第16話 始式集術
「だいぶ死者に寄り添えるようになってきたな。今回はこれで修了じゃ」
「ありがとうございました」
俺は深々と頭を下げ、琵琶法師にお礼を言った。
「次はこの印を持って飛騨国の位山に向かいなさい」
「はい。またお会いした時はご指導宜しくお願いします」
こうして俺は第一関門をクリアした。
やっと開放された。
疲労は感じないはずなのに、この変な疲れは一体なんだ。これで現世に戻れる。
あ~、バイト先と授業はどうなったかなぁ。急に現実に引き戻されて雑念が止めどなく押し寄せてきた。
渡された修印帳には『
まだほんの一部だが、これで安倍晴明の遺産を一つ受け継ぐことができたってわけだ。
始式集術。
初代が行っていたという始祖の集術か。
あれはやはり集術の修行だったんだな。
現世に戻ってしばらくすると空が薄っすら白み始めた。
ここに来たのが火曜の夕方で今日が木曜。ということは幽世に入っていたのは一日半か。
今日はバイトも授業もないオフ日だ。かといって何もしないわけにはいかない。
昨日の講義でどんなことを教わったのか確認しておかないといけないな。
でもその前に、
まずはバイトの店長に謝らないと。
*
田沼さんに聞いたところによると昨日の授業は集術と凝術の復習だったそうだ。
集術については霊気を感じ取るという俺がやってきたことと同じような内容。
凝術については前回あまり実践練習ができなかった丹田呼吸法の再確認。
集術はいいとしても、凝術0%の俺にとっては是非とも受けたい授業だったのに。
ただ、バイト先の店長には謝罪電話をしたところ、注意はされたものの思ったほど怒られなかった。
なんでも、お客さんが少なくてちょうどバイトの人数調整をしようか迷っていたらしい。クビになるかドキドキしてたけど、とりあえず良かった。
次の後継者教練からは気をつけよ。
「さて!」
ひとまず急ぎの用事を済ませた俺は、白浜教練の成果を試すべく模擬厄体とのバトル練習をすることにした。
前はオヤジ2にもなかなか勝てなかったが、今はどうなっているか。
逸る気持ちを抑えることなくノリノリで修練場に到着すると、俺は模擬厄体格納場所に移動し、オヤジの端末に顔を近づけた。
「フォン」という音に合わせ俺もハモると模擬厄体が姿を現した。
つい最近一度だけ試したことがあるが、その時は全く相手にもならず即終了したオヤジ3。
75%と100%の差なのに、だいぶ強さが違うのよね。
地下は何かとやりづらいので、最近は地上に出て練習している。
お気に入りは本殿横の並木道。
道幅二十メートルほどの両脇に十数メートルの高さの木々が均等に植えられている。
距離はおよそ百メートルといったところか。
模擬厄体を引き連れ並木道に着くと、俺は早速戦闘モード3を起動。
正直、教練中は意識していなかったが、以前よりも明らかに霊力が溢れ出ているのをヒシヒシと感じる。
オヤジ3が活動を始めた。
俺のことをロックオンすると彼はいつものようにこちらへ突撃してきた。
まずは防御力の確認から。
相変わらず動きは遅いので、繰り出してくる上段回し蹴りをよく見て左腕一本で受けてみることにした。
今までであれば飛ばされるほどの衝撃を受けていたであろう攻撃が、触れられた程度の衝撃に弱体化している。
いや、俺の霊力が上がったのだ。
次々に繰り出してくるパンチやキックを俺はもう防ぐことなく、そのまま受ける。
オヤジのパンチが顔面に、ボディに、太腿に連続ヒットするが俺の体は微動だにしない。
以前はあれほど重かった攻撃が今では撫でれられている程度のものだ。
「それじゃ、そろそろこっちの番だぜ。おやっさん」
なおも繰り返してくる攻撃を回避して、お返しとばかりに模擬厄体のボディめがけてパンチを繰り出す。
クリーンヒットしたその体は攻撃を受けた側と逆側に吹っ飛び、立ち上がろうと藻搔いている。
立ち上がってくるのを待ち、今度は上段、中段、下段と一通りの攻撃を試すと、軟体動物のようになった模擬厄体は全身から煙を出して横たわり活動を停止した。
模擬厄体には特殊なプロテクトがかかっていてどんなに強い攻撃を受けても物理的に壊れることはない。
ダメージを受けた部位は煙を出して知らせてくれて、全体的なダメージが一定を越えると横たわり活動を中止する設計になっている。
お金がかかっているだけあって素晴らしい技術力だ。
ということで、オヤジ3には余裕の勝利!
次はいよいよメダリスト級へのクラスアップだ!
俺はモクモクと煙を吹き出し横たわる模擬厄体の前で両手を腰に当て仁王立ちした。
メダリスト2は一ヶ月ほど前に御堂さんともいい勝負をしていたほどの強敵。
1だとしても決して油断はできない。
オヤジクラスとは別格の強さなのだろう。
*
白浜海岸から歩いて三十分。
ここからだと赤の大鳥居がよく見える。
帰りたがっていた場所は鳥居の見える大きな白い家。
てっきり自宅のことかと思っていたが、そこは自分の一部が残されたこの場所だった。
「生きていたら俺と同い年か」
享年五歳。
墓石には今から十四年前の年月日がしっかりと刻み込まれていた。
白浜教練中は人懐っこくまとわりついてきていたが、今思うとどこか同じ空気を感じとっていたのかもしれない。
「あの身体で十四年間も幽世を彷徨っていたなんて辛かっただろうに」
恨みや憎しみなどの感情すら知らないまま、パパとママをずっと探し続けていたのだろう。
こんなことはもう無くさないといけないよな。
「欲しがってたやつここに置いとくよ。ごめんな。こんなもんしか用意できなかった」
彼が最後に欲しがっていたクマの縫いぐるみを墓石に置く。
でも、本当に欲しかったクマの縫いぐるみはこれじゃない。
両親からのプレゼントを見つけてやることができなかった自分への不甲斐なさ。
彼への申し訳無さ。
そんな気持ちを押し殺しながら、俺は足早にその場を後にした。
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