第二十八話 式場選びはまだ早い。

 何の予定もない休日は、だらりとしてしまう。布団でごろごろと二度寝が至福。パジャマのままで、スマホ片手に推しの話題をチェックしても収穫無しで溜息。


「買収話どうなったのー」

 単なるウワサと諦める気持ちがあっても、やっぱり諦めきれるものではなかった。


 ふとシュゼンのことが気になった。ずっと夕食は一緒に食べていても夜は別室だし、朝昼は異世界で過ごしている。異世界とこちらの世界と行ったり来たりの生活をどう思っているのか聞いた事が無い。


 久しぶりに渋ピンクのワンピースを着てシュゼンの部屋に入ると、窓際で猫の姿の麒麟と青龍がお腹を日光に晒しながら眠っていた。これはもふるチャンス。そう思って静かに近づいたのに、はっという顔で気付かれてしまった。


「ちっ」

『おいこら。何の舌打ちだ』

「うふふ。気にしないで」

 いつかお腹をもふもふしてやる。そんな決意を隠して微笑むと、麒麟と青龍はまた日光浴を始めてしまった。太陽に照らされて輝く猫が転がる光景は尊い。


 改めて見回すと、生活感のない部屋だと思う。奥の部屋には入ったことはないけれど、リビングの家具も最低限。机にはパソコンが置かれているだけ。掃除しているようには思えないのに、ホコリもない。


『龍神を呼ぶのか?』

「ううん。買い物前に冷蔵庫の中身確認しに来ただけだから」

 それは部屋に入る為の言い訳。冷蔵庫を開けて、残った食材と調味料の残りを確認しながらスマホでメモしていく。


「あ。醤油切れそう。……豆腐の賞味期限ヤバ」

 三人分の食事を用意しているはずなのに、食費は一人分の時より余っている。外食が減ったのと、食べ物をやたらともらったり当たったり。食べきれない食材を人に配ると、それがまた違う食材になって返ってくる。


 一番高額と思われるお酒はヨウゼンがいつも買ってくる。そういえばヨウゼンの部屋を見たことがなかった。


 メモが終わって振り向くと、キッチンの入り口に寄り掛かって微笑むシュゼンの姿があった。白のVネックのリブニットにベージュのチノパン。本当にカッコイイ人は、何を着てもカッコ良くてズルい。


「シュゼン、どうしたの?」

「麒麟に呼ばれた」

 微笑むシュゼンの背中越しに窓際で転がる麒麟を見ても、先程と何もかわっていない。気を効かせてくれたのだろうか。


「お仕事は?」

「休憩だ」

 新神しんじんが慣れるまでは、神として学ぶことがあると聞いている。多くの神々に挨拶して話を聞き、同時に人々の声を聴く。物事に対する優先順位の付け方や、願いの叶え方、シュゼン独自の神としての性質を固めていく大事な時間。もちろん、そういった手順を全く踏まない神もいる。


「息抜きと遊びも大事だと言われた。真面目は過ぎると害悪になるそうだ」

 それはどの神様の言葉だろう。シュゼンと話をする神様は、一体どんな方なのか興味が湧いてきた。


「昼食がまだなら、外食に行かないか? 行ってみたいレストランがある」

 シュゼンの言葉が意外過ぎて驚いた。こちらの世界の店をどうやって知ったのだろう。

「どこの店?」

 私の何気ない疑問の直後、シュゼンの手に分厚い結婚情報誌が現れた。


「コンビニで買った最新号に載っていた店だ」

 きらきらと目を輝かされても困る。大体、いつコンビニに行っているのだろうか。示された店は、結婚式場併設のフレンチレストラン。なんとなく意図が見えてきた。


「……シュゼン? まさか……式場の見学とか?」

「教会もあるそうだ」


「き、教会? 日本の神様なのに?」

「私はどちらでも構わない。響歌が気に入った場所を選びたい」 

 シュゼンは、きっと白いタキシードも似合うだろう。


「え、でも……そんな……じゃなくって! 普通は結婚式より先に、デートでしょっ?」

 私のドレスは……と想像しかけて、我に返った。結婚式なんてまだ考える段階じゃない。そもそも、こちらの世界では付き合ってもいないのに。


「それでは、まずはデートに行こう」

 その明るい笑顔に心臓が撃ち抜かれる。ぐらぐらと揺れる心を押しとどめようとしているのに、差し出された手には抵抗できなかった。 

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