第三十五話 ホワイトシチューは優しさの味。

 休日の朝、パジャマのままでスマホを覗き込む。今日もゲームの復活署名サイトをSNSで拡散し、推しの情報を検索すると担当イラストレーターの新規イラストが引っ掛かった。権利関係を気にして一部を変えたイラストとかそういうのではなくて、タグに推しの名前まで入っている。


「ちょ。ちょ。ちょーっと! 待って、これ、公式?」

 期待に胸を膨らませ、慌ててあちこちのサイトをチェックすると出版情報がヒットした。


「メモリアルブックかあー」

 一気にテンション爆下がり。新規イラストと、これまでのイラストとイベントシナリオをまとめたムック本が上下二冊で出るだけ。デジタルデータではなくて紙で見れるのは嬉しいけれど、ゲームが復活という訳ではない。


 ぱったりと布団に倒れ込んで転がる。

「あああああああ! 復活はどうなったのー? ……とりあえず予約、予約。特典ないかなー」

 販売するショップごとの特典をチェックして、見る用、保存用、布教用を予約。


 三件目で予約完了して気が付いた。ゲーム会社の名前が違っている。買収を予定していた企業でもなく、初めて聞く名前。


「こ、こ、これはもしかして、本当に復活するのかも……」

 うきうきと弾む心は、体も軽くしてくれる。布団から起き上がった私は、服を着替えることにした。


      ◆


 最近のシュゼンは日中にいないことが多くて、やり直しのデートの約束もできていない。顔を合わせるのは夕食の時だけで、少し寂しい。


『どうした? 浮かぬ顔だな』

 窓際に転がっていた薄金茶色の猫姿の麒麟が私に話しかけてきた。


「ん? ああ、何でもないから大丈夫。……シュゼンって、最近忙しいの?」

『今は秋だぞ。先月から日本全国あちこちで収穫祭だ。新嘗祭にいなめさいも控えている。新神なら勉強と称して手伝いを求められて引く手あまただな』

 私の問いに、同じく転がっている錆び猫の姿をした玄武が答えてくれた。今は十一月。神様が忙しいのは年末年始だけではなかったのか。


「そうなんだ……」

 要請されるすべてに手伝いに行っていたりするのかも……何となくそんな気がしてきた。


『龍神は気難しい者が多い中、気安く応じる者は稀ですからね。大人気でしょう』

 ソファの上で優雅に寝そべっているオレンジ色のシャム猫が笑う。そう。いつの間にか朱雀までが、シュゼンの部屋に猫姿で入り浸っている。


『龍神、優しー』

 ころりとあざと可愛くソファで転がる灰緑色のマンチカンは青龍。ここはもふもふパラダイスだというのに、四匹とも私に撫でさせてくれないのは何故なのか。


 キッチンの隅には、新米が詰まった三十キロの米袋が置かれている。いつもは十キロずつ送ってくれるのに、今月は何故か三十キロ。実家に電話を掛けると、突然結納品が神棚の前に現れたから、私が龍神と一緒に暮らしていると思ったらしい。足りなければ、もっと送ると言われてしまった。


「新米って、新嘗祭終わるまで食べられないのよねー」

 今年収獲されたお米は、最初に神様が食べてから。子供の頃から、そう教わってきた。スーパーでは早々に売られているけれど、今はまだ去年のお米。


 シュゼンの好物を作ってあげたいとおもっても、何でもおいしいと言って食べてくれるし、本人も特に好きな物はわからないと言っていた。いろんな料理を作って、好みを探るしかない。


「よし。今日はホワイトシチュー作ろっと」

 時間をかけてコトコト煮込む。鍋いっぱいに作っても、皆が食べてくれるだろう。私は野菜収納箱からジャガイモと玉ねぎ、ニンジンを取り出した。


      ◆


 鶏肉と野菜たっぷりのホワイトシチューが出来上がった。鍋のフタを開ければ、おいしそうな匂いが部屋中に広がって、転がっていた猫たちが匂いにそれぞれ反応している。温野菜サラダ用のブロッコリーを蒸すのは食べる直前。


 皿を準備しようとして、シチューをご飯に掛ける派なのか、ご飯とは分ける派なのか聞いたことが無かったことに気が付く。実家は分ける派で、私は一人暮らしを始めてから、洗い物を減らす為にご飯に掛ける派になった。


 食事の慣習の違いは、意外と揉める話。とりあえずシチューとご飯と分けて出すことに決めた時、背後にふわりとシュゼンの気配。


 振り向くと優しい微笑みが待っている。白いニットにベージュのチノパン。シンプルな綺麗めカジュアルが似合う素敵な人。

「シュゼン、おかえりなさい」

「響歌、ただいま」


「お疲れ様。シチューが出来てるから、座ってて」

「疲れてはいないから、手伝わせてほしい」


「シュゼンは他の神様の手伝いばっかりしているんでしょう? ここでは手伝わなくても大丈夫」

「だからこそ、響歌の手伝いがしたい。……一秒でも長く響歌のそばにいたいと思う」


 はにかむ笑顔に、心臓を撃ち抜かれた。ふらふらと揺らぐ心と熱くなる頬を押さえつつ、私は頷くしかなかった。

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