第38話 試験当日
十二月二十六日
今日は年内最後の講義であり『卒業生選抜試験』の開催日でもある。
開催場所は東京駅南口。
初めて会った先輩エリート達に御堂未春は緊張した面持ちで開始の合図を待っていた。
「やぁ、御堂くん」
そんな御堂に田沼が声をかける。
「あ、田沼さん! おはようございます」
ようやく現れた知人に彼女の緊張は一気に解れた。
「いよいよだね。卒業前の子が出るなんて異例中の異例だから楽しみだよ」
「あ、はい」
御堂の顔が少し曇る。
「おっと、ごめん! プレッシャー与えちゃったね。でも、合否があるわけじゃないからさ!
気負わずに自分の出来ることをやればそれでいいんだよ」
「ありがとうございます」
「うん、頑張って。ところで最近、加納君を見てないんだけど、何か知ってる?」
田沼は珍しく心配そうな表情を浮かべ、御堂に質問した。
「いえ、私もずっと会っていなくて。夏頃、この試験対策に協力してくれたんですけど、それから会ってないんです。
夏休みが終わってからは私も学校と試験で忙しくなってしまって、連絡取れてなかったんですけど…」
「そうだよね。大学にはたま〜に顔出してるっぽいんだけど、前のバイトも辞めちゃったみたいでさ」
口をへの字にして、唸るように田沼は言う。
「そうなんですか。心配ですね。この試験が終わったら結果報告も兼ねて連絡してみます」
「うん。宜しく頼むよ」
そう言い残し田沼は実施本部へと戻っていった。
今回の選抜試験のスタート地点は『東京駅丸の内駅前広場』ゴールは『新橋駅西口』だ。
広場を左折し真っ直ぐ進み、有楽町を通り抜け、線路沿いを新橋駅まで。
距離にして二キロ、徒歩でおよそ三十分のコースとなる。
このあたりは特に厄消作業が頻繁に行われているため、厄体の脅威度、数ともに非常に管理されたエリアだ。
低級厄体の発生頻度が高く、脅威度3以下の厄体はおよそ十五分もあれば全て復活する。
今回は3が五体、2が十体を想定していて、1はカウントに含めない。
そのため如何に1をスルーし、十五体を確実に仕留めつつ、タイムを縮めるかが重要になる。
本日の参加者は今年一月から十二月までの卒業生トップ二十名、および御堂未春の計二十一名だ。
恒例の激励メッセージは、小田川が体調不良により現地に参加することができなかったので、事前に撮影した映像をプロジェクションマッピングで映し出した。
幽世では現世との接続が必要な電波や電気などは利用できないが、大抵のものは霊気を使って代用できるのだ。
試験の順番は『あいうえお順』で行われることになり、御堂は二十一人中十八番目。
早速、一番手の卒業生が準備を始めていた。
(あんなに小柄な人もトップランクに入ってるんだぁ)
その女性は御堂よりも小さい身長百五十センチ前後。動きやすそうなホットパンツに大きめのTシャツを着ている。
そして、Tシャツを縛るかのように腰に巻かれているのは2丁の拳銃ホルダー。横には式神らしき大型犬を携えていた。
加納と練習したあの日から五ヶ月。
御堂家に代々伝わる白馬の式神『三眼白雲』の『ハク』とは今日まで毎日練習を続けてきた。
今では御堂の手足と化し、その四肢は全く疲れを知らない。
類家涼香にお願いして作ってもらった特製の鞍は乗り降りがしやすく快適だった。
人気カフェのスイーツを全種類おごって綿密な打ち合わせをしただけの甲斐があったと、本人も満足している。
(大丈夫。あんなに練習したんだから)
御堂は自分に言い聞かせた。
第一走者の試験が終わり、早速結果が出た。
完走タイム:四分五十三秒
厄消数 :十四体
試験は十分のインターバルをおいて機械的に進められる。一時間に四人。およそ五時間の構成だ。
完走タイム:五分五秒
厄消数 :十五体
完走タイム:五分四十二秒
厄消数 :十五体
完走タイム:四分四十六秒
厄消数 :十四体
インターバルは次走者の準備次第のため、試験は比較的早めに進められていった。
十一人が完了したところで時間調整休憩をはさみ、全ての厄体が復活していることを再確認してから、残り十名の試験が開始された。
開始から四時間。
幽世内では空腹も疲労も起きないので、時間的なハンデはほぼない。
なるべくフェアになるようコースはもちろん厄体の発生場所もインターバル中に全て知らされる。
いよいよ御堂の番が迫ってきた。
完走タイム:六分一秒
厄消数 :十三体
十七番走者の結果が発表され、本部が御堂に準備を促す。
「ハク、よろしくね」
三眼白雲のたてがみを撫でながら顔を埋ずめ、小声で呟く御堂。
(リラックス、リラックス、大丈夫、大丈夫)
「十八番、御堂未春。スタートラインへ」
「はい!宜しくお願いします」
少し上を向き深呼吸した彼女の目には数本の三途の川が輝いていた。
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