第十九話 五色の彩姫って誰ですか。
シュゼンが神界との遮断を解除すると、青龍が首を突っ込んできて光に替わる。部屋を埋め尽くした光は徐々に輝きを和らげて小さくなっていった。
「うわ……ヤバ……」
十メートルはありそうだった龍は、この世界では手足の短いマンチカンのような普通サイズの猫だった。角度によっては深緑に近い灰緑色に、黄色の瞳。ふかふかふわふわが短い手足でとことこ懸命に歩く姿は、内心悶絶する程可愛い。
私たちの前を素通りし、とてとてとてと高速で短い手足を動かしてマンチカンは必死にキッチンへと向かっていく。
『
三人プラス一匹で後を追うと、床に置いた段ボールに入ったキャベツの外葉をばりばりと猛烈な勢いで食べ始めた。
「……お腹減ってる?」
「そのようだな」
困り顔のシュゼンも可愛いと、ちらりと思ってしまった。ダメダメ。私は推し一筋の女。
見守る私たちの目の前で箱一杯のキャベツの外葉を食べ、さらに私が差し出した丸々一個のキャベツを平らげて、ようやくマンチカンは手を止めて頭を下げた。
「……そんなに感謝しなくてもいいのよ。顔を上げ…………ちょ。寝てる?」
何のことはない。頭を下げているのではなく空になった段ボールの中で、ごめん寝状態で眠っているだけ。これは可愛い。可愛い以外の言葉が思いつかない。
「起きるまで待とう」
シュゼンの呟きに同意した私たちは、夕食の続きを再開した。
◆
マンチカンの姿をした青龍が目を覚まして、段ボール箱から出てきたのは、夕食の片付けもすっかり終わった午後十時。私がそろそろ自分の部屋に帰ろうとした時だった。
私たちの前で、灰緑色のマンチカンがその短い手足を動かし、口をぱくぱくとさせながら何かを訴える。
「何を言ってるの?」
「………わからない」
シュゼンとヨウゼンが困ったと首を傾げた。その横で猫の姿の麒麟がふんぞり返る。
『ふん。俺様が通訳してやろう。……青龍の住む領界の色が乱れ、何者かに全員の声が奪われた。助けて欲しい。……だそうだ』
「領界の色が乱れた?」
全く意味がわからない。
「様々な物の色が入れ替わる現象だ。恐らくは麒麟と同じで、乱された色に気を取られている間に声が奪われたのだろう」
「声を奪ってどうするのかしら?」
「それはわからない。青龍の声に特に力はなかったように思う」
シュゼンが考え込むような表情で呟く。
「何故、シュゼンに助けを求める? 青龍の領界の近くに、他の神々が多々いるだろう?」
ヨウゼンの言葉に対して、青龍がまた何かを訴えた。
『……おい。こいつは龍神に助けを求めに来たんじゃない。〝
麒麟の言葉で、シュゼンとヨウゼンが私に視線を向けた。
「ご、五色の彩姫って、何?」
文脈からすると、それは私のこと。そんな大層な異名は初めて聞いた。龍神の嫁になるとそう呼ばれるのだろうか。
「……神の定めた色を再度彩色し直すことができる女性のことだ。人界、神界、冥界の三界に五名が存在すると言われている。……まさかとは思っていたが……」
「気が付いてたの?」
「響歌の幼馴染が着ていた装束の色を変えただろう? あの時、もしかしたらと思っていた」
あれが能力だったのかと思い出しても、実感はない。ただ色を思い浮かべて色名を言いながら触れただけ。
「あ、そ、そうなんだ……何か問題とかある?」
「……こうして三界から助けを求められることがある。……すまない。響歌を私だけのものにしておきたくて言い出せなかった」
シュゼンの寂しそうな笑顔にきゅんときた。その独占欲が心をくすぐる。その黒い瞳を見ていると、元の赤色が黒に見える程濃くなった色なのだと知った。
「えーっとだな。どうする、シュゼン?」
頬を赤くしたヨウゼンの声で、周囲に人がいることに気が付いた。危ない危ない。場所を忘れて二人の世界に浸ってしまっていた。これでは美鈴のことを笑えない。
「今から行って、すぐに戻って来れる? 明日仕事なの」
六時間の睡眠時間は確保したい。人助けだとしても、仮病で休みを取るのは気が引ける。
「ああ。今の時間に戻ってくるようにしよう」
シュゼンの微笑みは優しくて、私は安心して微笑み返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます