封しますかー」

 受け取ってから気になっているのは、鯛。先日の海宮わたつみのみやの侍女たちを思い出すと食べにくいかもしれない。


 発泡スチロールの箱を開けると、六十センチ超えの鯛が丸ごと一匹分綺麗に捌かれているのが目に入った。頭と尾びれを残した骨と、皮つきの身がサクの状態で並んでいる。他にも数種類のマグロやサーモンのサク、アジやイカ、エビ等々、バラエティ豊か。


「あ。美味しそう」

 全くの杞憂。尾びれで直立歩行していた鯛の侍女とは似ても似つかないから平気。


 何となくシュゼンの気配を感じて壁面のモニタを見ると、狩衣姿で金の龍の角を生やしたシュゼンが、異世界側から画面に触れた所だった。画面を通り抜けると、角は消えて髪は短くなり、白のロンTに焦げ茶色のチノパンというカジュアルな服装へと変化する。


「ただいま。響歌」

「おかえりなさい。シュゼン」

 なかなか二人きりにはなれなくて、まだシュゼンの龍姿は見ていない。一体どんな姿なのか、見てみたいと思ってしまう。


「響歌、夕食にはまだ早いから……」

 はにかむシュゼンの言葉を遮って、部屋の扉が勢いよく開く。


「そろそろ夕食かー? 酒買ってきたぞー」

 部屋に入ってきたのはヨウゼン。ミリタリージャケットに黒のTシャツとカーゴパンツという姿で酒屋の袋を下げている。計っていたのかと疑うくらいのタイミングの良さに、シュゼンと一緒に苦笑する。


「今日はお刺身パーティよ!」

 明日は休日。多少飲んでも平気だろう。手伝うと微笑むシュゼンと一緒に、私はキッチンへと向かった。

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