第二十話 ワイルドはうらやましい。
画面を通り抜け、異世界へと入るとシュゼンの姿が変わる。髪は長くなり、目は赤く。装束は淡い淡い青緑、青白磁色の狩衣。今日の単は紅梅で、紫の袴。沓は黒。淡く微笑むその姿は、涼やかで凛々しい。何度見ても、くらくらしそう。
『響歌、
シュゼンの手の中に、紐が付けられた赤い玉が現れる。優しい手が私の首へとそっと飾ってくれた。
「今、着替えた方がいいかな?」
シャーベットオレンジのカットソーにジーンズ、赤いスニーカー。という完全普段着は、不思議な世界ではかなり浮いている。
『現地についてみてからでいいだろう。動きやすい慣れた服の方が良いこともある』
そう言われればそうかと納得。
背後で金色の光が煌めいて振り向いた。
「うわー」
かろうじて可愛くないという言葉は飲み込んだ。あのもふもふとした薄金茶色の猫だった麒麟は、鹿みたいな全身が鱗だらけで顔は龍。金色の牛のしっぽをふりふりさせている。……そうか。神界での麒麟ってこういう感じだった。理不尽とは思っても、これを撫でたいとは一ミリも思えない。
『おいこら。何か不満そうだな』
「ふ。世の無常を感じているだけよ」
異世界の姿より、現実世界の姿の方が百万倍可愛いとか、そんなの詐欺としか思えない。
超可愛かった灰緑色のマンチカンは緑の鱗の龍へと変化。内心、残念過ぎて堪らない。あの可愛さはどこへ消失したのか。異世界に来る前に、撫でさせてもらえばよかったと拳を握る。
シュゼンがぱちりと指を鳴らすと移動雲が現れた。金色のハンドルに小さなモニタ。一往復しか使っていないのに、何となく使い慣れた感がある。
雲は一畳くらいしかない大きさ。これにシュゼンとヨウゼンと私では狭すぎるかもしれない。シュゼンも同じように思ったらしい。
『移動雲を用意しよう』
シュゼンがぱちりと指を鳴らすと、雲がもう一つ現れた。ハンドルは銀色。
『では、俺はこちらを預かろう』
ヨウゼンが意気揚々と雲に乗る。試し乗りと言って急発進した移動雲は高速回転したり、宙返りしたりと超絶暴走気味。ぐるりと空を回って猛スピードで戻って来た。
『これは便利な乗り物だな。気に入った』
ヨウゼンは目を回した様子もなく、笑っているから凄い。いつもは馬か馬車で移動していたと聞いて、その適応能力に驚きしか感じない。
「ヨウゼンは服が変わらないのね」
オレンジ髪はそのままで瞳の色は緑に戻ったのに、服はミリタリー系のカジュアルファッションのまま。足元は黒の編上げブーツと厳つい。
『狩衣より動きやすいからな。気に入ってる』
成程。機能性重視が好みなのか。作業用のツナギとか好きそうだし似合いそう。
いざ出発と雲が動き出した時、何故か青龍がマンチカンに戻って、ヨウゼンの背中に取り付いた。
『ん? ああ、まぁ、ちゃんとつかまっていろよ』
明るく笑うヨウゼンは厳つく見えても優しい。それを見ていた麒麟も長毛種の猫になって、ヨウゼンの足にしがみ付く。
「うわー。いいなー」
なんということでしょう。雲に乗るワイルドな美形の背中にぶら下がるマンチカンと脚にしがみ付くもふふわな猫。うらやましすぎる光景が目の前で展開していてめまいがしそう。
『よし、青龍の領界まで、俺が案内しよう』
『ヨウゼン、あまり速度を上げないように注意してくれ』
『ああ、わかった。程ほどに急ごう』
そう言いながらも、ヨウゼンが操る移動雲は結構なスピードで屋敷の出口へと進んでいく。
慌てて追いかけようとした私を、シュゼンが背後から包み込むように抱きしめた。
『響歌、私たちも行こうか』
耳元で囁かれると、先日よりも近すぎる距離に鼓動は爆上がり。ダメダメ。私は推し一筋の女。
「え、えーっと……出発……します」
適切な距離を取って欲しい。そんな言葉を思いついても口から出ない。ハンドルをきゅっと握りしめて、ぐらぐらと揺れる心を固定する。
雲がふわりと浮いた途端、何故か急発進を始めた。すでに屋敷から出てしまったヨウゼンを追いかけるように猛烈なスピードで走り出す。
「う……ぎゃあああああああ!」
可愛らしいとはお世辞にも言えない悲鳴を上げて踏ん張りながら、ハンドルを握りしめるしかなかった。
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