第39話 試験当日(2)

 試験官がゆっくりと上空に指を向ける。

 一呼吸おき、その指先からパァーンと破裂音が鳴った。


 開始の合図だ。


 音と同時に御堂を乗せた『ハク』がスタートラインを飛び出す。


 有楽町駅までの距離はおよそ1キロ弱。その間の厄体は3が一体、2が四体。


 ハクは脇目も振らず、ひたすら真っ直ぐに走り抜ける。御堂は脅威度1と2を瞬時に見極め、2のみを馬上から弓矢で射抜いていく。


 御堂家に伝わる伝統の技『光射』


 矢に特殊な霊符を貼ることで速度、耐久性、貫通力を大幅に引き上げる陰陽術だ。


 開始から1分、有楽町駅付近には脅威度3の悪霊が待ち構えていた。


 悪霊は御堂を掴まえようと、数十メートル先から大きな腕を伸ばしてくる。


 ハクはそれを跳躍して躱し、なおも追尾してくる腕を御堂が鬼切丸で切断した。


 空中で下にいる悪霊に向けて『光射』を三本放ち、着地と同時に悪霊を鬼切丸で縦に一刀両断。

 悪霊は霞となって消えていった。


 「ハク、右!」


 言葉が通じたのか、ハクはすぐに右側の線路沿いの道路へ進路を変更する。

 この間、御堂は一度も降りることなく、そのままのスピードで有楽町駅を直進し、新橋駅西口へと進む。


 しかし、御堂はすぐ異変に気が付いた。


 本来であれば脅威度2と3の悪霊が交互に出てくるはずのこのエリアに悪霊が一体もいない。


「こういうこともあるのかな?」


 一抹の不安を感じながらも御堂はハクと共に有楽町駅を駆け抜けていった。



『卒業生選抜試験実施本部 仮設事務所』


「田沼さん!

現在試験中の十八番走者、御堂未春ですが、有楽町駅付近でコースアウトし、ゴールとは別の銀座方面へ進んでいるようです」


「なに!あの子がそんなミスをするはずがないだろう」


「いえ、でも現に付近の監視員からも異常を知らせる連絡が届いておりまして」


「俺が行って様子を見てくる。あのへんには確か…」


「はい。『準危険指定区域』があります」


「事前浄化はできているのか?」


「今回のためにしているかどうかはなんとも。『落武者の亡霊』の出現確率は不定期なので。長いこと放置されることはないと思いますが」


「やつの脅威度は6だったか。まずいな」


 そう言い残し、田沼は事務所を飛び出した。



「おかしい」


 有楽町駅を駆け抜けた後、ニ〜三分走り続けているが、一向に厄体が出現することもなく、さっきから景色が変わらない。


 御堂は立ち止まった。


「コース間違えたのかな?何度も確認したんだけど」


 事前準備に抜かりはない。コースは何度もシミュレーションしているし、他の人の様子も見ているのに間違えることは有り得ないと確信していた。


 しかし今、明らかにおかしな状況になっていることに御堂は動揺を隠せないでいる。


「一旦、戻ろうかな」


 (私の知らない試験項目があるのかもしれない。先輩達はそういう見えない部分にも惑わされずクリアしているのかも。やっぱり私なんてまだまだだったんだ)


 御堂が来た道を戻ろうとすると、目の前には何やら人の姿が。


 よく見ると、武士のような格好をしたそれは頭がない。


(厄化妖怪?見たことないけど、もしかしたら試験は続いてるのかも)


 御堂はハクの上から矢を二本射抜く。


 目にも止まらない速さで放たれた矢は妖怪の鎧に当たり、弾かれた。


「え!3くらいなら五体まとめて貫通できるくらい威力があるはずなのに」


 続けて鎧のない関節部分に矢を三本射るも、やはり同様に弾かれる。


「なんで?なんでそんなに強い厄体がここにいるの?」


 次の瞬間


 首無し武者はさきほどの矢と変わらぬスピードで一気に間合いを詰める。


 そして、振り上げた刀が二人の元へと振り下ろされた。


 ハクが御堂を守るように一歩前に出ると、ハクの首はストンと地面に落ちた。


「ハク―!!」


 御堂は我を忘れて武者に斬りかかる。彼女にとって、これほどの怒りを覚えたのは生まれて初めてだ。


 しかし、鬼切丸の刃は全て分厚い鎧に弾かれ、ダメージを与えられてそうにない。それでもなお斬りかかるも、霊力は残り僅かとなっていた。


「御堂くん!!」


 遠くから自分を呼ぶ田沼の声が聞こえた御堂は一瞬我に返った。


 しかし、首無し武者もその隙を逃さなかった。


 再び振り上げた刀を容赦なく御堂の首筋へ振り下ろす。


「あぁ!くそ!このやろう!」


 田沼も刀を抜き武者に斬りかかるも一歩及ばず、無情にもその刀は御堂の首へと振り下ろされた。


 幽世で一番危険なのは首を切り落とされることだ。

 腕や足であれば一旦現世に避難し、後から治療することも可能だが、首を落とされた場合、あまりの痛みに耐えきれずその場でショック死する可能性が高い。


 ただ、


 武者の刀が御堂に届くことはなかった。


「加納さん?」


 御堂の前に立ち塞がる一人の男性。


「未春。大丈夫か!」


 御堂が見上げると、武者が振り下ろした刀を左手で掴んでいる加納がいた。


『ザシュッ!』


 その直後、田沼の刀が武者を切り裂く。


「加納くん!」


 久しぶりの再会に二人が驚きの表情を浮かべる。


「お久しぶりです。田沼さん。危なかったな、未春。間に合って良かった」

 

 そう言うと加納は右手を未春の頬に添え、頭の後ろに潜んでいた何かを引っ張り出した。


「こいつの仕業か」


「それは『幻妖虫』!」


 加納が握りしめる小さな生き物を見て田沼が呟く。


「そういう名前なんですか。いま首筋に何か見えたから。こんにゃろ!」


 加納が力を込めると、その虫はブチュッと気持ち悪い音を発し、霞となって消えていった。


「これは?」


 未春の視界が変化する。


「この場所で幻妖虫が出たという話は聞いたことがない。誰だかは知らんが、御堂くんを陥れようと企んだ不届き者がいたのかもしれないな」


「そんな」


「君は御堂家の天才児として有名だからね。私怨か誰かに頼まれたか。いずれにせよ、原因究明は私達に任せて、まずは本部に戻ろう。この後のことは我々で考える。

本当に御堂くんが無事で良かった!加納くんありがとう!」


ショックから立ち直れず、放心状態の御堂。


「いえ、たまたま今日が試験だって聞いてたから来てみたら、前の方に未春が見えたので。ハクが斬られたから、これはおかしいと思ったんですよ」


「ハク?あぁ、式神の白馬のことか!それなら大丈夫。式神は私達と違って生身の体じゃないからね。しばらくすれば復活できると思うよ」


「そうですか!未春、良かったな」


 御堂は加納の顔を見ることができず小さく頷いた。

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