第5話 業界事情

 暇所いとましょで宮司の小田川さんと話した後、案内してくれた男性(田沼さんというらしい)に陰陽業界のことを少し教わった。


 現在、陰陽協会東京支部にあたるこの神社と請負契約している陰陽師は三百名超。

 支部の規模としては全国一位だという。

 

 陰陽師は基本的に個人事業主らしく、報酬は個人の力量に応じて一人一人異なる。


 浄化した厄体一体につきいくらとか、依頼された仕事を完了したらいくらとか、状況次第みたい。


 それと内容は危険を伴うので、一人で行うよりもチームで動くことが推奨されている。


 かくいう田沼さんも東京支部に所属していた元陰陽師。五十歳の節目でFIREして週に三日ほど神主のアルバイトとして運営を手伝っているそうだ。


 迦具夜も言っていたように全国では三〜四千人ほどの陰陽師が日々活動している。


 そして…

 その市場規模は驚愕の一兆円!


 田沼さんの記憶なので真偽の程は定かではないが、長年業界にいた人の情報だから信憑性は高いのではないだろうか。


 トップ陰陽師は海外のプロスポーツ選手を凌ぐ収入を得ている人もいるとか。

 何とも夢のある職業だ。


 仕事は公的案件と私的案件の二種類に分けられる。


 公的案件とは、陰陽協会からの依頼案件であり、メインは千年以上前から脈々と続いている各地域の定期的な厄体浄化作業だ。


 明治三年の陰陽寮廃止に伴い、陰陽師も表舞台からその姿を消したものの、幽世の厄体発生がなくなる訳はなく人口の増加とともに寧ろ増え続けているという。


 大部分の陰陽寮の機能は廃止されたが、『厄消し』いわゆる退魔業に関してだけは今でも依頼が増え続けている。


 私的案件とは、協会を通さず個人的に霊障相談を解決すること。

 金持ちほどスピリチュアルなものを気にする人は多いらしい。

 欲しいものが手に入るようになると地位や名声などの目に見えないものに興味が向かうのと理屈は同じなのだそうだ。


 といっても、よほど名のある陰陽師でもない限り直接の依頼なんてものはないので、ほぼ全ての陰陽師が各地の協会支部に所属し仕事をしている。


 現在の陰陽協会に昔のような統制力はなく、霊障案件の相談窓口としての機能が主なので、協会に所属していても私的活動は自由に認められているそうだ。


 陰陽師の階級としてはまず初めに月に一度行っている今回の試験に合格すると陰陽生となる。


 陰陽師として必要な素養を身に付け卒業試験に合格すると一人前とみなされ、その後の行動は基本的に自分次第だ。


 卒業後は初段陰陽師になり、二段、三段と実績に応じてランクが上がっていき十段まで。


 ちなみに田沼さんの最終階級は五段。陰陽師としてはまさに中の中だが、五十歳でアーリーリタイアしても結構優雅な生活ができているらしい。羨ましい限りだ。


 そんなことを教わっている間に二次試験の開始時間が迫ってきた。田沼さんにお礼を言い、俺はいざ試験会場へ。


 二次試験は一次を行った本殿の地下で行われる。

 神社に地下空間があるなんて初めて知った。しかもエレベーターまで設置されていた。


 どのくらいの深さなのか検討もつかないが、地下室の中はとても明るく、外には竹藪が生い茂っていた。


 広さ的には畳が縦横ニ十個くらいだから…四百畳だ。


 一次試験合格者八名のうち七名はすでに揃っていたので、俺が一番最後だ。合格者の顔ぶれを見るとやっぱりみんな若い。


 それと、一次試験で早々に筆を置いていた例の正座美女の姿も発見!


 彼女には他の受験生と違ったそこはかとない余裕が感じられるんだよなぁ。二次試験もあっさりとクリアするのではなかろうか。


 陰陽師として活動できるようになる年齢は労働基準法で定められている一般的な職業と同じく中学校卒業後の四月一日から。


 陰陽師試験合格通知の有効期限は一年。

 つまり、合格してから一年以内にどこかの支部と業務請負契約を結ぶ必要がある。


 試験を受けに来るのは代々の陰陽師家系の子息が大半なので、必然的に十五歳の受験生がとても多くなるわけだ。


 今日は一月八日。

 十五歳の場合は今回の試験で合格した後、所属する地域を決め、支部との契約を締結し、四月一日から活動を開始するといった流れになるケースが多いという。


 見た感じ十五歳でなさそうのは俺ともう一人か二人くらい。


 一人は無精髭を生やした結構年上の男性。おそらく三十歳前後だろう。

 彼は面倒くさそうに腕を組み、貧乏ゆすりしながら試験の開始を待っている。


 陰陽師になってもなんらかの理由で資格が失効する場合がある。ルール違反による罰則、怪我による長期療養などだ。


 そうなると資格は一旦リセットされ、初めから試験を受け直さなければならない。見た感じ如何にも危なそうな雰囲気が漂っているので、あまり関わらないほうが良さそうだ。


 現役陰陽師からしたら簡単な内容なので、ただ面倒くさいだけの退屈な時間なのだろう。

 これも田沼さん情報。


「それではこれから二次試験を開始します」


 午後四時三十分きっかり。

 いよいよ試験が始まる。


 田沼さんからの事前情報によると、内容は思っていた通り実技試験。

 幽世に入ることができるか、入った後に活動できるだけの霊力を保持できるかがポイントらしい。


 行き当たりばったりで受験するやつなんて俺くらいだよな。

 ただ、ある意味開き直っているので緊張はない。


 何でも来い!


 先週、幽世の中に入れたのは迦具夜のおかげだし、中でも話していただけだから活動できていたのかは良く分からない。


 正座美女と三十路は難なくこなしそうだが、残りの五人も一時間前に初めて知った俺よりは遥かに対策してきているのだろう。


「まず初めに試験の概要を説明します」


 いよいよか。


 父さん母さん、まだ何も報告してなくてごめん。もし無事に戻れたら今後のことをちゃんと相談させてもらいます。

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