第23話 操術

 入学から二ヶ月が過ぎた。

 境内では桜の花びらが地面を覆い、すっかり春らしくなっている。


 仮免試験は三人とも無事合格。

 病欠の一人を除き全国の同期十五人中十四人が合格だった。


 講習期間も残り一ヶ月弱となり、いよいよラストスパート。


 今日は早速、陰陽五作の四つ目となる『操術』の講義だ。


 「はい。ということでね。今日は操術について説明したいと思います」


 軽快な入りで、田沼さんが説明を始める。


 操術とは文字通り霊力を操る技術。

 その利用範囲は広く、大きく分類すると結界術、霊符や護符の作成、呪具や武具などの具現化の三つになるという。

 三つ目の具現化は放術との関連性も深い。


「操術の使い道はいろいろあるんだけど、今回もまた基本的な三つの技を教えます。技といっても初歩の初歩なので技名なんかはありませんが、強いて今つけるとしたら、そうだなぁ『霊衣れいみそ』って感じかな」


「「「れいみそ?」」」


「そう。結界術の基本技ね。これは自分の体に薄い膜を張って防御力を上げる方法。これの良いところは攻撃だけでなく、悪霊の憑依からも身を守れるという点です」


 なるほど。

 幽世にいる時に自分が厄化されるなんて最悪だもんな。これは確かに使えそうだ。


「憑依についてのメカニズムは未だに詳しく分かっていないんだ。

 普通は自分よりも弱い悪霊に憑依されることはないんだけど、相性だったり、自分が弱っていたりすると話が変わってくる。

 あとはたまに多重憑依といって複数から同時に憑依されると格下でも体を乗っ取られる可能性もある」


「こわ〜」


 涼香が上を向いて身震いする。

 思っていた以上に憑依って厄介そう。


「これはもう無意識にできていることも多いんだけど、改めて一度やってみようか。ポイントは衣服もしっかりとコーティングすること!

そうしないと素っ裸になっちゃうからね」


 俺達は田沼さんの指示通り、「れいみそ」なるものを試してみた。

 未春は当然のようにできていて、いつも通り早々と終了。


 涼香はいつも以上にテンションが高い。

 彼女も操術は得意らしく涼し気な顔で余裕のクリア。

 むしろ結界を円形に広げたり狭めたり大きさも自由に変えられるらしい。


 そして、俺はというと、


 無事成功だ!


 これで婿入り前に素っ裸を晒すのは避けられる。


 完璧ではないものの、放術と始式凝術の教練により霊力の扱いがだいぶ上手くなってたみたい。


 あとは涼香のように自由に形を変えたり、強度を上げたりといった修行が今後は必要になってくるな。


「じゃあ、一つ目はみんな大丈夫そうだから、次いくよ。今度は霊符について。

護符のほうは今やった結界術に近い感じなんで今回はおいといて、霊符の説明をしたいと思いますが、少しは知ってるかな?」


「加納くん!」


「え!えーと、御札ですか?」


「うん。御札だね。あとは?」


「霊符を貼り付けて動きを止めるとか?」


「う~ん、五十点だな」


「霊符は効果を閉じ込めておいて、いざという時に霊力を回復したり攻撃に使ったりするためのものです」


 ゲームでいうポーションとかみたいな感じか。


「その中から、今回は霊力回復の霊符について説明します。これも強いて名付けるなら回復ならぬ『快符かいふ』?どう?もう少し違うネーミングのほうが良いかな?」


「快符でいいっす」


 涼香がすかさず話を終わらせる。

 ナイス!


 霊符は使うと無くなってしまうためいくつか常備しておくと良いらしい。


「霊符や護符の書き方はネットで調べると出てくるからさ。『鎮宅七十二道霊符』なんかが有名で効果も安定してるね」


 それは俺も最近陰陽師についてスマホで勉強しているので見たことがある。


「あ、でも重要なのは霊力を込めておくことだからね。書いて終わりじゃなく、霊符は箱のようなものだと思って。

 納めておく箱の大きさや種類が違うという感じ。紙の箱に水を入れても漏れちゃうようにね。

 水は短期間ならビニールでいいし、長期間なら水筒みたいに金属のほうがいい。

 だから、自分の使えない技の霊符は作れないけど、霊符があれば他の人の技を使えるってことでもある」


「へぇ~、なるほど!」


 俺はしきりに頷くが、他の二人は当然といった顔で田沼さんの話を聞いている。

 陰陽家には常識のようだ。


「回復の霊符はただ霊力を込めるだけだから誰にでもできるんだ。書き方は、えーと、ね、現世に戻ったら検索してほしいんだけど、このサイトの上から四段目の左から二つ目」


 三人は田沼さんのスマホをのぞき込みメモを取る。

 その間に田沼さんは筆と墨汁、そして白紙の霊符を用意してくれた。 


「細かいですね。手書きですか?」


「そうなんだよ。でもこれが君達の命を救うかもしれないと思えばやる気出るでしょ?

 ちなみに紙は何でもいいんだけど、この墨は君達が受けた陰陽生一次試験の時に使った神墨です」


 霊力の込め方は放術の直接型と同じ要領だったので、問題なくできた。


 放術の場合、電気のように霊力を流している間だけ効果を発揮していたが、霊符を使えばその威力を留めておくことができるわけだ。


 快符の効果については確認が難しいと思ったが、田沼さんは徐ろに模擬厄体を持ってきて自分の霊力を測定した。


 その計測値はなんと


 3356!


 これでも全盛期からは落ちているそう。


「ちょっと待ってね」というと、田沼さんはこれから正拳突きでも始めるかのような体制で両肘両膝を少し曲げ「ふん!」と力を込める。


 すると、修練場全体が地震のように大きく揺れ動き、その状態が十秒ほど続く。

再び田沼さんが霊力を計測すると3225まで落ちていた。


 模擬厄体が計測するのは最大霊力ではなく現在霊力。田沼さんは今ので自分の霊力を100ほど放出したらしい。


 霊力は何もしなくても自然に回復するが、呼吸を調整することで止めることもできる。


 田沼さんが俺達の作った霊符を順番に使用すると、三人とも問題なく作成できていたようだ。


 俺の出来が悪いのは言うまでもないが、未春よりも涼香のほうが高い回復力を示していたのは意外だった。

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