第14話 後継者教練

「その後どうかな?勅使状の少年は?」


 陰陽生の指導係は二週間に一度、支部長である宮司へ進捗の報告を行う。最近の関心事はなんといっても勅使状。


 そのことがずっと気になっていた小田川が暇所で田沼に質問した。


「彼はまだまだこれからですね。後継者に良くみられる傾向です。迦具夜様の見立ては間違いないのでしょうが、如何せん事前に育てるということを為さらないので、私も密に彼のサポートを続けていきます」


「そうかそうか。まぁ慌てることはない。時がくれば成長は加速していくだろう。過去に何度か後継者の指導係もしておったが、最初はそんなもんだった」


「はい。おっしゃる通りですね」


「して、もう一人のほうは?」


「御堂未春については順調です。今回の霊力測定でもニ百を優に超えております。十五歳にして初回にニ百を超えたのは計測史上でも数名かと」


「ほう。さすがは御堂家の天才児。出生時に自慢しに来ただけのことはあるのう。霊力が伸びにくい期間でよくぞそこまで引き上げられたものだ」


 心身ともに成長し切っていない子供のうちは霊力もなかなか向上しない。


 そのうえ、学業以外にも部活や習い事など、ただでさえ陰陽術の修行をする時間が限られる中、これだけの数字を叩き出すというのは驚異的なことであった。


「ええ、正直私もあそこまでとは思いませんでした。現状の測定は二回ですが、直近の結果はこの様になっております」


 田沼は横に置いていた資料ファイルから一枚の紙を出し、小田川の前に差し出す。


第132期2月生 

集術凝術実績一覧(1)


氏名    最大霊力  霊質ランク

御堂未春  集術225 凝術 E

小田切楓  集術 81 凝術 F

戸塚心平  集術 69 凝術 F

林美波   集術 64 凝術 F

田部井志郎 集術 58 凝術 F

神崎香菜  集術 56 凝術 F

野尻勇太  集術 56 凝術 F

高橋加伊羅 集術 51 凝術 F

井筒雅   集術 50 凝術 F

杉田康介  集術 48 凝術 F

葛城寧々  集術 45 凝術 F

類家涼香  集術 39 凝術 F

比留間学  集術 37 凝術 F

宮地明元  集術 31 凝術 F

加納賢吾  集術  8 凝術 


「ほう。これはまた。両端が際立つのう」


「最大霊力は凝術分が加算されております」


「この二人の他に注目する生徒はおるのか?」


「あとはだいたい例年と似たり寄ったりですが、類家涼香は操術の才能を感じましたね」


「ふむ。創出の才か」



 集術、凝術ともに最下位。せっかく乗ってきていたやる気も急降下だ。


 大学は春休みだし、今日は居酒屋のバイトもないので、俺は久しぶりに家でのんびり過ごしていた。


 ここのところ毎日陰陽師の練習に通っていたが、結果は霊力が少し上がっただけ。

御堂さんとの差はさらに開いてしまった。


 他にまだ三つも習得しないといけない陰陽術があるっていうのに。

 まぁでも、霊力を扱えるようになったのは大きな前進だったかな。


 ただ、このまま続けても一年後の卒業試験合格は難しいという。


 田沼さんいわく、5から二週間ほどで3アップというのはかなり凄いことらしく、増加数こそ3だが、率で考えれば60%アップだ!と鼻息荒く言っていた。

 ずっとこの増加率が続くわけではないようだけど、確かにそう考えれば成果は出ているのかも。


 そんなわけで田沼さん達の協力もあって強くはなっているのだが、さらなる飛躍を求めて迦具夜に相談しようと朝一に何度か笛を吹いておいた。 


 今は午後八時。

 さすがにそろそろ来てくれてもいいタイミングだと思うんだけど。


 夜明けになると夕暮れまでしばらく会えなくなってしまう。

 日の出前にと鳴らしすぎたからご機嫌を損ねてしまったのかもしれない。


 夕食後に俺がウトウトしていると、その時は不意にやってきた。


「呼んだ?」


 目を開けると辺りは見慣れた幽世の空に変化し、浮遊霊を従えた迦具夜が俺を見下ろしていた。


「呼んだ呼んだ。呼びました」


 もう自分で入れるのだから用があるなら直接会いに行ければいいのだけど、幽世内には何がいるか分からない。


 陰陽協会のように神社全体が強力な結界で守られているような場所でもないと、俺なんかあっという間に厄体の餌食になってしまう。


 迦具夜の周りにも常に簡易結界が張られているので来てもらったほうが安心なのだ。


「陰陽術の練習を続けててもなかなか強くなれなくてさ」


 俺は日頃の愚痴をぶちまける。


「そりゃあ、霊力は使った量と回数、質によって次第に増えていくものなの。始めのうちはしょうがないわよ」


 それは田沼さんも言っていた。


「何かもっと良い練習方法はないかな?

このままだと来年の卒業も危ういみたいだし。そろそろ前に言ってた裏遍路巡りっていうのを始めさせてほしいと思って」


「もう?陰陽五作は出来るようになったの?」

 

「いや、今は集術と凝術について教わったところで、残り三つはこれから。霊力は使えるようになったんだけど。正直、凝術も怪しい……」


「そんな状態から始めた人なんて過去にいたかなぁ。普通は基本の五作を習得してから始めるものだけどね」


「そうか。やっぱり今の俺じゃ無理か」


 陰陽師として生きていくと決めた以上、中途半端なことはしたくない。始めから卒業延長という選択もしたくない。

 基本を習得するまで他の練習法を考えるしかないかな。


「まぁいいや。そこまで言うなら面白そうだしやってみたら」


 しょぼくれている俺を見かねてか、迦具夜は顎に指をあて少し考えた後、後継者教練にゴーサインを出してくれた。


「ホントに?いいの?」


「別にルールなんてないし。早いに越したことはないもんね」


 一か八か言ってみるもんだ。

 駄目だったら何度でもチャレンジはできるみたいだし、めげずに続けていればいつか芽が出るかも。


「それで?どうすればいいの?」


 食い気味に顔を近づける俺を迦具夜は片手で制す。


「やり方は単純よ。裏遍路八十八箇所は旧令制国の五畿七道に広く分布されているの。

君はそこを一つ一つ回って各所の修印を貰えばいいのよ。

最初は私から伝えておくけど、次に進む時は前回の修印が必要になるから失くさないようにね」


 御朱印帳みたいなものか。


「了解。何かしておくことは?連絡とか?」


「ないわよ。私から伝えとく。記念すべき一箇所目は白浜海岸。伊豆国の赤鳥居ね」

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