第十五話 夢カワイイは最強です。

 美鈴みりんがもらった装束を着るというので、着替えを手伝う。

「手伝ってくれる人とかいないの?」

「最初は女の人が何人もいたんだけど、少しずついなくなっちゃって……三日前に誰もいなくなったの」

 白い内着に袴は漆黒。これはこれでカッコイイ。五つ衣は、濃い灰色から薄い灰色へのグラデーション。


「ご飯は?」

「お腹すいたなーって思ったら、あの箱を開けると入ってるの」

 それはシュゼンの屋敷にもあったひつ。あれは装束だけでなく、食べ物まで取寄せられるのか。


「五年もこの部屋に籠ってたの?」

「嘘! 五年も経ってるの? 私、半年くらいって思ってた……」

 元の世界と神様の世界は時間の流れも違うのか。先日の移転の時には、きっちり時間が合っていた。もしかしたら、シュゼンが調整してくれていたのかも。


 小袿は光沢のある漆黒。無数の花紋様が織り込まれていて、重ねると重厚感が増す。美鈴の甘く可愛らしい顔立ちには正直言って似合わない。

「めちゃめちゃカッコイイけど……」

「……ん。たぶん、響ちゃんの言いたいことと同じこと思ってる」


「色を変えられないかな?」

「やってみる」

 美鈴が装束に手をあてて色が変われと念じてもまったく色は変わらない。


「無理みたい。デザインは好きなのになー」

「あの神様におねだりして、シュガーピンクとかにしてもらったら?」

 肩を落とした美鈴を励まそうと背を叩いた途端、小袿の黒が淡い淡いピンク色に変化した。


「は?」

「えーっ、凄い。これ、この色好き!」

 私が色名を言って軽く叩くと色が変わる。混乱しながらも、乞われるままに装束の色を変え、シュガーピンクの小袿に、淡いパープルグラデの五つ衣。白の内着に濃いピンクの袴に仕上がった。


「か、可愛い……っ」

 肩にかかる、ふわふわの焦げ茶色の髪と垂れ目気味の甘い顔立ちに夢カワイイ系色の装束が、似合い過ぎている。


「……これ、許してくれるかな?」

「ダメって言われたら戻したらいいじゃない。でも、こっちの方が絶対りっちゃんに似合うと思う」

 頻繁に贈り物を考えてくれるのなら、きっと嫌いではないのだと思う。乱神と言っても超神経質っぽいだけで、そんなに悪い感じは受けなかった。


 部屋を出て、二人で渡殿を歩いていく。

「あ、そういえば、もふもふ猫お願いしたでしょ?」

「そうなの。独りで寂しくないかって聞かれて。……そしたら、何かお化けっていうか、金ぴかの変なのが来て……これじゃないって言ったら、ものすごい悲しい顔されちゃって……」


「あれ、麒麟」

「え? 麒麟って、あんなのだっけ?」

「神獣の麒麟。なんかねー、神様たちにはあれが猫に見えるみたいなの」


「神様たち?」

「えーっと。私も一応、この世界では龍神様の嫁になっちゃったのよね」

 まだ認めてはいない。私は推しのことをあきらめてはいない。


「あ、そうなんだ! センカが友達を呼んでくれたと思ってたの。どこに住んでるの?」

「元の世界に部屋借りてて、そこのまま。シュゼンが門を作ってくれたから行き来してるの」


「響ちゃんの旦那様、シュゼンさんていうのかー」

 何の悪意も含みもない天使の微笑みで言われると、何故か恥ずかしくなってきた。爆発的に熱くなっていく頬はきっと赤い。


「か、仮だから。一応……だし」

「えー? そうなのー?」

 うふふと横目で微笑まれて、さらに頬の温度が上がっていく。頭まで熱くなってきた頃、寝殿へとたどり着いてほっとした。


 真っ黒な板張りの床の上、シュゼンとセンカが二人でお酒を飲んでいた。あれだけ大量に転がっていた瓶子へいしは消えて一つだけ。お酒のつまみが乗ったお膳を挟んで向かい合っている。


 センカがちらりと美鈴を見て、持っていた盃を取り落とした。みるみるうちに頬を赤らめていく美少年は、あからさま過ぎて見ているこっちが恥ずかしくなってくる。


「セ、センカ。あのね……その……〝誓色〟をやり直してもいいかな?」

『もちろん。リンの好きな色にしてくれ』

 瞬間移動で美鈴の前に現れたセンカは、優しく手を握る。その黒々とした狩衣が、淡い淡いパープルへと変化した。袴は可愛いシャーベットオレンジ。その色合わせはどうよと思ったけれど、髪の濃い灰色とオレンジの瞳の強さを良い感じに和らげていて、ふわりと優しい印象へ。


 二人を中心にして、屋敷の色が塗り替えられていく。床や柱は、柔らかな白木の色へと変わり、御簾は優しいイエロー。飾り布は淡いピンクやパープル。寝殿造りの和風建築が、夢カワイイ色へと染まるとお菓子で出来た家のよう。


 屋敷の上空を覆っていた黒い雲はすっかり消えて、呑気な青空が広がっている。センカは乱神ではなくなったということなのか。


 ぽん。と音がして、空中に花が咲いたかと思うと、ふわふわと落ちた。小さな花から大きな花まで、カラフルな花が次々と咲いて床を埋め尽くしていく。


 見つめ合う美鈴とセンカは完全に二人の世界。これは邪魔をしてはいけないと、シュゼンと目配せして、そっと外へ出る。


「麒麟は回収した?」

『ああ』

 庭に置いたままだった雲に乗り、私は花に埋もれつつある美鈴に向かって叫ぶ。


「りっちゃん! また遊びに来るからねー!」

「あっ! 響ちゃん、ありがとー!」

 手を振る二人に手を振り返し、私はシュゼンと一緒にセンカの屋敷から離れた。

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