第十八話 キャベツの女王と呼ばないで。

「これは由々しき問題なのよ」

 特大ホットプレートの上、関西風お好み焼きが焼けている。両手に持ったヘラで手早く裏返すと、シュゼンとヨウゼンが目を輝かせた。この技は大学の時のアルバイトで習得した。


『人間にしては上手く裏返したではないか。何が問題だというんだ?』

 猫の姿の麒麟も目を輝かせている。


「お好み焼き三日目よ! そろそろ別の料理が食べたい!」

「豚玉もシーフードも、どれも美味かったぞ。何といってもビールに合う」

 ビール好きのヨウゼンは、お好み焼きを気に入ってしまったらしい。今日は中華そば入りのモダン焼き風にしても飽きてきた。学生バイトの時の賄いは、皆がお好み焼きを回避してご飯メニュー中心だったことを思い出す。


 ふわもふな麒麟が、猫とは違う鋭い牙を見せながら意地悪な顔で笑う。

『ふふん。そもそも、お前がキャベツ一年分を当てたからだろうが』

「ぐぬぬ。それは言わないお約束よ」


 最近、福引や懸賞に当たりまくっている。外れることも多々あるので、SNSで見かけたキャベツ一年分に気軽に応募したら当たってしまった。小さな文字で『キャンセルはできませんので、置き場所を必ずご用意ください』と書かれていたことに気が付いたのは当選後。


 四回に分けて届くというキャベツの第一弾が来て、百個の瑞々しい緑の葉に包まれた巨大なキャベツにめまいがしたのは三日前。近所の友人数名と、会社の同じ部署の人々に配り、マンションの住人にも配りまくってやっと二十個まで減らした。何も考えることなくミントグリーンのカットソーにジーンズ姿で、自転車の前カゴと後ろに満載して配ったら『キャベツの女王』とか『キャベツの妖精』とか言われて非常にツライ。


「……考えたら食べ物ばっかり当たってるかも……」

 ゲーム機や服とかぬいぐるみ等々は落選ばかりで、食べ物以外は当たっていないことに気が付いた。ケーキやアイスクリーム等々の無料クーポンは多種多様。冷凍ラーメンと餃子十人分は明日届く。


「そろそろ焼けたんじゃないか?」

 うきうき。そんな顔をしたヨウゼンは缶ビールを準備している。シュゼンと麒麟の前にも缶ビール。私の前にはノンアルの缶チューハイが置かれた。明日仕事あるし。


 焼けた四枚のお好み焼きをそれぞれの皿に置き、ホットプレートの上をさっとキッチンペーパーで拭いて、次のお好み焼きの生地を流す。炒めた中華そばと豚肉を乗せる。


「先に食べてていいのに」

『熱くて食えん。少々冷めた頃が良い』

 熱々が美味しいと思うのに、神界の人々は熱々が苦手らしいというのは、ここしばらく一緒に食事をしていて思った。すき焼きの時にも豆腐で悶絶してたし。あとはからしとワサビは平気なのに、唐辛子が苦手というのが判明している。


「いただきまーす」

 次のお好み焼きが焼けるのを見ながら、焼けたお好み焼きにソースとマヨネーズ、かつおぶしと青のりをたっぷり掛け、お箸で切りながら食べる。


「これも美味しいな」

 私の目の前に座り、笑って食べてくれるシュゼンの表情に心臓が撃ち抜かれた。……いやいや、私は推し一筋の女。


 もうお好み焼きは飽きたと思っていたのに、シュゼンの褒め言葉一つで美味しくなるから不思議。週に三日の夕食作りの約束が、なんだかんだで毎晩になってしまっていても、少しも苦にならない。


 わいわいと賑やかな食事が進む中、ひゅううと鋭い風音が聞えて全員が壁面の画面を見る。シュゼンの屋敷の池も夜で暗い。何か灯りがあってもいいかもしれないと思いつく。


『何の音だ?』

 麒麟がそう言いながら器用に猫の手で缶ビールを飲み、シュゼンとヨウゼンは箸を置いて注意深く画面を見ている。


「青龍だ!」

 ヨウゼンの鋭い声と同時に突進してきた龍が画面にぶつかった。画面の向こう、涙目になった龍がずるずると落ちていくのは、笑ってはいけないと思っても笑いそうで困る。


「……しまった。思わず遮断してしまった」

 口元に手をあてて、若干おろおろと視線を揺らすシュゼンが可愛い。

「それが正解だろ」

 ヨウゼンが苦笑しながらフォローする。確かにあの勢いで突っ込んで来られたら困る。


 画面に、にょろりと龍の顔が現れた。黄色い毛に緑の鱗は、まさしく龍のイメージ。ぱくぱくと口を開け閉めして、何かを伝えようとしている。


「音声も遮断してるの?」

「いや。……声を奪われているようだ」

 シュゼンの緊迫した表情がカッコよくて、不謹慎にもどきりとしてしまった。 

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