第22話 仮免許試験

 仮免許試験は基本的にほとんどの生徒が合格する確認テストのようなものだ。


 池袋東口エリアの脅威度は最大で3。


 仮に脅威度3の厄体を浄化できなくても不合格になるわけではない。いままで教わってきたことが出来ていると判断されればそれでいいのだ。


 厄体は予想外の動きをする場合もあり油断は禁物。試験官は実力の確認だけでなく、万が一の時の緊急対応要員も担っている。


 厄体とは突然変異した悪い霊体のことであり悪霊とも呼ばれているが、注意が必要なのは憑依。


 憑依とは悪霊が健全な霊的存在に取り憑くこと。


 幽世の中は全て死者の霊気で成り立っているので、憑依は幽世にいる全てのものに起こりうる。


 陰陽師は衣服や護符、術式などによって悪霊からの憑依を防いでいるが、妖怪はその限りではない。


 従って、妖怪には良い妖怪と悪い妖怪が存在する。その憑依された悪い妖怪は厄化妖怪と呼ばれ浄化対象になる。


 たいていは見た目が明らかに凶暴になるのですぐに分かる。


 悪霊や厄化した何か、全部ひっくるめた総称が厄体だ。


 脅威度3となると、未春はともかく俺と涼香じゃ単独では歯が立たないレベルだろう。未春がいてくれるのはとても心強い。


 二人を下の名前で呼んでいるのは、下見の時に涼香の「呼びづらい」という一声でそうなった。未春も同じくそれでいいとのこと。


 ちなみに、下見の時に試着していた服は結局買わなかった。

 未春もそんなことしてもらうわけにいかないの一点張りだし、涼香も冗談で言っていただけで、その気はなかったらしい。

 基本は全て割り勘。たまに端数を出したくらいで済んだので、クレジットカードの出番はお預けとなった。良かった。


「では、これから東京チームの仮免許試験を始めます。仮免許とは何かというと運転免許みたいなもので…、三人とも持ってないか。

つまり、仮免を取ると支部の中のような限られた場所だけでなく、どこでも幽世に入ってよいというお墨付きが付くのですね」


 田沼さんが形式ばった口調で説明する。


 俺は後継者教練ですでに何度か入ってしまっているが、そういえば野生?の厄体に遭遇したことはまだない。


「君達の実力は分かっているので問題ないと思うけど、ルールだからパスするわけにはいかないんだよね」


 田沼さんが両手のひらを上にあげ小首をかしげる。


 人混みが多く大人数の場合の陰陽反転の定番パターンはカラオケボックス。他にも漫画喫茶やエレベーターなんかを使う場合もある。

 なるべく人目につかないようにするのも一苦労なのだ。


 俺達は日が落ちるまでカラオケボックスで待機。さすがに涼香もこの状況では歌う気にならないらしい。


 日が落ち、いよいよ試験開始だ。


 といってもいつもと変わらないリラックスモード。

 田沼さんがお決まりのオヤジジョークをちょいちょい挟んできて、俺等はそれを適当に受け流しながらゴールを目指す。


「出たぞ。まず一体目。低位悪霊か。脅威度は1。楽勝だな」


 田沼さんが対象の情報を教えてくれる。


 悪霊の見た目は黒い靄のような形をしていて数字が上がるほど、具現化されていく。

 今回は1なので、濃い煙程度の状態だ。


 1〜3程度の厄体は放っておいても現世には何の問題もないのだが、放置しすぎると数が増え、より強力な個体の発生に繋がる可能性があるので早めの予防が肝心だという。


 協会情報によると今回確認されている厄体は六体。1、1、2、2、2、3とのこと。


「じゃあ、まずはわたくし類家が行って参りま〜す」


 というと、涼香は右手に鞭のようなものを出現させた。


 あれは放術の直接と間接の融合技。

 ゼロから霊力の鞭を作り出す陰陽生には高度な技術だ。

 なんだか鞭がすごく似合ってるな。


 涼香が悪霊をしばくと「きー」と変な声を上げ霧散していった。


「ほうほう。類家涼香さんに加点1と」


 間髪入れずに続けて二体。


「次は両方2の悪霊だね」


 見た感じ先ほどと同じだが、大きさはこちらのほうがかなりデカい。


 俺と未春が前に出る。


 彼女の特技は弓道。

 中学三年間一日も休まず部活を続けてきた。それもこれも陰陽師に活かすためらしい。


 彼女が放った矢は放物線を描くことなく真っ直ぐに飛んでいき、悪霊を貫く。突き刺さった部分からひこうき雲のように後ろへ伸びた悪霊はその形のまま消えていった。


 俺も負けじと木刀を取り出し構える。


 脅威度2というと、だいたいメダリスト級の強さになる。少し前まではメダリスト1がやっとだったが、果たしてどうなるか。


 確実に違うのは目で見なくても厄体の位置が分かるようになったこと。


 俺は目を閉じ、悪霊が近づくのをしばし待つ。

 悪霊が間合いに入ったと同時に左足に霊力を乗せ踏み込み、横殴りに一閃。


 振り返ろうとした悪霊が上下に分断されたかと思うと、悪霊は霧散して消えていった。


「えー、賢吾って、こんなに強かったっけ!」


「すごいです!」


 二人ともかなり驚いた表情をしているなか、田沼さんは嬉しそうに微笑んでいる。


 後継者と知ってるのは田沼さんと小田川さんだけだからな。


 その後も1と2はなんなくクリアし、残るは3の一体のみ。


 ショッピングモールとの連絡通路内にそいつは現れた。


「あれは厄化妖怪『化け猫』だね」


 普通の猫の霊に悪霊が取り憑いたもの。悪霊は放置しておくと憑依を繰り返しどんどん厄介になっていく。

 なので、問題になる前の定期浄化は重要な作業なのだ。


「デカイ猫」


 涼香がそう言うと、未春が矢を構えた。


「ここは俺と涼香がやつの動きを止めて、未春が止めを刺すって作戦でどう?」


「オッケ〜」


「分かりました」


 涼香が鞭で厄体の気を引き付けて『霊縛』をかける。その間に俺も悪霊との距離を縮めた。


「未春、いいよ!」


 俺が掛け声をかけると、最大限に霊力が込められた矢が悪霊へと放たれた。


 その瞬間に合わせ、俺と涼香も木刀と鞭で攻撃を合わせる。


 同時に三種の攻撃がヒットすると、化け猫から黒い霧がちりぢりに霧散し消えていった。


 あとに残った猫は可愛い声で「にゃ〜」と鳴き、走り去って行った。


 こうして俺達は仮免許試験を無事に終えることができた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る