第26話 始式操術

 さきほどまで着物も髪も綺麗に整えられ美しい容姿をしていた女性は、体長十メートルほどの大蛇へと変身してしまった。


 後継者教練のはずなのに食おうとしたのかよ!嫌なことを思い出してしまった。


 ただ、正直見た目ほどにこの大蛇からは厄体の強さを感じられない。


 幽世内で俺の体を構成しているのは霊力。

 厄体とは陰陽の関係にあるので、近くにいれば反発の程度によって相手の力をある程度把握できる。

 始式凝術教練の時に散々やったあれだ。


 それからすると、この大蛇の脅威度はおそらく2〜3といったところ。


 幽世の霊力が最も濃くなるのは丑三つ時である午前二時頃だ。厄体の強さもその影響を受ける。

 夕暮れ直後では罠がまだ不完全だったのだろうか。


 それに対し、陰陽師は霊力を借りている身なので、強さは集術と凝術に左右される。

 外的要因である幽世の霊力濃度はほとんど影響を受けない。


 従って、夕暮れ直後および夜明け前というのが陰陽師にとってのゴールデンタイムなのだ。

 

「おまえは俺に勝てないよ。悪いけど祓わせてもらう」


『なにを小賢しい!』


 俺は自分を鼓舞するように挑発する。

 これが自分の初戦闘。

 負けるわけにはいかない。


 大蛇は息を大きく吸い込むと、俺目掛けて炎の玉を吐き出した。


 それを俺は霊衣で防ぐ。

 見ると着ていた服の一部が焼け焦げている。


 実力はおそらくメダリスト3ほどだろうか。

 しかし、予測のできない動きに飛び道具もあるという点では模擬厄体のように簡単にはいかないらしい。


『小癪な小僧だ!』


 連続で吐き出された火球を躱し、徐々に化け物との距離を縮める。

 防いではいるものの、少しずつ霊力が削られているのが分かる。


 避けたところに尻尾の薙ぎ払いが直撃。

 体が大きく飛ばされ大木に叩きつけられた。


「ふぅ~」


 思ったより強いな。


『どうした?降参か?』


「そんなわけ無いだろ」


 俺は後方に回りこむため、木の幹を蹴って火球を避けると、大蛇の後方へジャンプ。

 その勢いで尻尾の先端を切り落とした。


「ぎゃ~!!」


 のた打ち回る大蛇。

 なおも俺を叩き潰そうと斬られた尻尾を振り下ろしてくる。


 その攻撃をかいくぐり、削られた霊力を快符で癒やす。


 振り下ろされた尻尾を化物の前方に避け、続け様に大蛇の首元へ鬼切丸を突き立てた。


『ぐああああぁぁ、、、』


 化物は断末魔の叫び声を上げ、霞となって消えていった。


 そこに残ったのは、


 一匹の狐。


「狐?」


「見事じゃ」


 結構あっけなく終わったなとは思っていたけど、今のはこの狐の仕業だったのか?


「どうじゃったかの。わしの演技は?」


 先ほどの大蛇とはうって変わって目の前には体長一メートルほどの狐が二本足で立ち、腕を後ろ手に組んでいる。


 質問に答えるほどの余裕はない。


「ふむ。鬼切丸はまずまず使いこなせていたから、合格と。霊符と結界術もまぁ、よいじゃろ。何よりも本殿に入らなかった点は評価が高いぞ!」


「はぁ、ありがとうございます。さっきの化物はあなたですか?」


「あれはわしの作り出した幻覚じゃ。お主にはそう見えていただけで戦っていたのは幻じゃよ」


「ということはあの女性も?だから影がなかったのか?」


「おぉ、そうじゃ。さすがに気づいておったか。本体と影の動きを合わせるのは面倒なのでな。そこはサービスポイントでもある」

 

「そ、そうでしたか」


とは言ったものの、あんな死ぬ覚悟で戦ってたのが幻か。幽世自体が俺にとっては幻覚のようなものなのに。


「ふむ。まぁ何とか及第点といったところだな。もし、本殿に入ってしまっていたらハードモードに移行していたから無理じゃっただろう」


 狐が意地悪そうに笑う。


 あの時が生死の別れ目だったのか。危なかった。めっちゃ嫌な感じしたもんね。

 けど、女の人の顔マジで怖かったわ。

 しばらく夢に出てきそう。


「今回は始式操術の教練ですよね? なんかあまり変わっていないような」


「操術じゃからな。いままでの二つのようにいきなり霊力が上がるわけではないぞ」


「はぁ、そういうものですか」


「しかし、今回の特典はこれじゃ」


 狐が一枚の小さな御札を出した。


「これはなんですか?」


「破魔札じゃよ。初代の威光が染み渡った御札じゃ。これを体に刻んでおけば、そんじょそこらの厄に憑依されるなんてことはなくなるぞ。ちょっと肩を出しなさい」


 というと、狐は俺の首筋の下に御札を貼り、何やら呪文を唱えた。


「これでお主にも初代の神気が宿った。特殊な神墨を使っておるから消えることはないし、普通の人間には見えん」


「ありがとうございます」


 初代安倍晴明の御札を持つ狐。

 これは…


「もしかして、あなたが初代安倍晴明のお母様ですか?」


 目の前にいるのは金毛の狐。


 信太森しのだのもりの白狐といえば安倍晴明の母が有名だ。この狐がそうである可能性は非常に高いのではないか。


「いんや、わしゃ、ただの野狐じゃよ。二千年前のな。今は妖狐としてここら一体の守護をしておる」


ただの野狐?


「じゃあ、葛の葉伝説とは関係ないんですか?」


「葛の葉のことはわしも知っておるぞ。数百年前に人間界で流行っておったあれじゃろ? 人間に化けて子供をもうけたが、見つかってここに帰ってきたっちゅう」


「はい。安倍晴明の母が実は白狐だったというお話です」


「葛の葉の名付けは知らぬが、わしの空想劇にも同じような話があったかもしれんのぅ」


 狐は腕を組み過去の記憶を呼び覚ますように遠くを見つめている。


「わしゃ妄想が好きでな。昔から新しい物語を思いついてはこの地を訪れる者に披露している。この幻術でな」


「一つ一つ覚えてはおらぬが悲恋や誰かを驚かせる物語が大好物でのぉ。今までどれほどの人間に見せてきたか、もはや分からぬ」


「すると、白狐の伝説もあなたの妄想のお話だった可能性があるということですか?」


「どうかのぉ。誰でも見れるわけではないが、数百年前にたまたまわしの幻覚を見た者がいたのかもしれんな。

ただ、確実に言えるのは千年ほど前に男が訪れてこの札を置いていった。それが晴明だと知ったのはそれからだいぶ後のことじゃがな」

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